第13話

 翌日、レオナルドがメインクエスト三面のボスに挑戦していた。

 梅の木々に小さな花が開かれている渓谷が舞台。

 転移先で妖精『しき』が登場し、助言する。


「ここから先にある橋を渡らないと『マザーグース』の館には行けないヨン。橋には地縛霊が住んでいて邪魔してくるヨン。急いで橋を渡るヨン!」


 今回は倒すのではなくのがクリア条件。

 レオナルドは、茜が完成させた大鎌『逆刃鎌』を『ソウルオペレーション』で浮遊し、峰を足場に乗る。バランスを取るのは慣れている。


 重要なのはこの先。

 石橋に接近すると、ゲーム演出が開始する。

 橋内部から半透明に透けた地縛霊。


 白と赤のメッシュが入った青髪に、シルクハットを被った燕尾服の青年が浮上する。

 三面のボス――ロンド・トゥ・ロンロン・ヌルヌドゥソン。

 本名が長い為、プレイヤーの多くは『ロンロン』という愛称で親しんでいる。


 ロンロンは『ごきげんよう』と優雅な挨拶をする。

 声色も反響し、彼の存在が現実味ないのを感じさせる。


『狂ったマザーグース様の元へ往かんとする哀れな方。非常に残念な事に、アナタは最早どこにも往けないのです。何故なら、アナタは石橋の一部となるのですから』


 決まり文句を告げ、ロンロンが石橋に戻り消える。

 橋から軋む音共にオルゴールの音色が奏でられ谷間に響き渡り、石橋から様々な攻撃が繰り出される。


 最初に古びた木製の柱が伸び、プレイヤーに襲う。これに囚われてしまうと、ロンロンが名乗り口上で述べた通り、木と一体化してしまい。橋に飲み込まれるのだ。


 その後に続く攻撃も。

 飛び散らす泥に体は泥のように溶け、同じく飛び散る漆喰しっくいに触れれば石化。

 破裂する煉瓦れんがの破片が肉体に食い込むと、そこから肉体も煉瓦に変化。

 進路妨害する鋼の檻に捕まっても、背後から降り注ぐ銀の槍の雨に刺さっても。

 最後に橋の終わりを見張る金の鎧兵に触れるだけでも、アウト。

 精製素材に肉体が変化し、橋の一部へなり果ててしまうのだ。


 攻略方法は、ロンロンからの攻撃を全て回避する。

 シンプルだが回避を専門としないプレイヤーにとっては地獄のようなステージ。

 数打てば当たるの理論で、大人数で挑戦し、一人でもゴールしクリアするプレイヤー達が多い。


 実の所、僕はレオナルドと共にロンロンのクエストはクリアした。

 僕は薬のドーピングを使い、橋を渡って。

 レオナルドは飛んで。


 今、この三面でレオナルドは『ソウルオペレーション』の浮遊移動の特訓をしている。

 本来はイベントに向けた『逆刃鎌』のアイディアだが、実戦投入するには練習が必要だ。


 僕は店内の工房で、レオナルドによく使用する『魔法水』の作製を合間に挟みつつ。

 『スタミナドリンク』の全種と薬品系の強化持続時間延長する『延長剤』と薬品系の強化を二倍にする『膨張薬』――これらを合成した『特製スタミナドリンク』の作製を行っていた。


 これをレオナルドは「ムサシの為に作ってくれ」と頼んで来た。

 茜を紹介してくれたお礼の品として渡したいらしい。


 意外、だろうか。

 バトルロワイアルに備え、スタミナ対策をするプレイヤーが少ない。

 制限時間三十分間。最初は全力で技の応酬が始まるだろう。なら、中盤終盤にかけて勢いは衰える。

 察しのいいギルド連中は対策している筈……


 『スタミナドリンク』系は一時的にスタミナ量を継続させるだけではなく、消耗したスタミナも回復させる効果がある。故に、長期戦を強いられるイベントでは必須になるアイテムだ。

 ほとんどのプレイヤーは、攻略班などの薬剤師系店に通っているのか?


 レオナルドが店内に戻ってきたのに、僕が「お疲れ様」と彼に労りの言葉をかけた。

 盛大な溜息と共に、レオナルドは席に座り込む。


「はぁ~~~~疲れた!」


「接客用の紅茶とケーキでも用意しようか?」


「おー、頼む」


 僕がレオナルドにバーチャル再現した紅茶とケーキをテーブルに置く。

 それに手をつけながら、レオナルドが尋ねる。


「アレできたか?」


「うん。調合成功率も上がって来たからね。そこそこの速さで完成できたよ」


 僕は『特製スタミナドリンク』をレオナルドに渡した。






~フレンドチャット~

 ※最新のメッセージ100件まで表示します。



<レオナルド>

[鍛冶屋教えてくれてありがとう]


<レオナルド>

[これお礼]


≪レオナルドさん から [特製スタミナドリンク×10] が 送られました!≫


<ムサシ>

【いらない】


<レオナルド>

[イベント疲れるから途中で飲んで]


<ムサシ>

【いらない】


<レオナルド>

[スタミナも回復するんだって]


<ムサシ>

【いらない】


<レオナルド>

[三十分間って長いぞ]


<レオナルド>

[ずっと動き続けるとスタミナ減るだろ]


<レオナルド>

[絶対途中でバテるぜ]


<レオナルド>

[それじゃあ、俺落ちるから]


<レオナルド>

[おやすみ]




 翌日、今度はメインクエスト四面ボスへの挑戦を行った。

 三面のロンロンの石橋を通過した先にある山道に入っていった地帯が舞台。

 僕とレオナルドが転移した後、妖精『しき』が登場。挨拶代わりの助言を行う。


「この山頂に『マザーグース』の館はあるヨン! もう一息ヨン! 途中にある『公衆電話ボックス』には注意するヨン!!」


 今時珍しく感じる公衆電話ボックスが、山道に複数配置されている。

 それが勝手に鳴り響き、勝手に電話が取られ

 『あたしメリーさん。今、春の村にいるの』と決まり文句を告げて、電話を切る。

 メリーと名乗る怪異はそれ以降も


『今、森の中にいるの』


『今、館の中にいるの』


『今、石橋にいるの』


『今、山道の入り口にいるの』


 そう順序良く言い残して、最後は『今、あなたの後ろにいるの』となり、ボス戦が始まる。

 メリー……本名:メリー・E・ソーヤー本体の説明は後にしよう。


 実は、これまでのボス戦では一番簡単だ。

 最後の『今、あなたの後ろにいるの』が告げられるまでに、複数配置された公衆電話ボックスを破壊するのが重要。


 公衆電話ボックス十二個がランダムに配置される。

 電話がかかり、勝手に取られるまでの呼び出し音を頼って発見し、破壊していく。

 公衆電話ボックスを破壊しないと、ボス戦開始以降、メリーの使い魔・骸骨の羊が量産。

 その骸骨の羊が発毛しまくる。

 毛から放電が発生し、プレイヤーに広範囲の無差別攻撃を繰り出す。


 あとから公衆電話ボックスを破壊しようとしても、羊と毛で周辺が埋め尽くされ。

 魔法使い系の『メテオバースト』のような広範囲かつ強力技でなければ、対処が難しい。

 ちなみに、他プレイヤーの検証動画で公衆電話ボックスを破壊せず放置すると、羊と毛でエリアが埋め尽くされると紹介されていた。


 僕は『特製スタミナドリンク』と『特製加速剤』を使い。

 レオナルドは『逆刃鎌』の浮遊移動と『ソウルターゲット』の併用で入り組んだ山道を難なく移動し。

 二人で協力し、公衆電話ボックスを破壊し尽くした。


 レオナルドが『今、あなたの後ろにいるの』と電話かけた最後の公衆電話ボックスを破壊すると。

 どこからともなく、幼い少女の姿をしたメリーが出現。

 プレイヤーの背後に憑りつくように居続ける。

 メリーに憑りつかれているプレイヤーは、常に呪いを受け続け、体力が減少してしまう。

 振り返ろうとしても、メリーもプレイヤーの動きに合わせて移動する為。

 正面を向いたまま遠隔攻撃で、メリーにダメージを与える他ない。

 他プレイヤーが接近しようものなら、広範囲の放電攻撃をしかけてくる。

 メリーの視界外から銃や矢、魔法で攻撃するのは有効。


 僕らの場合、レオナルドがメリーに憑りつかれた。

 僕は攻撃を上昇させる『特製破壊薬』を使用。

 レオナルドは『ソウルオペレーション』で浮遊操作した鎌を回転させ、メリーに攻撃する。


 メリーの体格自体が小さい為、本来なら攻撃を命中させるのが難しいと言われているが、攻撃範囲が広い鎌なら問題ない。

「服が汚れるじゃない!」とメリーの小言が聞こえる。

 ダメージを受けるとちょくちょく小言を挟んだり、悲鳴を上げるので、攻撃してこない『すねこすり』と並んで『かわいい』と評価されている。


 一定のダメージを受けると、別のプレイヤーに憑りつく。

 次は僕だ。

 マップで僕の位置を確認したレオナルドの攻撃が、僕の背後に向かう。


「なんなのよ、も~!!!」


 情けない遺言を残し、メリーが倒される。ステージクリアのメッセージが表示された。

 レオナルドも拍子抜けな展開に驚いている。


「本当に簡単だったな。いままでのボスが厄介だったから、他にもなんかあるのかなって」


「ソロプレイヤーは苦戦するボスみたいだね」


「そういう奴かぁ。……そーいや、明日イベントだっけ?」


「うん。君が広場で実況中継を見るって言ったから、一応行かないと」


「あー……悪い」


 気まずそうなレオナルドに「大丈夫だよ」と僕は伝える。

 あの糞餓鬼が再び関わってくるのは腹立たしいが、広場で中継を見ようとは最初から考えていた。

 仮面や鎧などの衣装で容姿を隠しても「ああいうプレイヤーがいる」情報は重要。

 心象悪いプレイヤーがいないかを発見する良い機会でもある。

 カサブランカと同じ、厄介な輩が確実にいるのは常だ。







~フレンドチャット~

 ※最新のメッセージ100件まで表示します。


<レオナルド>

[って話、ルイスが言ってたんだけど]


<レオナルド>

[一応、ムサシもギルド連中に気を付けた方がいいぞ]


<ムサシ>

【そうか】


<レオナルド>

[そうだ。カサブランカって奴、知ってる?]


<レオナルド>

[強い刺繡師なんだけど]


<レオナルド>

[違った。今はもう裁縫師になってる]


<ムサシ>

【知らない】


<レオナルド>

[そっか]


<レオナルド>

[アイツも強い奴、探してたから]


<レオナルド>

[もし会ったら戦ってやってくれ]


<レオナルド>

[バンダースナッチ倒したらしいから強いとは思う]


<ムサシ>

【そうか】


<レオナルド>

[じゃあ、明日頑張れよ]


<レオナルド>

[おやすみ]








<ムサシ>


【おやすみ】

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