第2話
***
「ぴーこ。今日は友達が来るからお願いだから静かにしててね」
今日、家に来る西田春香さんは中学二年になって同じクラスになった才女だ。私とは世界が違うと思っていた彼女と仲良くなったきっかけは、私の英語の成績が悪かったことにある。担任の先生に、「西田に教えてもらえ」と言われて放課後に30分時間を割いてもらい、教えてもらうようになった。始めは「西田さん」といることに緊張をしていたのだが、話してみると大人びてはいるがなかなか面白い子なのが分かってきた。
「私、もっと西田さんて話しにくい人だと思ってた」
「失礼だなあ」
私たちは親友まではいっていないけれど仲の良い友達になっていった。
「ぴーこ。西田さんと仲良くなれるチャンスなの。静かにしててね」
初めて西田さんを家に呼ぶのだ。私は彼女ともっと親密になれることを期待していた。
「キョータカハ」
「ぴーこ!」
私はやれやれとため息をついた。
「お邪魔します」
西田さんがやってきた。
「いらっしゃい。いつも志津瑠がお世話になっています」
母が玄関まで来て深々と頭を下げた。
「いえいえ! こちらこそお世話になっています」
ぴーこがさえずる前に自室に案内しようとしたとき。
「キョータカハシク」
聞こえてきたぴーこの声に、私の心臓が跳ねた。顔が赤くなっていくのがわかる。
「? 何か声が聞こえなかった?」
「そ、そう?」
私は気付かないフリをして階段を登ろうとした。ところが、
「うち、インコを飼っているのよ」
母が笑いながら言ったものだから、私は内心舌打ちした。
西田さんは目を丸くして、
「インコって喋るんですか?」
と興味津々だ。
「見ていかれる?」
母がリビングのドアを開けた。私は終わったと思った。
ぴーこは、
「キョータカハ、シクンガ、ネー」
と得意げに鳴いて、初めて見る西田さんの顔をじっと見た。
「可愛い!!」
西田さんは目をキラキラさせてぴーこを見ている。そして、
「高橋君て、うちのクラスの大輝のことよね?」
と私を振り返って言った。
西田さんの言葉に私は目を瞬かせる。
「えっと、西田さん、高橋君と知り合いなの?」
「知り合いというか、親が仲良しで、幼馴染なの」
「キョタカハ、シクンガ、ネー」
「ふふ。よっぽど毎日話してるのね。好きなの? 大輝のこと」
私の頬が熱くなる。私はちょっと下を向いて、
「うん……」
と頷いた。
この日は勉強そっちのけで西田さんと恋バナをした。私は高橋君の良さを熱弁し、西田さんはお付き合いをしている先輩のことを話してくれた。私は西田さんとより仲良くなれた気がして、嬉しくなった。そんな私に、西田さんはある提案をしてくれた。
「ぴーこ! 明日ね、西田さんが高橋君に紹介してくれるの!」
「キョータカ、ハシクンガ」
「そうそう! その高橋君! それでね、ぴーこ。私、告白、しようかと思う」
「……」
私の真剣な声にぴーこは黙った。鳥籠の棒を行ったり来たりしながら私を見てる。
「応援してね! ぴーこ!」
ぴーこは返事をする代わりにパタパタと羽を羽ばたかせ、
「ピーコ」
と言った。
***
放課後。教室から部活に行こうとする高橋君を西田さんは引き留めた。
「大輝、ちょっといい?」
廊下を歩く西田さんと高橋君の後ろを私はついて行く。強く握った手が汗ばんできた。西田さんは人気のない渡り廊下で足を止めて、一度私を見た。私は頷く。
「どうしたの?」
高橋君が不思議そうに私たちを見た。
「大輝、こちら大鳥志津瑠さん。同じクラスだから知ってるわよね?」
西田さんに紹介されて私は緊張でがちがちになりながら、
「大鳥です」
と言って頭を下げた。
「うん。大鳥さんだよね? えっと?」
高橋君は私の名前を覚えていた。でも、西田さんに言われてついて来たものの、今さら何だろうという顔をしていた。それはそうだ。同じクラスなのにわざわざ紹介されるのは高橋君にとっては解せないだろう。
「私の仲のいいお友達なの。大輝も仲良くしてね」
「? うん。もちろん。よろしく、大鳥さん」
「こちらこそよろしくお願いします」
高橋君はまったく私の気持ちに気付いていないようだった。自分が想われてるなんて自惚れなど一切持たないような男子だもの。でも、私、この機会を逃したら言えない気がする。心臓が胸の中から飛び出そうなほど早鐘をうちだした。
ぴーこ、私に力を貸して!
「あ、あの」
おずおずと私は顔を上げ、高橋君を見た。
「うん?」
「私、高橋君の幅跳びする姿、大好きなんです」
私の言葉に高橋君の顔がみるみる赤くなった。
「そ、そうなんだ。ありがとう」
「美術室からよく見えるんです。あんなに夢中になれるものがあるってすごいと思います」
「……ありがとう」
高橋君はさらに赤くなって少しうつむいた。その顔は照れているように見えた。
『キョー、タカハ、シクンガ、ネ』
ぴーこの声が頭で響く。毎日ぴーこに告げるごとに確実に育っていった私の想い。今日はちゃんと言葉にするんだ。
「あの、私。高橋君が好きなんです。よろしければ私と付き合ってもらえませんか?」
私の言葉に、高橋君も西田さんも驚いたように私を見た。西田さんは「今言ってよかったの?」という顔だ。私は西田さんに向かって軽く頷いた。
高橋君はただぽかんと私の顔を見ている。
「え? 僕? 大島さんが?」
信じられないという顔だった。
「はい、高橋君、あなたが好きです」
高橋君は驚いてなのか考えてなのか、私を見たまま静止してしまった。その顔は先ほどよりさらに真っ赤で、瞳だけがうろうろと動いていた。
高橋君は自分にそんな魅力があると思えていないのかもしれない。私も西田さんも息を詰めるようにして、高橋君の言葉を待つ。
渡り廊下にある窓からは、野球部だろう大きな男子のかけ声が聞こえいた。
「私、本気です。うちのぴーこは私の口癖の『今日、高橋君がね』という言葉を覚えて毎日さえずっています。あ、ぴーこというのはインコのことなんですけれど」
私は沈黙に耐え切れず、とんちんかんなことを口にした。私の言葉に、黙っていた高橋君がふっと笑った。高橋君の表情で二番目に好きな表情。
「は、ははは! 本当? インコって喋るんだね! 知らなかった! それは聞いてみたいな」
緊張が少し解れたのか楽しげに笑って高橋君は言った。
その後高橋君はふと真剣な眼差しになって私を見た。考えている顔だ。ということは、私を異性として好きなわけじゃないんだろうな。それは悲しいけれど、でも、嫌ではないのだと思う。悩んでくれているのだから。
となりで西田さんも固唾を飲んで私たちの行く末を見守っている。
高橋君は私の目をしっかりと見て、口を開いた……。
***
「ぴーこ!!」
私は帰宅するなりぴーこのもとへ走った。
「ピーコ。キョタカハシ」
ピーコがさえずり出す。
「ぴーこ! そう! そうなの! その高橋君とね、私、付き合うことになったの!! ぴーこのおかげだよ!!」
「ピーコ」
ぴーこはよくわからないというように首を傾げたけど、私はお構いなしに話した。
「それで、今日、部活の後、一緒に帰ってきたの!!」
私はもう嬉しくて嬉しくて、機関銃のようにまくしたてる。それに驚いたぴーこはパタパタと羽を動かし、母は、
「高橋君と付き合うようになったの?! すごいじゃない!」
とキッチンからエプロンで手を拭きながらやってきて言った。
「うん! 嬉しい! ぴーこの声、いつか聞きに来たいって」
「よかったわね」
母も微笑む。
「でもお父さんは複雑かもしれないわね」
私はそう言った母と顔を見合わせて笑った。
「キョータカハ、シク、ンガネー」
ぴーこが再びさえずる。その声は少しほこらしげに聞こえた。
ぴーこが高橋君と対面する日もきっと遠くないにちがいない。
了
我が家のぴーこはキューピット 天音 花香 @hanaka-amane
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