第9話 セディの出会い3

 4歳の時の出会いは、光に溢れていた。もっとも、腹立たしい出会いも漏れなく付いてきてしまったけれど、それでも、彼女と初めて会った日を思い返すといつも胸に光が灯るものだった。

 6歳の出会いは、思い返すと、いつも瞳を閉じてしまう。

 決して忘れられない、忘れてはいけない日だった。


 6歳になると、とうとう城で王太子殿下と一緒に勉強するという名目の下、殿下の傍で仕えることになった。

 一つ年上の、王と王妃の間に生まれたただ一人の御子。

 王は王妃以外の側妃は置いていないため、王のただ一人の御子でもある。


「よく来てくれたね。楽しみにしていたんだよ。」


 明るい声とそれに似あう爽やかな笑顔で、いきなり部屋の主から挨拶されてしまった。

 ドアは殿下自身が開けられたようだ。

 子どもとはいえ「王太子殿下」にドアを開けさせるなんて、本来なら、大失態だ。

 だが、目の前の殿下は全くそういったことに頓着しない性格らしい。


「ふふふ、殿下、セドリック様が困っていますよ。」


 殿下から少し離れた場所に控えていた侍女と思われる女性が、肩を震わしながら言葉をはさんでくれた。

 後で聞いたところ、柔らかな笑顔が顔にしみついたふくよかな体形のその女性は、ライザ殿といい、殿下の侍女であり乳母でもあった。


「悪かったね。まぁ、慣れてくれ、私は自分の部屋ではまず私が最大限くつろいで、相手にもくつろいでもらうことにしているんだ。」


 今度は爽やかさから離れた「ニヤリ」という言葉の合う笑顔を見せた。

 

 そのまま殿下はこちらを一顧だにせずティーカップをひたと見つめ、それから紅茶に口をつけた。普通ではない集中を感じる。紅茶にこだわりがあるのだろうか。

 殿下は、「うん、今日も美味しい」とつぶやき、次は菓子――フルーツケーキ――に強い視線を向け、しげしげと眺めた後に手を付け、うんうんと頷きながら味わい始めた。お茶にもお菓子にも強いこだわりがある人なのかもしれない。僕のことは完全に忘れ去られているようだ。

 

 そんな僕の考えを読んだかのように、殿下はふとこちらに視線を向け、

 「ああ、すまない、お茶をどうぞ。」

 と再び爽やかな笑顔で勧めてきた。

 予想とはかけ離れた殿下だった。

 父から聞いた殿下の様子は、「完璧な」王太子殿下だった。勉学に励み、礼儀正しく落ち着いた――いずれは、冷静沈着となることをうかがわせる――物腰、そして誰に対しても会話を大切にする末頼もしい殿下、とのことだった。


 ただ一人の御子でありながら、殿下が王太子に付くには実はかなりの反対が出たと聞いている。王妃の出自が問題だったのだ。王妃は川を隔てた隣国フィアスの第一王女だった。 フィアスとは先代の王の時に戦が起き、それは激しいものだった。2年に及んだ戦はウィンデリアの勝利で終わったが、両国は疲弊が隠せない状態だった。

 5年ほどたち両国が何とか落ち着きを取り戻したころ、当時、王太子だった現国王は、両国の交流のために親善としてフィアスを訪問し、王妃を見染めたのだ。

 二人の婚姻自体も、戦を忘れていないウィンデリアの貴族、国民の支持は得にくいものだった。そして、生まれた王子に次代の王を託すことも、反対が出たという訳だった。

 

 一部の頑固な貴族は、現国王に兄弟がいらっしゃらないこともあり、はた迷惑なことに先々代の王女を母に持つ父上を王太子に推す声まであげていた。父上がリチャード殿下を表立って擁護したのは、国の将来や平安云々ではなく、はた迷惑な貴族を諦めさせ自分が巻き込まれない様にする狙いがあってのことだったようだ。

 

 だから、この殿下はいついかなるときも「完璧な」王太子殿下を演じているのかと思ったのだが。

 

 向かいに座る、艶やかな金髪と深い青の瞳を持ち、笑顔が似合う華やかな雰囲気をまとった殿下を盗み見た。二切れ目のフルーツケーキに手を出していた。

 

 「うん?どうしたのだ?」


 視線を感じたのか、殿下はまたもやケーキを口に入れた後、尋ねてくる。


 「いえ、お言葉に甘え、いただきます。」


 僕は、紅茶に口を付けた。果物の香りを感じる飲みやすいものだ。後で、茶葉を聞き出してシルヴィに贈ろう。

 さて、次はフルーツケーキだ。僕は覚悟を決めてフルーツケーキに挑んだ。

 

 ―――ツ!!!

 

 「どうした!毒かっ!」

 

 殿下が音を立てて、立ちあがった。

 とんでもない誤解をしないでほしい。僕はあわてて首を振った。

 甘さが半端ないものだった。ケーキ自体の甘さと、加えられたドライフルーツの甘さの二重奏で、舌が浮きそうな甘さだ。

 甘さがつらく飲み込むこともできず、不覚にも涙が浮かびそうで瞬きを繰り返した。

 

 「甘いものが苦手なのか?」


 気の抜けた声がした。

 殿下とライザ殿が目を丸くして、僕を見ていた。悔しいことに、ごまかせなかったらしい。ばれてしまったなら、もうやせ我慢は無意味だ。

 はしたないことを承知で、紅茶でケーキを流し込み、それでも口にまだ甘さが残っている気がしてハンカチで口元を覆いながら、何とか声を絞り出した。


 「フルーツケーキは、苦手かもしれません。大変失礼を―」

 

 「ふ、は、はははは!!!!」


 殿下は腰を折って笑い、ライザ殿が「失礼ですよ、殿下。」と肩を震わせながらもたしなめた。自分の顔に血が上るのを感じる。

 まったく何でフルーツケーキなんだ、他のケーキなら大丈夫なのに!

 まだ笑いが収まらない殿下を諦め、ライザ殿が僕に声をかけた。


「セドリック様はどのようなお菓子がお好きですか?」


 心からの優しさに溢れた声に、羞恥が少し薄れていった。


「私は、そなたを気に入ったぞ。セディと呼ばせてほしい。」

 

 殿下が涙をぬぐいながら、声を挟んできた。こんなことで気に入らないでほしい。全くうれしくない。


「私のことは、二人の時はリチャードと呼んでほしい。」


 濃い青の瞳が、強い意志を持って僕をひたと見つめてきた。その強い視線に、初めて、見た目通りではない、奥深さのある人柄を感じた。面白い、一体、何を奥に抱えているんだろう。

 素直な気持ちで、この場にふさわしい言葉がこぼれ出ていた。

 

 「ありがたきお言葉です。よろしくお願いいたします。」

 

 

 この日以降、この部屋でフルーツケーキが出されたのは、あと一度きりだった。

 そして、僕は何もこの日の殿下の行動を理解していなかったことを思い知らされたのだ。

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