第27話 告白

 次の日。


 俺はまだ熱が続いていた。

 38.0


 高熱と言うほどでもないが、気にせず受験生しかいない教室に登校できるほどの体温でもない。


 それに、今日は金曜日。


 木曜日に休んで、金曜日は学校に行って、土日は休日というのは、なんだか変な感じだ。

 だから、俺は今日も休むことにした。


 昨日のうちに、長田からは

「明日、学校、休む」

というロボット的なメッセージが送られてきたし、親も他の受験生(クラスメイト)移すわけにはいかないという俺の主張を聞き入れてくれたから、俺は気兼ねなく休むことが出来た。


 本来の調子なら、一度はクリアしたポケモンをはじめからやり直して、一日でクリアを目指したりしたいものだが、俺はそんなことが出来るほどは元気じゃなかった。

 結局、寝たり起きたりの繰り返しで、時刻は正午に差し掛かろうというところだ。

 昼ご飯はもう済ませた。


 実は昨日もカップ麺を昼ご飯にした俺は、

「三日連続カップ麺はやめなさい」

と母親に千円札を渡された。


 そもそも、戸棚にあったカップ麺は全部食べてしまったから、コンビニまで買いに行かないと食べれなかったから、俺はカップ麺を食べる気なんてなかったのだが。


 かといって、何処かに食べに行く元気もないし、出かけた先で高校生だとバレたら説明するのがいろいろとめんどくさい。


 そうして俺は、出前を頼むことにしたのだ。


 四角くて大きなリュックを背負ってやってきたお兄さんにお金を渡して、ラーメンを食べた。

 具の中身が、少しグジャグジャになっていたけど、味には関係ないから何の問題もない。


 野菜マシマシのラーメンは結構おいしかった。


 ラーメンを平らげて(塩分や油の取りすぎで死ぬのが少し怖くなって、汁は少し残した)俺は、ベッドの上でゴロゴロし始めた。


 食べてすぐ寝ると体に悪いらしいが、食べてすぐ走り回るよりは体によさそうだ。というのが俺の言い分であり、言い訳だ。


 男子高校生にとってのラーメンは、大学生にとってのチューハイみたいなものだろう。

 俺は大学生でもないし、未成年だから、酒のことなんか知らんけど。



着信音が鳴る。

「もしもし」

「今、電話いい?」

「いいよ」

「今日も家行くね」

「おう。ありがとう」

「ううん。もうよくなってきた?」

「まぁ、ぼちぼちかな。あ、途中でコーラ買ってきてくれ。デカいやつ」

「二リットルのやつ?」

「それ。」

「病人がコーラなんて飲んでいいの?」

スピーカーから、志田の笑い声がする。


「コーラは病気になるくらい、栄養満点なんだ」

糖分とカフェインは栄養だ。毒じゃない。


 「はぁー。まあいい。じゃあね」

「おう。」

 「なんであいつ、ため息ついたんだ?」

飲みすぎると生活習慣病になるということは、それだけ栄養があると解釈してもいいのではないだろうか?



 「ほんと、コーラばっかり飲んでるよね」

志田が、コップのコーラを飲みながら、のどをゴクゴク言わせる。

「それお前もだぞ」

「そんなことないよー」

「昨日も飲んでただろ?」

「まぁ。そうだけど」

 昨日、志田がコーラを飲んでいるのを見て、俺も飲みたくなり、おつかいをお願いしたのだ。


 「へも、ほーらっへほひいひょねー」

志田がポテチを食べながら、何か言う。


 ポテチとコーラなんて、生活習慣病一直線の栄養満点の組み合わせだ。三日連続でラーメンの俺といい勝負。


「何言ってるかわかんねーよ」

「二年以上付き合ってるんだから、このくらいわかってよ。」

志田が口をとがらせる。


 「俺たち、付き合ってたっけ?」

「そういう意味じゃない!」

志田が俺の太ももを叩く。

つもりだったのだろう。

 しかし、志田が叩いたのは、両太もものど真ん中だった。

 「グハツッ」

「あ、ごめん当たっちゃった」

志田がニヤニヤしていそうな声で言う。


 股間を押さえてじたばたしている俺には、志田の顔を見るなんて余裕はない。

 かなりの強さで叩いたか、クリーンヒットしたかどっちかだ。めちゃくちゃ痛い。


「そんなに痛いの?」

「ああ。」

 座ってると痛いから、ベッドから降りて、床で軽くジャンプする。


「ごめんね。クリーンヒットしちゃって」

「お前は、イチローの娘か」

「父さんは、翼だけど」

 なんだ。サッカーか。


 「そういや、長田くんが来るって言ってたよ」

「そうなのか。」

「うん。」

「てか、中間テストの範囲どうなりそう?」

「大体の先生が、受験勉強に専念させるためにテストは簡単にするってさ」

「まぁそうだよな」

「古文以外はね」

「うぇ、マジかよ」



 俺たちはその後、かなり長い時間喋った。

 母親からは、冷蔵庫に大根があるかどうか電話が来たし、俺は部屋の電気をつけた。

 そして、二リットルのペットボトルは、もう空になろうとしていた。



 ピンポーンとインターホンが鳴る。

 「長田か。」

志田が、立ち上がろうとする俺の腕を掴む。


「私が行くよ」

 志田が、長田と一緒に戻ってきた。

 長田は風邪をひいたのか、俺から移るのが怖いのかは知らないが、マスクをしている。


 もし風邪を引いたなら、馬鹿は風邪をひかないということわざは、嘘のようだ。

 「久しぶりだな。」

「おう。」

長田の返事には、元気がない。


 「長田くん。コーラ飲む?」

「いや、いい」

「じゃあ俺が残り全部飲むわ」

志田からペットボトルを受け取って、五センチくらい残っていたコーラを飲み干す。


 ぬるくなって、炭酸が抜けたコーラは、どれほど栄養満点かがよくわかる甘ったるさ。

 歯がエナメル質に軋む。


 「そういや、お前何しに来たんだ?」

長田に問う。


「お見舞いだな」

長田はスマホを見ながら、ボソッと言う。志田に無理やり連れてこられたのかと疑いたくなる。


 「そういえば、長田くん話あるって言ってなかったっけ?」

「あぁ。それは後でな。」

「今は、これやろうぜ!」

 長田がカバンから取り出したのは、サッカーゲーム。


「えーサッカー?」

志田がげんなりする。

「志田もいるんだから、格ゲーにしてやれよ」

「勝てないじゃん」

「そうでもないと思うぜ」

 ベッドの横に積まれているゲームソフトの山から一つ抜き取って、二人に見せる。


「総合格闘技かなるほどな」

長田がうなずく。


 志田が得意なのは、格闘ゲーム。

 主人公が空手の恰好をして、ビームみたいなのを打ったりするやつだ。


 対して、これからやるのは格ゲーと言っても、ほとんどスポーツゲームに近い。これならいい勝負になるはずだ。



 俺たちはゲームを始めた。コントローラーが二つしかないから、負けたら交換というルールで。

 予想通り、勝負は拮抗した。


 もうすぐ母親が帰ってくる時間だなと思った時、インターホンが鳴った。

 「俺行くよ」

コントローラーを握って、騒いでいる二人に言って、玄関に向かう。


 階段を降り切った時、玄関のドアがガチャリと開いた。

「お帰り」

 ドアを開けなくてよくなったから、階段に足をかけながら言う。


「お兄ちゃん。長田さん来てる?」

「え?」

 帰ってきたのは璃奈だった。

 脛まである長いスカートに、灰色のニット。ぺったんこな胸とツインテールの璃奈には、背伸びし過ぎているような恰好。


「ああ。来てる」

俺はそれだけ言って、階段を上った。



 「話がある」

長田が切り出す。


 長い前髪を揺らしながら、マスクを外す。露になる端正な顔立ち。

 赤くなるほど結ばれた唇。


 「ごめん」

長田が頭を下げる。

 俺に向かって。何が何だかわからない。


 長田の隣には璃奈。

 璃奈も一緒に頭を下げる。

 俺の隣には志田。


 睨みつけるとまではいかないが、鋭い眼差しを二人に向けている。

 長田の行動にびっくりした俺は、長田、璃奈、志田の順番に見まわした。

 結局、二人が俺に向かって謝っていることと、志田が二人に対して好意的でないということくらいしかわからない。


 「おい、二人ともどうしたんだ」

未だ頭を上げようとしない二人。

「謝るなら、せめてなんで誤ってるのか説明くらいしてくれよ」

 二人がやっと頭を上げる。


 「あの、お兄ちゃ」

「俺が言う。」

長田がサッと手を出し、璃奈を遮る。



 そこからひどく時間が空いた。

 コーラ2リットル一気飲みが出来たかもしれないし、カップラーメン食べられるようになるほどの時間が過ぎたのかもしれない。


 二人は跪いたまま。


 「俺が相手だ。」

長田が、やっと口を開く。

 「相手?何の話だ?」

 格ゲーで賭けでもしようと言うのだろうか。そこは病人なのも考慮して、少し手加減してくれるなら、受けてあげてもいい。


 「俺が、スキャンダルの相手だ。」

 右手に衝撃。

 続いて、左手にも。

 俺は、自分が長田を殴ったということに気づく。


 「やめて!」

志田が叫んだのか、璃奈なのか俺にはわからない。



 それでも、俺は腕を振るのをやめなかった。

 オタクなら、アイドルにとってスキャンダルがどれほどの重みがあることかを知っている。


 それなのに、友達なのに。


 許せない。


 俺はいつの間にか、ベッドの上でマウントを取っていた。


 右腕を振りかぶる。


 「やめて!」

 何か柔らかいものが突っ込んできて、ベッドに倒される。


 「話くらい聞いてよ」

 志田の涙目がそこにある。

 「ごめん」

 俺はまた、志田に助けられた。



 長田がベッドから降りて、再び璃奈の隣に膝をつく。

 乱れた髪と服。

 唇の端が切れて、血が出ている。


 「なんでそんなことしたのか説明して」

 志田は、しゃくりあげながら、でも確かな声。


 「璃奈ちゃんと仲良くなって、相談に乗るようになった」

 長田がポツリと言う。


 「外で二人だけで会ったらダメなことくらいわかるでしょ」

「写真撮られた日は、たまたま会っただけだ。」

「たまたまならいいのかよ!」


「落ち着いて!」

 志田が間に入る。


 璃奈はずっと下を向いている。

 「璃奈が!璃奈が、お前のことを好きだって言ったんだ」

「そうなのか?」

 長田は悲しそうな、うれしそうな変な笑顔で璃奈を見る。


 璃奈は何も言わずに、ほんの少しだけ、首を動かす。

 「そうか。」

長田の呟きは、明日世界が終わることを知らされた主人公のそれだった。


 「ごめん。璃奈ちゃん。」

 「ううん。ううん。」

涙声で璃奈は首を横に振る。


 元気のないツインテールがゆらゆら揺れる。

 「璃奈ちゃんも勇人も傷つけて悪かった」

 長田が頭を床につける。


 「もう顔を上げてよ。」

「璃奈ちゃんと仲良くなった長田くんも、長田くんを好きになっちゃった璃奈ちゃんも悪くないよ」


 志田は泣き止んでいた。

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