第56話 宝の地図

「美月、なに描いてんだ?」

孝介さんが、私の手元を覗き込む。

「地図であります」

本格的な地図じゃなくて、デフォルメされた絵入りの地図だ。

「へー、我が家の周辺か?」

「はい。普段の私の行動範囲が収まっています」

定番のお散歩コース、雨の日に好んで歩く道、釣りの穴場、珍しい昆虫や草花を見かけた場所。

「この記号は何だ?」

孝介さんが地図を指差す。

「それは猫がいる家です」

「これは?」

「それは犬のいる家ですね」

「同じ記号でも、黒塗りのものがあるぞ?」

「それは、元気が無い子達なので、入念に見回りしなければならないのです」

私に尻尾を振る子、見向きもしない子、吠える子もいれば、にゃあと鳴いて擦り寄ってくれる子もいる。

私は犬や猫が好きですが、なかなかままならないのです。

「じゃあこっちの記号は?」

「それは一人暮らしのお年寄りの家です」

「何でまたそれを記号で?」

孝介さんが不思議そうな顔をする。

まあ確かにこんなことは、行政や町内会や介護サービスが把握していればいいことだけど。

「私が通り掛かるとですね」

「うん」

「よくお茶でも飲んでいけと誘われるのです」

「ほう」

「で、お邪魔するとお茶とお菓子が出てきます」

孝介さんが苦笑いしている。

「別にお茶とお菓子だけが目的ではなくてですね」

「なんだ?」

「この辺の昔話が聞けることと、孝介さんがガキんちょだった頃の話が聞けて楽しいのです」

「マジか!?」

「ええ。例えば西村さんちの農機具小屋を──」

「あー、判った判った。その話はもうやめよう」

「どうして武勇伝を止めるのですか?」

「いや、黒歴史だろ」

私としては、意外とわんぱくだったらしい孝介さんのガキんちょ話は好きなのですが。

「あー、でも、それでかぁ」

「何がです?」

「いや、外で爺さん婆さん達に出会うと、美矢に関しては、いいお嫁さんだねぇとか、しっかり者だねぇとか言われるんだが」

「なんと、耄碌もうろくしてらっしゃる」

「……」

「どうぞ、続けてください」

「……まあ、美月に関しては、まるで孫の話を聞かされてるような」

「……まあ、ご老人の言うことですから、きっとみゃーと私を勘違いされているのでしょう」

「してねーよ!」

「あれは魔性の女だ、きっと夜は凄いに違いねぇ、とか」

「言うわけねーだろ! ていうかお前、爺さん婆さんにそんな話するなよ? ホントに孫みたいに可愛く思ってるみたいだからな」

「お爺さんお婆さんだって、若い頃にはやることやって──あいたっ!」

事実を言うと叩かれるのは何故なのか。

「その話はもういい。で、この記号は何だ?」

別に孫のように思われて嬉しくないわけではありませんが、嫁としては不本意であるわけで。

「俺が判ってるからそれでいいんだよ」

「何がですか?」

「その、お前がいい嫁だ、ってことをだよ。だから不服そうな顔はするな」

「孝介さん孝介さん、これはですね、お地蔵さんのある場所を表しています」

苦笑されたけれど、私は現金なのだ。

孝介さんのたった一言で、不機嫌にもなれば幸せにもなる。

こんなに扱いやすい嫁もいないのです。

「へー、この辺にこれだけのお地蔵さんがあったのか」

「え?」

「ん?」

「孝介さんは、ここで育ったのに把握してないのですか?」

「だってそりゃあ、普通は何となく認識してるだけだろ?」

「え?」

「ん?」

「お地蔵さんがあったら、いたら……いらっしゃったら? とにかくまあ、お地蔵さんに手を合わせませんか?」

「……たまに」

「なんと不信心な!?」

「いや、逆に聞くけど、お前は何を願うんだ?」

「無病息災家内安全商売繁盛天下泰平色即是空」

「最後だけおかしなのが混じってるぞ」

「とにかくまあ、何でもござれです」

「そうかぁ、お地蔵さんも大変だ」

「いえ、暇そうにしてらっしゃるので」

あ……孝介さんが、凄く幸せそうに笑った。

そうだ、私はこの笑顔が見たくて手を合わせるのだ。

ずっとずっと、笑顔でいてくれますように。

それから、今ある幸せに感謝を。

「うん、じゃあ俺は、これからお地蔵さんを見掛ける度に、お礼を言うことにしよう」

「お礼?」

「ああ。美月の願いを叶えて下さってありがとうございますって」

「叶ってるのですか?」

「叶ってるだろ?」

「商売繁盛は微妙ですし、天下泰平は世界情勢をかんがみるに叶ってませんが?」

「贅沢を言うな」

うん、そうかも知れない。

欲を言えば、みんなが私達のように幸せであればいいと思うけれど。

「あれ? この記号は一カ所にしか無いな」

「あー、それはですね、絶世の美女がいるところです」

「え? って、この場所はウチじゃねーか!」

「そうですが?」

「……そっか、うん、そうだな。この記号の場所には二人の美女がいる」

本当は、愛する人がいる場所なのですが。

「これは、あれだな。美月の、宝物が記された地図なんだな」

「宝の……地図?」

「だってそうだろ? お前の好きなものや、大切なものが記されている」

私は方向音痴で地理音痴なのに、地図を描くのは楽しい。

でもそうか。

これは、私の宝物なんだ。

孝介さん孝介さん、この一カ所だけの記号は、私の全てなのですよ?

だからほら、その笑顔。

そうやっていつまでも笑っていてくださいね。

私の、大切な大切な宝物。

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