我が家のぴーこはキューピット

天音 花香

第1話

「ピーコ」

「キョー、タカハシク、ンガネー」

「キョ、タカーハシ」

「ぴーこ、ダメだよ、それは言っちゃ!」

 私、大鳥志津瑠は籠の中で言葉を喋るインコに声をかけた。綺麗な黄緑色のインコのぴーこは、首を傾げるような動きをして、籠の中に横に渡してある棒をちょこちょこと伝い、横歩きをした。そしてまた小さな嘴を開く。

「キョー、タカハシク」

「ぴーこ!」

 私は遮るように言って、軽くため息をつく。ぴーこのことは可愛い。でも、こんな言葉を覚えてしまうなんて。

「キョ、タカハシクンガ、ネ」

 無垢な目で私を見つめて言葉を発するぴーこを見て、私は再びため息をついた。




 約一年前。私が中学一年生のとき。

「お父さん、私ペットが欲しい!! 兄弟いなくて寂しい思いしてるんだから、それぐらい許してよ!」

 私は父にクリスマスプレゼントにペットをねだった。

「犬も好きだし、猫でもいいよ?」

「うーん、そうだなぁ。考えとくよ」

 仕方なさそうに笑って父は言った。何だかんだ言っても私に甘い父はきっと買ってくれるに違いない、と私は内心思っていた。

「お母さんは犬も猫も困るわ。掃除が大変になるし、死を看取るのもきついもの」

「えー、きっと可愛いよ! それにどんなペットだって人間より早く死んじゃうよ。それでも飼いたい!」

 私はこの時の母の言葉が父の思考に影響することになるとは露ほども思っていなかった。


 果たして、クリスマスの日、ワクワクしながら父の帰りを待っていると、父は大きな箱を抱えて帰宅した。私は喜びに笑顔で父を迎えた。

「わあ! 嬉しい! 犬かな、猫かな?」

 私は父の周りを回らん勢いで箱を見る。父は意味ありげに笑った。

「?  この子鳴かないね?」

 私は少し不安になる。

「まあ、いいから開けてみなさい」

 父の言葉に箱を開けると。中には籠が入っていて、籠の中には小さな黄緑色のインコが居て、首を傾げながら私の方を見ていた。

「ええ?! インコ?!」

 私が驚いて声を上げると、びっくりしたのかインコは羽根を広げてパタパタとした。

「可愛いだろ? お父さん一目惚れしてしまったんだ」

「あら、インコなの? 可愛いわね」

 両親の笑顔を見て、私も笑うしかなかった。

 そんなこんなでうちに新しい家族のぴーこが加わったのだった。


 飼ってみるとこれが結構可愛い。私はそのインコにぴーこと名付けて可愛がった。

 慣れてくると籠から出して指に乗せてみることもあった。粒らな目で私をじっと見て、首を傾げる仕草はとても愛らしい。

 私は毎日水を替えてご飯もあげて世話をした。

 私の部屋に置きたかったのだけれど、ぴーこは家族のアイドルになっていて、リビングの日当たりのいい窓の近くがぴーこの籠の定位置になった。

 帰宅するとまずぴーこに話しかけるのが私の日課だ。

「ぴーこ、今日、高橋くんがね!」

 私は好きな人の話をぴーこによくした。


 高橋大輝君は同じクラスの陸上部の男子だ。

 私は美術部で、放課後は美術室にいるのだけれど、美術室からは幅跳びをする高橋君の姿がよく見える。

 初めて見た時、なぜあんなにものめりこめるのだろうと不思議に思った。

 真っ直ぐに前を向いて、一文字に口を結んで走り出す。その速度が最速に達したとき、彼は跳躍する。足が空中で動き、次の瞬間には砂の上に落ちる。ただ、ただ高橋君はそれを無心に繰り返す。

 いつのまにか私は高橋君から目が離せなくなっていた。跳躍する高橋君を美しいと思った。

 高橋君は教室で目立つタイプではない。ただ、クラスメイトの話を笑顔で聞いている。そんな高橋君が部活の時だけ見せる誰よりも真剣な表情。もっと色々な面を知りたいと思った。



「今日高橋君がね!」


 高橋君が跳躍するように、毎日繰り返されるぴーこへの報告。

「目が合ったの」「挨拶を返してくれたの」「今日は男子たちと話してるのを聞いたの。トマトが食べられないんだって」


「キョー、タカハシクン、ガネー」

 ぴーこが覚えてしまうわけだ。

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