第55話 出発進行!
私はそれに、一瞬で目を奪われた。
朝
「よくそんなキモいもの注視できるわね」
花凛ちゃんが、カブトムシの交尾をキモいの一言で片付ける。
「まあ経験の無いご婦人にはキモいかも知れません」
「経験は関係無いわよっ!」
「いや、だってそっち系の動画とか見ても、イヤラシイ、フケツ! とか思っちゃうんですよね?」
「な、な、内容によるわ」
「内容も何も、人間とは違って昆虫の交尾は変化に乏しいですが?」
「そっち系って昆虫系のそっち!?」
「最初っから虫さんの話ですが?」
「……そ、そうね」
「でも意外でした」
「何が?」
「てっきり花凛ちゃんは、カマキリの交尾とか、交尾後にオスを補食するシーンを興味津々に見るタイプだと思ってました」
「どういうタイプよ!?」
「まあそれはともかく」
「振っておいて流す!?」
「花凛ちゃんにカブトムシの捕獲場所を訊いて正解でした」
「ま、まあ、仕事柄、色んな人に会って色んな場所に出向くから、こういう変な情報も入ってくるのよね。まさか役に立つとは思わなかったけど」
役場の地域振興課の仕事が具体的にどんなものかは判りませんが、そういう様々な情報が耳に入るのは、仕事柄というより花凛ちゃんの人柄によるものではないでしょうか。
「ところで、そんなにカブトムシを捕まえてどうするつもり?」
「近所のガキんちょに売り──いえ、あげようかと」
「……」
「そう言う花凛ちゃんは、どうしてエロ画像の撮影を?」
「エロ画像じゃないわよ! 役場の広報誌でいつどんな画像が必要になるか判らないから撮っておくだけよ!」
「おお、こんなところにノコギリクワガタが!」
「振っておいて無視なの!?」
「やっぱりお高いオオクワさんはいないですね」
「やっぱりお金目当て!?」
「まさか。別にお金には困っておりませぬ」
「……まあ、美月ちゃんは、そんなにお金を使いそうにないものね」
「なんですか? 人を貧乏性みたいに」
「誉めてるのよ!」
「化粧品は滅多に買いませんし、服は着回しですし、友達は花凛ちゃんだし」
「ちょっとちょっと、まるで私がお金のかからない女みたいに言わないでくれる?」
「あ、オオムラサキ!」
「言いっ放しなの!?」
「では次の目的地に向かいましょうか」
「次って、何も聞いてないんだけど」
「以前、花凛ちゃんが言っていたではないですか。町内に木造校舎の廃校があると」
「確かに言ったとは思うけど、行きたいとは聞いてないわよ?」
「言わずもがな」
「その、以心伝心みたいに言ってくれるのは嬉しいけど、実際のところ言われなきゃ判らないわよ」
「ちっ」
「舌打ち!?」
「耳のせいでは?」
「気のせいって言ってよ!」
「……」
「あー、めんどくさい女って思ったでしょ!」
「ほら、言わずもがな」
「そう言われると、それなりに伝わってくるものはあるかもだけど……って、めんどくさい女って思ったこと肯定した!」
「あ、オオスズメバチ」
「またスルーなの!? って逃げるわよ!」
私達は走って車に戻る。
木々に囲まれた豊かな自然の中にいるのに、お互い慌ただしくて騒がしい。
「で、本当に廃校に行くの?」
「花凛ちゃんさえ良ければ」
「それは別に構わないけど」
「釣りの方が良ければそれでもいいですよ?」
「釣りにしか興味が無い女みたいに言わないでくれる?」
「いえ、廃校とかって基本は立入禁止なので」
「まあそうよね」
「役場の人が一緒なら問題ないかなと」
「まあ……そうなるかな」
「花凛ちゃんを都合よく利用するようで気が引けたのです」
「思いもよらない気遣い!? 都合よく利用する気満々よね!?」
「あ、ナナフシ」
「またスルー! ていうか車の中からよくナナフシなんて見つけるわね!? 見事に擬態してるのに凄すぎるんだけど!?」
「と思ったらただの枝でした」
「枝かい!」
「そろそろ出発してもらっていいですか?」
「はあ……なんか疲れちゃった」
「運転しましょうか? 何を隠そう、教習所に通った過去がありまして」
「教習所に通ったのに免許を持ってないのが怖すぎるー!」
「まあ役場の人間が隣に乗っていれば何とか」
「ならないわよっ!」
「では、花凛ちゃんに全てを委ねます」
「そ、そんな風に言われると、責任を感じるわね」
「当たり前です。運転手は人の命を預かっているのですから」
「わ、判ってるわよ。じゃあ、ちゃんとシートベルトしてね」
「あいあいさー」
「では、出発!」
「停止!」
「なんで止めるのよ!? 思わずブレーキ踏んじゃったわよ!」
「キサマは飛べと言ったら飛ぶのか?」
「は?」
「いえ、停止と言えば止まるなら、飛べと言えば飛ぶのかと」
「ブレーキはあっても、ジェットエンジンは無いのよ!」
「ステーキはあっても、ずっとニンジンは無いのよ!」
「なーに言ってるのよ!?」
「深刻な野菜不足かと」
「あーん、なんでこんなテンポよく疲れる会話になるのー」
「では、行きましょうか」
「今度こそ横から変なこと言わないでよ?」
「花凛ちゃんはバカ正じ──素直すぎるのです」
「ふーんだ、美月ちゃんだって似たようなものだと思うけどねー」
何だか口調が幼児化してきたようです。
「誉めてるんですよ」
「はいはい。どーせ駆け引きの出来ない女ですよー」
「花凛ちゃん」
「何よ?」
「これ、クリープ現象ですね。教習所で習いました」
「は? 何を言って──ってブレーキ!」
「進行!」
「なんでよ!?」
「いえ、そのまま進めば良かったのでは?」
「……そう言えばそうよね」
「では、気を取り直して」
「よーし、出発!」
「進行!」
ただ車が動き出しただけなのに、何故かハイタッチする二人でした。
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