【part.C】怒れる悪魔

「で、そうやって見ず知らずの誰かを助けてたから遅れたと?」

「ああ。まぁ助けたとも思ってないけどな」


 途中に色々あったが、なんとか学園に着いた俺は中庭でリョーコに事情を説明していた。 勿論、昨日から今日にかけての悪魔に関する部分は省いてだが。

 そんな俺の目の前でリョーコは目を細めて渋い顔をしていた。


「むむー……」


 なんとか急いで来たものの、結局クラス会議には10分ほど遅刻。が、幸か不幸かまだ出し物は決まっておらず、そのまま形だけ参加。

 そこから昨日同様に会議が暗礁に乗り上げてしまったので一旦休憩となったところで、リョーコにここまで連行されてきていた。


「むぅー……」


 地獄が本当にあるとすれば、閻魔大王を見たときに今のリョーコの顔を思い出すんだろうな、と感じるほどに険しい顔で俺を見ていた。


 まぁ、無理もないか。


 俺の居る居ないが会議の大局を左右するとは思ってないが、煮詰まらない会議に不満を感じ始めているクラスメイトもいる中で遅刻をしたことは流石に悪いと思っている。

 このままいつまでも決まらなければ、業を煮やしたクラスメイトたちによって出し物自体が焦げ付いてしまうこともありえるのだし。


「よし、許す!」


 が、幼馴染は寛大だった。


「許すんかい」


 思わずずっこける。さっきまでの居心地の悪さは何だったんだ。


「ちょっとー。それが許してもらった側の態度ですかー?」


 チュインチュインと口で言いながら指ドリルで人の脇腹に穿孔工事をしてくるリョーコ。


「やめろっての」


 リョーコから距離を取りつつ腹部を防御。 この幼馴染、女子の割にパワーがあるから洒落にならない。


「ま、とりあえず良いことしてきたんでしょ?」

「ああ……多分な」

「なら文句なし!」


 腰に手を当ててとびきりの笑顔で言うリョーコ。


「なんだ、人助けもしてみるもんだな」


 この笑顔が見れるなら遅刻して良かったと思うくらいだ。


「……いや、助けたのは人じゃないか」


 むしろ人から悪魔を助けたんだし。


「うん?」


 いやなんでもないと言って会話を切る。 リョーコとの間に、面倒なことは持ち込むべきじゃないな。


「さて、まだ休憩時間あるよな?」

「そうだね。どこか行くの?」

「トイレ。朝から行ってないんだ」

「はいはい、行ってらっしゃい。会議再開には遅刻しないでね」


 リョーコは教室へ戻るらしく、校舎の中へ。


「おう」


 幼馴染の声を背中に、ここから近いグラウンド側の男子トイレへと走る。

 そのままトイレの扉を開けようとした瞬間──。


 ガチャン!


 ノブを捻る強い音と共に出てきたのは、馬の怪人だった。


「ん?確かお前は……」


 悪い、リョーコ。 多分、会議にはまた遅刻だ。




「お前、昨日グラウンドに居たヤツか」

「覚えててもらってなによりだ」


 男子トイレ前の空間で偶然にもオロバス・コンダクターの姿となった長谷本と鉢合わせた灰志。

 彼にとっては願ってもない再会でもあるが、思ってもみなかった展開でもある。


「悪いが今日はお前の相手をしてる暇はないんだ」


 そう言って灰志を押しのけてグラウンドへ向かおうとする長谷本。


「おい、ちょっと待てって!」


 灰志は去ろうとする長谷本の前に回り込む。


「本当に相手をしてる暇はないんだ。またあの赤いヤツが来たら困る」


 そう言って腕を振り払う長谷本だったがその威力は本人が思っていたものより強く、灰志は払われた勢いで壁に衝突する。


「ってぇ!」

「ああ、悪い。上手く加減出来ないんだ」


 一晩経って契約が落ち着いた長谷本は冷静な態度で灰志へと謝る。

 だが、それ以上は立ち止まらずに手にした棍棒を引きずりながらグラウンドへと歩いていく。


「お前が追ってた後藤ってヤツ、あれだけの目にあって学校ここになんか来てるわけないだろ……っ」


 ぶつけた肩を押さえながら言う灰志に、もう一度だけ振り返る長谷本。


「さぁな、俺にも分からないが、ここで待ってろと言われたからな」

「それは、誰にだ?」

「だからお前には関係無いって言ってるだろ!」


 急に声を荒げた長谷本は灰志を片手で掴み上げ、グラウンドの端へ投げ飛ばす。


「ぐぁっ!」

「……俺が普通でいる内に、どこかへ行ってくれ」


 プシューという鼻息のような空気を洩らし、どこか悲哀を感じさせながらグラウンドの中央へと歩いていく長谷本。

 そうして長谷本がグラウンドの中央に立つと、その声は空から響いてきた。


『待たせたな。オロバス、そしてその契約者』


 地面に転がる灰志が見たのは、どこからかグラウンドへ跳んできた怪人。そしてその腕に抱えられた後藤だった。


「あいつは……あの時の!」


 現れたのは部室棟で灰志を蹴り飛ばした異形の怪人だった。


『では契約を果たそう、怒れる契約者よ』


 その言葉と共に異形の怪人は抱えていた後藤を地面に放る。


「……んん。ここは……?」



 無造作に投げられた衝撃を受けて、気を失っていた後藤が目を覚ます。


「ひぃっ!?化けっ、化けっ、化け物!」


 長谷本が居ることに気付き、尻餅をついたまま後ずさった後藤だったが、今度はその背中が異形の怪人に当たる。


「へ?……うわ!こっちも化け物かよ!」


 最終的に後藤は2体の怪人の中間で慌てふためく。

 そんな後藤の元へ、ザリザリと棍棒で砂を削りながら長谷本が近づいていく。


「やっと。やっとだ、後藤」


 歩みを進める長谷本の表情はヘルムに隠れて見えないが、それは感嘆のようにも聞こえる声色だった。


「な、何がだよ!」


 ドスン!

 後藤の問いには答えず、長谷本は棍棒を後藤の真横へ突き下ろす。


「ひいいいいいい!」

「やっと終わるんだよ……。俺の復讐も、怒りも、……悩むのも、な」


 棍棒を握る手に力を込めると、再びそれを振り上げる長谷本。


「やめろ!やめろ長谷本!」


 起き上がった灰志は二人の元へ走りながら声を張り上げるが、長谷本の棍棒は止まらない。


「じゃあな。クソ野郎」


 そして棍棒は振り下ろされる。

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フェイス/黒と白のコンダクター 右端燕司 @tuusuto

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