第12話 光の向こうには影がある

 「じゃあな」

「長田くん、また明日」


 俺と志田は、長田の家を出て駅へと向かった。


 俺の家には遠回りになってしまうが、もう暗くなっていたし、「長田くんの家に行くなら、九時半くらいに璃奈を駅まで迎えに行って」と母親に言われていたから、俺は家と反対の方向に向かって歩いていた。


 「楽しみだねFYL」

「そうだな。夏休み中くらいにライブやってくれるといいんだけどな」

「私たち三年生なんだから、ちゃんと勉強もしないと」

「いちおう俺も長田もずっとB判定だから」

へへっと自慢げに言う。


 学校ではほとんど話をしないし、こうして校外で話してもほとんどはアイドルの話だから詳しくは知らないが、志田は俺や長田よりも勉強ができなかったはずだ。


「せめて威張るなら、A判定からにしてよ。Bだったら、私とそんなに変わらないし」

志田が口をすぼめる。


「A判定取れたら、ご連絡いたします。」

「もう、茶化さないでよ」

俺の肩をパシッと叩く。そういえば、「お叩き会」たるものを開催していた声優がいたから、無料で志田みたいな美少女に叩いてもらった俺は、かなり得をしているかもしれない。

   

「女子高生」と名がつけば、それと同時に値段もつく時代の今においては、朝散歩してたら竹藪の中から札束を発見した人と同じベクトルの棚ぼたなのかもしれない。

 そう思うと何だか幸運が舞い降りたような気がする。


「あざーす」

「え?北山くんってドM?」

「どちらかというとそうかも」

大真面目に答える。


 別に、性癖を暴露したわけではない。


 叩かれて、得だとか幸運だとか考えている時点で、客観的に見るとⅯだな。という厳正な自己分析の結果だ。


「うへぇ、女子が喜びそう」

“女子が”などとまるで自分は無関係のような言い方をしているが、志田もニヤニヤしていて喜んでるのか楽しんでるのか、とりあえず面白がっているのは確かと言った様子だ。


「は?なんで?」

「長田×北山って一部の女子から大人気なんだよー」

「マジかよ。」

「マジなのです」

 そんなことなら、長田と喋らないでおこうかと思う。


 レズだとかゲイだとかそういう人それぞれの価値観を否定しようという気はさらさらないし、俺だって百合というのは素晴らしいものだと思っているが、これはそういうことではない。


 俺と同じくらいの度合いのアイドルオタクで、俺と同じくらい運動が出来て勉強が出来るなら、俺と同じくらいモテるでもいいはずだが、顔がいいだけで俺よりも圧倒的にモテているような奴との関係を想像されるなんてまっぴらごめんなのだ。



 「もうここまででいいよ、ありがと」

「妹迎えに行くついでだったから。」

「そっか。じゃあまた明日。」

笑顔で手を振りながら、駅に入っていった志田を見送って、俺は本屋へと向かった。



 個人的な暇つぶしに最適な店ランキングでは、本屋は結構上位だ。適当にページをめくるだけで時間がつぶせるし、何より店内が静かだ。これは、同じくランキング上位のゲームセンターやCDショップにはない利点だ。


 中二病全開の漫画を読んでいると、後ろから肩をトントンと叩かれた。


 そんな時に、振り向きざまに襲われたらどうしようか考えてしまうのが、こういう漫画のすごいところだ。


 ばッと振り向くと、そこにいたのは、璃奈だった。

 「なに?その振り向き方」

「いやーこの漫画に影響されて」

「そうなんだ。そのうち好きなアイドルに影響されて女装するんじゃないの」

目も見ずにそんな辛辣なせりふを吐くと、璃奈はくるっと背を向けて歩き出した。本を目の前の棚に戻し、慌てて後を追う。


 

 「今日機嫌悪いな」

かなり急いでやっと追いついた俺は、思ったままの感想を言う。


 璃奈は普段からクールというか、不愛想というか、そんな感じだが、厭味ったらしいというわけではない。今日は少し辛辣すぎる気がする。


「今日二日目だから」

「そ、、そうか」

気まずい。非常に気まずい。そうかと言ったものの、俺にはその対処法はおろかそれがどんな苦痛で何が問題なのかすらわからない。


 だけど、ここで会話を切ってしまったら、余計に気まずくなってしまう。会話にとって一番の敵は沈黙だ。


「お兄ちゃんはさ、推薦入試とか特待生とかで高校に入った人どう思う?」

いきなり唐突な質問。


「そうだな。俺たち一般組よりも楽な手段で入学したとは思うけど、体育祭とか部活動とかで活躍してるのを見ると、それだけの能力があったから、いいんじゃないかと思うかな」

「それって、能力がない人は楽するなってこと?」

璃奈が立ち止まる。


 「日焼け対策」と言って着ている長袖のパーカーが、夜風に揺れる。

「違うな。能力があれば、周りと違うスタートでも、いつか周りが認めてくれるってことだよ。」

先を歩いていた璃奈の隣に並びながら応える。

「そっか。ありがと。」

「おう。」


 妹というのは、こういうものだ。

 決してデレたり好きになったりするような関係ではない。


 

 「今日さ、ネットでたくさん悪口言われて落ち込んでたんだ。」

「いじめか?」

「違うけど、璃奈のこと何も知らない人に悪口言われるのは、、」

目の前にある璃奈の肩が震える。


 抱きしめたら壊れてしまいそうな薄い身体が、震える。


 俺には、ネットでいじめられた経験も悪口を言われたこともない。


 「お前のツイート面白くない」というDMがきたことくらいはあるが、それは自分でも思っていることだったし、それ一件だけだ。一度にたくさんの悪口を言われたことなんてない。


 だから、俺には璃奈の気持ちはわからない。もちろん、いい気持じゃないことや、傷つくだろうことくらいはわかる。


 だけど肝心なことがわからないから、俺はどういう風に対処したらいいのかなんて知った風な口を利くことは出来なかった。


 そんなことは誰だってできる。でも、家族や友人、恋人とか親しい間柄の人がすべきことはそんなことじゃないはずだ。


「これ使え」

 志田と駅に向かう途中にもらってカバンに突っ込んでおいたポケットティッシュを璃奈の手に置く。


「うん。」

そして、握ったばかりの泥団子の様ないびつな形の月に照らされながら、璃奈の前を家に向かって歩いた。夏の夜風はひんやりとしていて、虫の声だけが鳴っていた。



 『“伝説のプロデューサー秋田満”が手掛ける新アイドルグループ一部メンバーにえこひいきか?』

 そんな見出しが、ディスプレイに映し出されている。


 時は、日付を回ったばかり。


 やることは全部済まして、後は寝るだけという状態で、俺はデスクトップパソコンの前に座っていた。


 気分が悪くなる記事に目を通し、文書作成アプリケーションを立ち上げる。帰って来てからスマホにメモしていた文章を打ち込んで、消して、付け加えたりして、作業が終わったのは、二時前だった。


 これは、俺の趣味だ。


 もう、ブログを書き始めてから五年以上たっている。とはいっても、ツイッターには登校できない文字数を発信したいから始めて、いまだに始めたときと同じようなクオリティーで続けているから、そんなに大したものではない。せいぜい、一つの記事で40pvくらいだ。


「ふわあぁ」

 あくびをしながら、昼の十二時に予約投稿をクリックする。学生にしろ、社会人にしろ、この昼休みの時間帯が一番暇だろうと思って、ずっとこの時間に投稿し続けている。


 暇な時間じゃないと、誰も読んでくれないのだから、ネットと言うのは便利なのか不便利なのか紛らわしいところである。



 ベッドにダイブする。


 エアコンからの冷たい風に何時間も冷やされ続けたふとんは、ニトリかどっかで特売セールに出されていた安物なのに、すごく高級な感じがする。


「夜の砂漠ってこんな感じかな」

そんなつまらないことを考えている間に、俺の意識は落ちていった。

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