戦士
サイレンが鳴っていた。最大音量を撒き散らしながら、車道を猛速度で駆け抜けてゆく車両の姿が見えた。スライム対策のひとつとして都内の警察に配備された「武装パトカー」であった。鼻面に「折り畳み式の衝角」を備え、ボディは特殊合金製。加えて、超硬質タイヤを嵌め込んでいる。装甲車級の化物だ。
あれは一昨年であったか、酔っ払いが運転する武装パトカーが、ガソリンスタンドに突っ込んで、大惨事を引き起こしたのは。折り畳むのを「忘れた」衝角が給油車を貫き、大量のガソリンが周囲に噴き出した。
飛び散った火花がガソリンに引火して、一帯は火炎地獄と化した。泥酔者はその場で火達磨に変身し、上司は事故の翌日に署内で首を吊った。税金の塊りでもある同パトカーは、本来の目的を一度も果たすことなく、廃棄処分された。
池袋か、新宿か。あるいは、別の街か。あのパトカーがどこへ向かっているのか、俺にはわからぬ。池袋ではないことを祈った。俺にできることはそれだけだった。
武装パトカーが去り、再び静寂が訪れていた。明治通りに向かって歩いている俺の視界に嫌なやつらが出現していた。人喰いのモンスターであった。歩道と住宅街を繋ぐ小さい橋の上に麦藁帽子風の外形をした怪物が、数体蠢いていた。濃緑の体表が、街灯の光を不気味に反射していた。
スライムが出た。
K氏の指摘通りの展開だった。額と背中に汗の玉が滲んでいた。だが俺は、足を止めなかった。かまわず、歩き続けた。こういう際、歩行を中断すると、かえって危険だからである。どうやらやつらには、臆病の臭いを嗅ぎつける能力のようなものがあるらしいのだ。
こちらの弱気を悟られてはならない。来るなら来い。棍棒に物を云わせて、一匹残らず、川の中へ弾き落としてくれる!自分で自分を鼓舞しながら、俺は歩行を継続した。こちらから仕掛けるつもりはない。それはバカのやることだ。
橋の上のスライムどもが不思議な動きを示していた。今にも俺の方に這い寄ってくるかに見えたが、そうはならなかった。ゼリー状の肉体を反転させると、やつらは住宅街の方向へ移動を開始していた。
間もなく、理由が判明した。剣と槍、鎧と兜。RPGに登場する戦士風の格好をした二人組を、俺はスライム越しに視認していた。二戦士と魔群の間隔が急速に縮まっていた。剣が閃いた。戦士の一人が先頭のスライムに斬りつけたのだ。
次の刹那、スライムの胴体が半ば辺りまで断ち割られていた。途端に混じり合った体液と臓物が、凄い勢いで虚空に噴出した。続いて、もう一人の戦士が、第二のスライムを槍で串刺しにしていた。記すまでもないが、俺に加勢の意思はなかった。戦いの結果にも興味は湧かなかった。俺の関心は、常に俺の命に集中しているのだ。文句あるか。
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