第108話南の森⑦・アスティ


 その男は、恐怖で身動きが取れずにいるテツオの正面に立ち、テツオが着ている服の襟を直しながら、にこやかに話しだした。


「嬉しいな、私が仕立てた服は大事に着ているみたいだね。うん、そんなに硬くならなくていいよ」


 その流れでテツオの肩をポンポンと叩くと、恐怖で竦んでいたテツオの身体が動くようになった。

 自由を取り戻したテツオは、眼前に立っている笑顔の男に気付く。


 あれ…………この男、何処かで見た事があるような?


「あ、もしかしてサルサーレにいた服屋の店長さんじゃないか?

 アスティ裁縫店だったかな。

 まさか、あんたも拐われていたのか?」


 ん?待てよ、拐われたのはジョンテ領の領民だけだった筈だ。

 店長だと言われた男は、その細い目を三倍くらい広げ、パチクリした後、吹き出した。


「アハハハハハ」


 爽やかに笑う男だな。

 テツオは率直にそう感じた。

 敵意も魔力も全く感じない。この弱そうな男はただの一般人だろう。


「相変わらずテツオさんは面白い。

 今回の私は、服屋の店長じゃないんです。

 私の立ち位置を簡潔に説明しますと、そうですねぇ、ゲームにおける審判といったとろこでしょうか」


「ゲーム?」


 次はテツオがポカンとして、目をパチクリさせた。

 アスティは笑顔のまま話し続ける。


「そう、貴方とディビット卿の間で、現在繰り広げられているゲームを管理する者です。

 フフフ、観客も兼ねてますがね」


 一瞬で険しい表情へと変貌するテツオ。


「お前、魔人だな?」


 そう問う前に、アスティに向けて攻撃魔法が発射されていた。


「わぁ、待って待って!

 テツオさんの敵はそこにいるディビット卿ですって!いきなり問答無用で【三連闇刃トライブレイド】放つだなんて、何考えてるんですか?」


 落ち着いた口調から子供じみたテンションに切り替わったアスティは、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、迫り来る大量の刃を躱しつつ、近くの屋敷へと避難していった。


 ————馬鹿な、魔王バアル自慢の必中ともいえる魔法連撃を、こんな冗談みたいに戯けながら全弾避けるだと?

 それに魔法名称まで知ってやがる。

 なんなんだ、こいつは!


「テツオさん、どんなゲームであれ、審判への攻撃は通常一発退場ですよ!

 退場の代わりにペナルティを受けてもらいます!」


 そう告げると、場の空気が変わった。

 館周辺の空間が、ピリピリと放電している。

 アスティが館の扉を開けると、そこには館の内部では無く、底知れぬ闇が広がっていた。

 その闇の中から、異常な魔力を放つ異形の魔獣が三体現れた。


「これは私が飼っている自慢の魔獣です。なかなかに強いですよ」


 三匹の魔獣。見た目は大きな翼が生えた獅子の獣。全身が真っ黒で、目だけが赤く光っている。


「ディビット卿!貴公に残されているのは、最早、魂だけだ。

 それを生涯最後のベットとして、ラストゲームと興じようじゃないか!」


 アスティは両手を広げ、声高らかに言い放った。

 自分で作り出した展開に感極まり、自分の台詞に陶酔している。


「まっ、待てッ!

 ここは退くっ!一時退却だっ!私に立て直すチャンスをくれっ!」


 ディビットに視線を移すアスティは、ディビットの言葉に肩を落とした。

 あからさまに落胆している。

 だが、それはすぐに苛立ちへと変わった。


「今まさに、最高潮に達しようかというこの戦いの最中、貴公は何を荒唐無稽な世迷言を言っているんだ。

 貴公にはもう既に後はない。取り巻きの貴族も拐った領民も全て生贄に捧げたではないか!

 もういい、これから素晴らしき演劇が始まるというのに、そんな所に貴公が居ては邪魔だ!消え去れ!」


「まっ、まっ、待っヒッ」


「くどいぞディビット!」


 魔人の恫喝が響き渡る。

 再び恐怖が空間を支配し、時が止まったかの様に誰も動けなかった。

 すると、地に伏していた兵士達とディビットが宙に浮かび上がると、吸い込まれるように次々と、館の扉から繋がる闇の中へと消えていく。

 一瞬の出来事であった。


「すみません、テツオさん。彼には少々離席して頂きました」


 テツオはゾッとした。

 この魔人は、俺と相性がすこぶる悪い。

 あの恐怖を引き起こす波動を浴びると、身体が萎縮し、麻痺、最悪、気絶してしまう。

 先程、ディビットを生きたまま闇に閉じ込めた不気味な技も謎過ぎて、閉じ込められたら最後、脱出出来るかどうかも分からない。

 もし闇の中に囚われ、自死が不可能な場合、時間操作も出来ずに詰んでしまう可能性がある。

 恐怖から封印。この凶悪コンボは絶対避けねばならない。


「あ、ディビット卿は殺してませんからね。

 貴方が勝てば、彼の身柄は引き渡します。

 では、気を取り直して、彼の代わりに戦う戦士を呼び出しましょう!」


 空気が震える。

 轟音が響き渡る。

 館の扉から、より強い放電が発せられ、館の床板や柱が焼け焦げる。

 闇の中から、漆黒の鎧に身を包んだ長躯の騎士がぬるりと現れた。


「コォオオオオオォ…………」


 破れてぼろぼろの外套に、所々ひび割れている錆びついた鎧兜、暗くて顔は見えないが、荒々しい息吹が聞こえる。

 目を惹くのは、二メートル以上はある巨大な槍だ。

 突撃特化したランスと呼ばれる円筒形の長槍。


「あ、この騎士は…………?ああっ!まさか!」


 リリィが騎士を見て、驚き、そして震えている。


「どうした?リリィ、この騎士を知ってるのか?」


 普段から、敵味方問わず怪しい対象が視界に入れば、即刻【解析】するようにはしているが、この騎士は【解析】しても、秘匿、あるいは保護されているのか看破出来なかった。

 今までも、魔王や天使、あるいは強力な魔力を持つ者は【解析】不能が多い。

 リリィが何か知っているのなら、是非情報が欲しいところだが。


「彼は、西国に伝わる伝説の聖騎士リザラズ。でも、彼はもう三百年前に亡くなっている筈だわ…………」


「聖騎士だって?暗黒騎士の間違いじゃないのか?あんなに真っ黒じゃないか」


「黒くなってボロボロだけど、鎧や槍には我が国アシュレイの紋章が刻んであるの。

 そして、彼がとる槍の構えは聖騎士そのものよ」


 そう語る彼女の目からは涙が流れていた。

 くそっ、リリィを泣かせやがって。


「アハハ、良かった!西方の姫君に喜んで貰えたようで何よりです。

 気付いて貰えなかったらどうしようかと思ってましたよ。

 彼は、私の故郷であるゴルデーサ大陸、貴方達人間が魔大陸と呼ぶ地にて、三百年前に捕らえた当時の勇者の仲間であり、英雄の一人です。

 攻めてきた敵を捕虜とするのは、乱世の常。どうか、ご理解を。

 もちろんまだ生きてますよ。まぁ、精神はとっくに壊れていますがね、フフフ。

 アハハ、アハ」


「な、なんて酷い事を」


 興奮しているアスティは、愉しげに自分の震える指先を眺めていた。


「リリィ、気をしっかり持て。メリィ達と協力してあの騎士と戦うんだ」


「テツオは?」


「俺はまず魔人が喚び出されたあの魔獣共を倒す。

 メリィ、頼んだぞ」


「畏まりました。ご主人様もお気を付けて」


 魔獣と騎士、これら全てが入り乱れての混戦は、思わぬ事故が起こりかねない。

 各個撃破が妥当だ。


 さてと…………

 あの魔人に【時間操作】の存在を悟られてはいけない。

 現状なら充分対処出来る筈だ。

 もちろん、手札はまだたくさんある。

 とりあえずレベル70程度の魔獣三体だけなら、俺自ら闘う必要もない。


「【召喚サモン】」


 大量の魔法陣から、手持ちの悪魔達を連続召喚。

 サーベルライガー六体、インキュバス三体、インプ十五体。

 以前、マモンの魔玉にて爆死召喚した外れ悪魔達だ。

 いや、それはちょっと言い過ぎか。

 だが、こんな時にでも喚んでやらないと、保管したまま腐らせてしまう。


「お兄ちゃぁーん指名ありがとぉ!今回もいっぱいサービスするねっ」


「坊や、もう溜まっちゃったのぉ?」


 しまった。無差別に召喚したせいで、夢魔リリムのミルクちゃんと淫魔サキュバスのプリンちゃんまで、うっかり喚び出してしまったようだ。

 何やら鋭い視線を感じると思い、チラリと横を見ると、リリィが露出感満載の女型悪魔二体を睨んでいるじゃないか。

 なんて事でしょう。ついさっきまで涙を流してた筈のリリィの目が、とっくに渇ききってやがる。

 泣き止んでよかった。女に涙は似合わねぇぜ。

 運がいいのか悪いのか、とりあえず全裸で現れなくて良かったが、あまりに挑発的なこのセクシー過ぎる下着姿は、俺の性癖、趣味嗜好がバレてしまう感じがして、少々小っ恥ずかしい。

 そして、リリィが嫌悪感たっぷりの目で俺を睨んだ。


「こっ、こらこらお前達、戦闘バトル中なんだから服を着ろ」


「あ、ごめーん、今日はエッチじゃなくて、戦闘バトルなんだぁー?」


戦闘バトルねぇ、坊やにはお姉さんのコワイとこ、あんまり見せたくないんだけどなぁ。ウフフ」


 二体の悪魔は、下着を覆い隠すように、戦闘外装を纏った。

 顔上半分を覆うハーフマスク風の仮面に、ぴっちりした黒いライダースーツ風の外装は、これはこれでエロく見えるが、裂けた口から牙が見えてちょっぴり怖い。

 仮面越しに目が赤く光り、魔力が跳ね上がっていく。

 これは俺の濃厚魔力が、二体の膣内へたっぷり注がれている証拠。


 なぁ、リリィ聞いてくれ。

 君だって、敵と戦う前には、武器を手入れしたり、ポーションを準備したり、するだろう?

 一緒、一緒。

 つまりは、速攻対応型兵器への事前準備に過ぎんと言うことだよ、リリィ君!

 弓には矢がいる。悪魔には魔力がいる。

 一緒、一緒。

 分かってくれいッ!悪魔への魔力注入は、必要不可欠の事前準備なのじゃーッ!



 ————————



 一方、大量の悪魔を従えるテツオを見て、アスティは溢れ出る興奮を抑え切れない。


「アハ、アハハ」


 ————凄いぞ、想像以上だよ、テツオ。

 悪魔の軍団を率いるなんて、もう魔王じゃないか。

 分かっているのかい?

 人間の身でありながら、魔玉を扱う意味を。

 悪魔を召喚する際の、人体への影響を。

 悪魔を顕現し続ける業を。

 さぁ、もっともっと面白いものを見せておくれよ。


「テツオさんが魔獣と、お仲間さんが古の騎士と対戦という事でよろしいですね。

 もちろん、どんな闘い方をしようが構いません。

 それでは、ラストゲーム始めましょう!」

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