第107話南の森⑥・ディビット卿

「そろそろ彼らがやってくるかもしれないね」


 煙草の煙を燻らせる二十代前半くらいにしか見えない青年は、その細い目を閉じたまま、傍に佇む人物に向け唐突に呟く。

 ここ数日で一気に老け込み、老人の如き風貌と化した五十代の男は、青筋を立てわなわなと震えだした。


「馬鹿な!早過ぎるッ!

 言ってたではないか!この森は深く、手強い外敵が多数棲息し、奴らがここへ辿り着くには十日、早くても五日はかかるとッ!」


「フフフフフ…………、アハハハハ!

 つまり、そんな規格外の奴等に、貴公は喧嘩を売ってたって事さ」


「なんだその言い草は!

 ハッ!そういえばカルロス!いや、アンドラスはどうしたんだ!あの高位悪魔に狙われて、無事で済むわけがない!」


「あんなのを高位と呼ぶのもおこがましいが。フフフ、残念ながらアレは大した足止めにすらならなかったようだね」


「くっ…………!」


 優男が告げる悲報に、ディビットはがっくりと肩を落とした。


「おやおや、諦めるにはまだ早いよ、ディビット。

 もっと建設的な話をしようぜ。

 幸いな事に、貴公にはまだいくつも手札が残っている」


「…………手札だと?」


 薄笑いを浮かべるアスティを、血走った目で睨め付けるディビット。


「そうさ。

 先日裏切った貴族達、いや袂を分かった八人はやむ無くアンドラスの贄としたが、まだこの館には貴公を信じる貴族が十人いるじゃないか。

 それに攫った領民達、もう随分消費してしまったが、まだ二十人近くいる」


「か、彼らを贄として捧げろと言うのか?」


「決めるのは貴公サ」


「私が領主として返り咲いた時に、後ろ盾となる貴族達がいないと、領地の維持に困る。

 それ以前に、領民達には何の罪も無い」


「フフフフフ、そんな先の事を心配してるのかい?まずは、目の前の脅威を何とかしなきゃ、だろ?

 彼ら全員を魔力の贄とすれば、とっておきの助っ人を喚び出せるんだけどなぁ」


「うぐぐ…………」


 ディビットは目を閉じて、天を仰いだ。


 この悪魔はいつだって私に決定させる。

 人間などいつでも魔力の糧に出来るのに、わざわざ私の判断を仰ぐのだ。

 恐らく逐一私に決めさせる事で、私の良心を揺さぶり、罪を自覚させ、苦悩する様を楽しんでいるのだろう。

 狂気の沙汰だ。

 だが、この底知れない力を持つ悪魔の遊びから、今更降りる事は出来ない。

 私は既に多くの民の命を…………


 アスティは震えた手でカップを置くと、洋館の窓から暗い森を眺めた。


「ほら、早くしないと、彼らが到着してしまうよディビット卿。英断を…………」



 ————————



 背後から迫ってきていたエネミーが徐々に減っていき、ついに何物にも遭遇しなくなった頃、ようやく俺達は終点に着いたらしい。

 袋小路と呼ぶには広大過ぎるデビルプラントに囲まれた異空間。

 その中心に洋館が数棟、ポツポツと離れて建っていた。

 暗くて判然としないが、窓から漏れる明かりから洋館ぽく見える。

 基本的に、危険地帯デッドゾーン探索中は、【探知】を自動発動させてあるのだが、反応は数十程。

 魔力の澱みで細かい数字が測れない。

 反応があるにも関わらず、あまりに静か過ぎて、まるでB級ホラー映画のように、今にも得体の知れない何かに襲われそうな恐怖を感じる。


「こ、怖いわ」


 ほら、リリィが怖がったじゃないか。


「たくさんの気配を感じるし」


「ん?リリィ、【探知】スキルがあるのか?」


「ううん、なんとなく気配を察知できるだけよ」


「ご主人様、私は地面に触れている者であれば分かります。個体数にして四十五かと」


「メリィ、グッジョブだ」


「グッ…………ジョブ?」


 数で優位をとっているのに、すぐに襲ってこないのは何故だ?

 まどろっこしいのはよくないし、怖いのはもっとよくない。


【光魔法:照射】


 広範囲を明るく照らす。

 魔力温存はもう必要ない。

 全てを明るみにして、一気に終わらせたい。


「囲まれてるわ!」


 リリィが叫んだ。

 前方には漆黒の甲冑を装備した兵士が四十人。周囲には、我々を囲む様に羽の生えた不気味な悪魔が六十体も音もなく浮かんでいた。


 怖っ!

 悪魔の赤く光る目怖っ!

 兵士達は人間だけど、なんか目が虚ろで怖いし。


「よくここまで辿り着いたものだ、ジョンテを窃取せし偽りの領主よ。

 悪魔の力を借りてここまで来たか」


 兵士の隊列が移動し、空いたスペースから老いた貴族風の男がこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「お前が黒幕ディビットか。わざわざ姿を現すとは間抜けだな」


「貴様のせいで私の計画は大幅に狂い、辛い日々を強いられた。だが、漸く禍根を断つ事ができる」


「何を言っている?」


 こいつのせいで沢山の領民が苦しんでいるのに、辛い日々、だと?

 何か言い分があるのかと、それとも操られているからなのかと、逡巡していたが、それは意味の無い事だったようだ。

 こんな奴は絶対に領主にしてはいけない。


 リリィは顔を険しくし、剣を握り締める手からは闘気が漏れている。

 メルロスは冷静な顔を崩さないようにしているが、抱き締めたノムラさんの身体が有り得ない程潰れ、大変な事になっていた。


「テツオ、さっさと倒しましょ!」


「キュ、キュウゥゥゥ…………」


「怒っているのは、俺も同じだ。

 だが、人間である兵士の命は絶対に奪う訳にはいかない。

 お前達は悪魔を優先的に倒してくれ。

 もし兵士と対峙した場合は手足を狙うんだ」


「分かったわ」


「では、行くぞ」


「ふはは!ただの兵士と思うなよ!

 貴様らはここで無惨に息絶えるのだ!」


 ディビットの号令兵士と悪魔が一斉に襲い掛かってくる。


 ————————


 洋館の窓から、外の様子を眺める男の姿があった。


「ははっ!やっと始まった。

 馬鹿な人間同士の無益な争いがっ!

 あー、ワクワクするなぁ!これが見たかったんだよ」


 その男は子供の様に無邪気にはしゃぎ、解説するかの様に独り言を始めた。


「テツオが兵士と、姫とエルフ、使い魔が悪魔と戦闘する流れみたいだけど、本当にソレでいいのかな?」


 六十体もの悪魔デモンが次々に襲い掛かっていく。

 平均個体レベル六十を超え、その実力は上位悪魔グレートデモンに匹敵する。


「何こいつら!硬くて早いっ!」


 完璧に捉えたと確信したリリィの剣戟を、ただ一体の悪魔が腕一本で弾き飛ばした。

 構わず回転して剣を振り抜き、胴を薙ぎ払おうとするも素早い動きで躱されてしまう。

 リリィが得意とするコンビネーションが通用しなかったのだ。


「ふふふ、そいつらには僕特製の戦闘外皮を纏わせてある。下位悪魔レッサーデモン如きと侮ると死んじゃうよ?」


 全長百四十センチ程度に、細い身体に蝙蝠のような羽根が生えたインプによく似た悪魔は、黒光りする装甲を纏い、目を赤く光らせ、隙を狙って宙を舞う。

 リザードマン、バイコーンはその素早さに翻弄され、防戦一方となる。

 その様子は差し詰め、獲物を啄みに集る鴉の群れのようであった。

 悪魔の大群で黒いドームが作られ、中心の様子が判然としない。

 アスティは昂ったのか、出窓の床板部分に飛び乗り、上機嫌で微笑んだ。


「リリィ、サポートします。一体ずつ倒しましょう。下僕よ、周囲を護りなさい!」


「ギギ!心得タ」


 バイコーンのその巨体と大角を活かした突進と、リザードマンのガルヴォルン製の盾の防御でリリィとメルロスを必死に護った。

 メルロスの精霊魔法によるサポートが戦域を支配下に置き、悪魔は決定的な仕事が出来ないまま、一匹また一匹とリリィに仕留められていく。

 アスティの思惑は外れたが、悔しがる事は無い。むしろ、笑うしかなかった。

 彼は観覧者という立ち位置を愉しむだけだ。


「アハハハハ!こりゃ傑作だ!いや、大作だよ!

 魔獣、魔物に守られて戦う英雄なんて今まで居たかい?過去を遡ってもいやしないよ。

 しかも,協力関係がしっかりと出来上がって連携取れて息ぴったりだ。

 ディビット、このままでは厳しいんじゃない?」


 一方、テツオは兵士達を倒さないよう力を抑え、説得しながら格闘していた。


「お前達はそこの廃棄族に雇われただけだろう?

 俺が倍の給料で雇ってやる。

 だからどうだ、ジョンテ領で働かないか?」


「ジョン……テ……?」


「働く……?」


「馬鹿め!こいつらは既に狂人化している!話など通じるか!」


「それを早く言えよ。

 後で回復してやるから、手加減はしないぞ」


 ディビット卿がわざわざ丁寧に兵士の状態を教えてくれたので、テツオは迫り来る兵士に向け、魔力を込めた。

 黒い衝撃波が放たれ、次々と兵士の脚を正確に斬り落としていく。

 たった数秒で、兵隊は無力と化した。


「アレは!あの魔法は!バアルの【ダークブレイド】?

 魔王の技を人間が使う?まさか、バアルの魔玉!

 …………彼が倒されたと言うのか?」


 窓に両手をついて驚く青年。


「ふ、これくらいの兵力差を覆す力が貴様にあるのは想定内だ。

 だが、私は多くを犠牲にし、強大な力を得たのだぁ!」


 ディビット卿が腰に下げていた細長い杖をおもむろに翳す。

 それと同時に、兵士達が苦悶の呻き声を上げ始めた。

 すると、切断された脚からボコボコと胞子が泡のように溢れ出し、脚を再生していくではないか。

 兵士達は狂気に満ちた顔で、再びテツオへ襲い掛かっていく。

 彼らは、腕がもげようが、脚が折れようが、全く意に返さず攻撃の手を止めようとしない。


「どうだ!この呪われた森にはこのように無敵の兵士を作り出す植物もあるのだ!」


「まるでゾンビだな。これはまだ人間だと言えるのか?」


 両手両脚を切断し、動きを止めようとしても、すぐに再生する兵士達に手を焼き、テツオは後退を余儀なくされた。

 ディビットはその様子を見て、一つの仮説を立てる。

 この男…………敵であっても、人間自体を殺す事が出来ないのでは?

 もしそうであれば、それが決定的な勝機となる。

 ふふ、このまま追い詰めて、最後は強い悪魔でもって彼奴へとどめの一撃を食らわせるだけだ。


「ガハハ!勝った!」


 一瞬で勝負はついた。


「ディビット卿、お前が持ってたこの杖。よく見ればただの枝だが、これで兵士を操っていたんだな」


「な!いつの間にィッ!」


 テツオは持っている杖を叩き折ると、兵士達は全員意識を失い、その場へバタバタと崩れ落ちた。

 ディビット卿を護衛していた悪魔二体も既に塵となって消えつつある。

 同じく、リリィ達も大量の悪魔を倒し終わっていた。


「ディビット卿、勝負ありだ」


「バッ、バカなバカな!ここまでして、私が!」


 ディビット卿は錯乱したのかテツオの首を締めようと両手を伸ばして襲い掛かったが、リリィが素早く間に割って入り、両膝を叩き割って無力化し、汚物でも見るかのように、男を見下した。


「今更、無駄な事はしない事ね」


「うぐぉー!グゾォオオ」


「ふむ、悪魔に守られていたって事は、お前自身はただの人間で間違いない。

 悪魔であれば、貴族にこだわる訳もないしな」


「ご主人様、この者の処遇は如何致しますか?」


「そうだなぁ、こいつに苦しめられた人々は大勢いるだろうし、領民の前に晒すべきなんだろうなぁ」


「アスティ!助けてくれ!」


 ズ……ズズ…………


 突如、周囲一帯が闇に閉ざされる。

 闇の波動が駆け巡り、視界を奪われたテツオ達を包み込んだ。

 その圧倒的な恐怖により、テツオは金縛りにあい、蛇に睨まれた蛙の如く身動き一つ取れなくなってしまった。

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