離婚した元母は セーラー服で魔法陣の上にいた
渡貫とゐち
第1話
「……え、なにしてんの?」
「いらっしゃいさゆりちゃん! ほらほら、ドン引きしてないで入ってきてよー」
元お母さんと久しぶりの再会だ。
朝早くに連絡があり、急いでお母さんが住むマンションまで来てみれば……、白いセーラー服姿でセクシーポーズを決めている。相変わらず変人だ……変わってない。
セクシーポーズはまだ納得するけど(実際はしてないよ?)、足下に広がっている魔法陣? みたいな模様の上ですることではないと思う。インターホンを押しても玄関まで出迎えてくれなかったのはこれをしていたから? 中断してよ。
お母さんはポーズを辞め、腰に手を当てながら。
……もう若くないんだし、無理しないでほしいんだけど……。
「一応、言われた通りにわたしも同じセーラー服を着てきたんだけど……、聞きたくない。けど、聞くね――わたしになにをさせるつもりなの?」
「それよりもさゆりちゃん、見て見てこれ魔導書ー、かっこいいでしょー」
「うん、すっごい貴重そうな本に見えるね。同時に開いたら呪われそうでもある」
もうお母さんは呪われてるんじゃないかな?
それを最初に開いたの、わたしが生まれてすぐの時だったりする?
呪われていたなら、これまでの奇行の説明にはなるんだけどね……。
「呪われないよー。あ、そうそうさゆりちゃん、お昼ご飯作って」
「自炊できるでしょ、自分で作ってよ」
「さゆりちゃんのご飯が食べたいんだしー?」
「呼び出しておいて……。あ、もしかして呼び出したのってお昼ご飯を作ってほしいから? あのねえ、わたしは都合の良い専属コックじゃないんだけど」
「いいから作ってよーっ!」
駄々をこねられた。
良いおばさんがセーラー服でじたばた。
魔法陣の上で……、悪魔かな?
仕方ないので作ってあげることにする。
冷蔵庫を開けて食材をチェック。……チッ、ちゃんと食材は買っているのか。賞味期限も放ったらかしでもなくちゃんと計算している……わたしに作らせる気満々だった。
じとー、とお母さんを見ると、気づいたお母さんがブイピースをしてきた。アイドルかっ。
ちょっと可愛いと思ってしまったのが悔しい……懐かしいのもあるけど。
昔はうんざりしていたことも、時間が空くと受け入れられちゃうものなんだなあ。
食材を取り出して、キッチンに立つ。毎日のことだから慣れてはいる……とんとんとん、と規則正しく包丁を使って昼食を作る。
「お母さんはさ、詳しく説明をしないからいつも誤解されるんでしょ? お父さんともそれで別れたわけだし。反省を活かす気はないの?」
「んー、なあにー?」
「聞いてないし」
活かす気はなさそうだ。
お母さんは魔導書を限界まで開いて魔法陣の上に置き、腰が悪くなりそうなほど、正座で魔導書を覗き込むように文字を追っている。
お腹が空いてるから頼んだと思うのだけど、空腹さえ忘れて没頭している。昔から、お母さんのこういうところは羨ましいなと思うね。
ちらちら見ながら料理を進め、昼食を作り終える。
お母さんの前にそっと置いたけど、反応してくれなかった……ので、仕方ない。
「あーん。……なんちゃって」
「あーん」
「あ、食べるんだ……。ちゃんとあーんも言ってるし……じゃあ没頭してないじゃん。把握してるじゃん」
気づいているなら自分の手で食べてほしい。まあ、今に始まったことでもない。
本を読みながら口を開けている――まるで雛鳥みたいなお母さんに、口元が汚れないように気を遣って昼食を食べさせる。お母さんがむせないかどうかを気にしながら……、なんでわたしが気にしないといけないんだか。
ちらり、魔導書を覗き込んでみる。電車内で隣の人のスマホをついつい見てしまう、みたいな感覚であって、興味があるわけじゃない。今は。
お母さんが『研究者』ということは嫌ほど知っているけど、具体的になにをしているのかまではわたしも把握していない。
プライバシー保護のためか知らないけど、お母さんも教えてくれなかったのだ。まあ、お母さんのすることだから理解しようとしてできるわけがないんだけどね。
「うえ、見たことない文字がびっしりだね……」
「さゆりちゃんは小説も読めないものね」
「読めるよ! ……読めるようになったの」
「え? …………ああ、絵本のことよね」
「小説って言ったじゃん!」
受験間近の中学生だよ、小説くらい読める。
お母さんにバカにされている内に、昼食は綺麗に空になっていた。気を遣ったのにちゃんと汚れている口元を拭いてあげて……ふぅ。
世話が焼ける。
それにしても――冬、だ。
もっと言うとクリスマスイブなんだけどなあ。ちなみに休日だった。ほんとに、受験間近の娘を朝早くから呼び出すとは、非常識じゃないか?
あ、常識なんてこの人になかったのだった……この人はおかしいのだ。
でも、研究者としては優秀らしいんだよね。
「それ――なんて書いてあるの?」
「さゆりちゃんに言っても分からないことよ」
「……そういうの、ムカつくんだけど」
「いやいや、さゆりちゃんをバカにしたわけじゃなくてね。カタカナばかりを並べられてもぽかーんとしてつまらないでしょう? 分からないことは別に恥じゃないわ」
恥じゃない、分かっているけど。
「お母さんが言うと、恥ではないけど別のなにかね、と言ってるような感じ……無能は罪でも罰でもないのよーってところ?」
「にっこり」
「無能であることを認めたね?」
娘に向かって無能と言うか?
元娘……としてもだよ。あまり面と向かって(察するように)言わないでしょ。
確かに、この分野でわたしは無能ではあるけど。
無能がいるからこそ、専門職が光るのだから。
「じゃあ、教えてあげるけど……ざっくりと言えば古代の文献なの。人類がまだまだ哺乳類として生活し始めたばかりの頃のことが書かれた本で――がっつり、巨大生物との生存競争を生き抜いてきたことが書かれているわ。事実かどうかは分からないけどね」
「へえ」
「さゆりちゃん、眠くならないで。ほら見たことか、って思ったけど……説明を求めたのはさゆりちゃんなのよ?」
「仕方ないじゃん、難しそうなことを聞いたら眠くなってきちゃったんだから……」
わたしもついでに昼食を食べたのがいけなかったのかな? 満腹になったことも眠気に拍車をかけて、わたしの意識を奪おうとしてくる。
ふらり、と頭が揺れた。
ふと見れば、お母さんはマスクを付けていた。……それ、ガスマスク……?
「いや、いらないんだけどね。一応、毒ガスとまでは言わないけど、さゆりちゃんを眠らせる程度のガスではあるのよ――ごめんね、騙すようなことして」
ような、というか、騙してるんじゃ……?
あ、ダメだ、頭が回らない。
お母さんから伸びた手がわたしの髪を優しく撫でて……それがとどめだった。
ふっ、と、完全に意識が落ちる――――
「巻き込んでしまってごめんなさいね。でも安心して、さゆりちゃんのひとまずの就職先は私が用意してあげるから」
… つづく
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