セーラー服と亜人街【RE版】

渡貫とゐち

vol.1

第1話 迷い込む弱肉強食


 視界は緑に染まっていた。

 自分が小さくなったと思うほど、この森は色々と大き過ぎる。

 現実とはとても思えなかった。


 大猿が鷲掴みにしている大木のような長物の正体は巨大な蛇。

 終わりが見えない体は森の中を移動した後に残る軌跡のように、そこら中に見える。

 胴体に絡みつく蛇は力を込めて、大猿を締め上げようとしている。

 それに対し、鷲掴みにしている方とは逆の腕が伸び、蛇の首元へ大猿の手の平が迫る。


 蛇が締め上げるよりも大猿の握力が蛇を窒息させる方が早かった。

 大木のような長物の体はするすると縛りを緩め、大地にどすんと音を立てて倒れ、力を抜く。

 地面への衝撃で私の体が一瞬浮いた。

 倒れた蛇は、口を開けたまま、斜め上を向いた瞳は微動だにしなかった。


 ――あっという間だった。

 地震により目が覚めた私が騒ぎの方へ進んで見てしまった生物の戦いは、たった数秒で勝負が決した。危険だから、と逃げる暇さえもない。


 今やっと動き出した思考も、今はいらなかった。

 もう少し、あの大猿が立ち去るまでは停止したままでよかった。

 息を飲んだ戦闘が終わり、私は息を吹き返し、生命としての活動を再開させる。

 息遣いが私の存在を大猿に知らせてしまった。


 ゆっくりとした動きで首が回る。

 ……目が合った。

 その瞳から、なにも読み取れない。


 多分、私がこの場にいた事になにも感じていないのだろう。

 相手が人間ならば、好意や悪意を感じる事ができるのだけど……、もちろん、悪意の比率の方が断然多い。

 悪意は敵意となり、身の危険を感じ、恐怖を抱く。

 しかしなにも感じないのに、だからこそ、悪意よりも恐い。


 塗り潰したような黒の瞳。

 大猿がゆっくりと近づいて来る。一歩の大きさはまったく違うけど、合わせて私も後ろへ下がるが、大木の飛び出した根が私の踵を捕らえる。


「あたっ」

 と間抜けな声を出して後ろから受け身も取れずに倒れた。

 スカートを押さえるのも忘れ、暗転した一瞬後の視界に呆然とする。


 ――周囲の大木が一斉に斬れた。

 斜めに斬られた大木は接合部分がずれ、滑り落ちて複数同時に地面と衝突する。

 さっきよりも少し長い地震が起こる。


 少し広くなった空間の真ん中に立つ大猿は、自分のお腹を手で擦っていた。

 傷は浅いが、少量の血が流れていた。

 大猿は指に唾をつけ、傷口に塗りたくる。


 ……どこでそんな知識を……。

 こういった豆知識は動物の世界にも浸透しているの……?

 すると、後ろに気配があった。

 大きな影が、倒れる私を覆った。


「……カマキリ……?」


 緑色をした見慣れた昆虫。

 ただし、大きさが成人男性以上もある。

 大猿に比べたら二回り小さい。

 だけど私よりも一回りも大きい。


 鳥肌が立つビジュアルだ。

 単純に昆虫がそのまま大きくなったのだ。

 ゴキブリでないだけマシだけど、それでもおぞましい姿だ。


 両手にある鎌――それで周囲の大木を、斬ったのだろう。

 今思えばぞっとする。

 ――もしも私がこうして倒れていなければ、一瞬後には周囲の大木と同じように、私も胴体がずれて落ちていたかもしれないのだ。


「…………っ」


 唾を飲み込んだ音が嫌に大きく聞こえる。

 体内で反響でもするかのように。

 それが原因かは分からないけど、カマキリが真下を見て私を発見する。


「!」みたいな反応をした――ゲームのように。

 これもまた、悪意は感じられなかった。

 とりあえずそこにいたから振るってみたような気軽さで、大木をいともたやすく斬った鎌が私を狙う。


 だがカマキリは私を斬る前に後ろに吹き飛んだ。

 大猿の乱暴に振るわれた拳が顔面にストレートで入っていた。

 首だけが吹き飛んでいそうな勢いだったけど、カマキリは頭を胴体にきちんと繋げている。


 大猿は私を跨いで進む。

 ……もしかして、助けてくれた?


「……逃げろって、事なのかな……?」


 確かにタイミングを計っていたけど、まったく隙間のない展開の連続で動けなかった。

 たとえ隙間があったとして、逃げ切れるかどうかは微妙なところではあったけど。

 助けてくれた、そうでなかったとしても、このチャンスを逃すのはもったいない。


 大猿に背中を向けて勢いよく走り出す。

 だけどその勢いも、五歩もしない内にぴたりと止まった。

 心音が跳ねる。

 やばいっ、と寒気が全身に回る。


 気絶していたはずの巨大蛇が、目を覚まして舌を出し入れしていた。

 そして気づかない内に、周囲には蛇の体が私を逃がさないように囲んでいる。簡易的な檻で、左右は塞がれ、もしも上に飛べたとしても大口を開けて待っている蛇の頭がある。


 私を餌として認識している。

 捕食者としての上位に立つ者の瞳。

 大猿やカマキリに比べればまだ分かりやすい。

 だからこそ絶望に最も近い状況とも言えた。


 無駄だと思いながらも檻の中で少し移動をしてみる。

 すると蛇の体が段々と狭まっていく。

 解放的な森の中とは思えない、エレベーターのような窮屈さにまで狭められる。


 捕食されるのをひたすら待つだけの空間。

 やがて――、蛇の首元にかぶりつく、巨大な魚が現れた。


「今度はなに!?」


 連鎖するように現れる巨大生物たち。目が合ったら喧嘩ではなく、遠目でもいいから姿を見たらすぐに喧嘩、のような勢いがある。だから一方的な戦いから始まり、先制した者の独壇場か、その後は純粋な力量の差で勝敗が決する。

 となると、先制されても反撃できる大猿はこの中でも喧嘩には自信があるのかもしれない。

 遠くでは足を千切られたカマキリが出荷される豚のように宙吊りにされていた。


 あれでもしぶとくまだ生きているらしく、ぴくぴく残った足が動いている。

 しかし、時間の問題だろう。

 比べ、蛇はどうだろうか。卑怯とは言わないけど死んだ振りをしていた小細工を使う蛇は、喧嘩となるとどの位置にいるのか。


 ……見れば、既に食べられていた。

 頭が綺麗に巨大な魚に捕食されている。

 陸地でも自由に動き回る魚……もうなんでもありになってきた。


 知らない種類だけど見た目や動きが似ているのを探せば……ピラニアだ。

 生命に反応して躊躇なく突撃して来るところも、私のイメージ通りだった。


「うっ、私!?」


 地面を噛み砕き、掘り進んで近づいて来る。

 鮫が見せる背びれのよう……にしては顔が若干出過ぎている目立ちたがり屋のようになってしまっているが、それをお茶目だとは今の状況ではとても思えない。

 これまでで一番明確な、命の危険。

 慣れないもので、これだけ連続で命の危険に晒されていても、私の体は咄嗟には動かない。

 おかしな表現だけど、震えているのに、固まってしまっていた。

 体がほぐされたのは手からだった――私の手を強く握る、同じような手。


「こっち!」


 声に導かれ、足が動く。

 私たちが今いた場所を、巨大魚が通り過ぎる。

 地面が食い荒らされ、瓦礫のように周囲に積み上げられていた。

 形あったものが跡形もなく破壊されている。

 あんな風に、私もなっていたはずだった。


「――誰?」


「わたし? タルト! あなたは見ない顔……それに、見た事ない服を着てるね!」


 セーラー服だけど……。

 タルトはセーラー服は知らない、と元気に言った。

 いちいち一挙動が派手な子だ。


 水着姿で釣り竿を片手に持ち、肩まである緑色の髪の毛。

 彼女に引っ張られるままに、森の中を駆けて行く。

 裸足のタルトの方が、私よりも走る速度が速い。

 ……この森に住んでいるのだろうか……森ガール? 


 野生児なのは間違いない。

 私とはまったく住む世界が違う人種だ。

 んむぅ。

 ……住む世界が違う……?

 なんだ、簡単な話なんじゃないか。



「――いる世界が違うんだ」



 私がいた世界と、この世界は――違う。

 やっぱり、儀式は失敗で終わっていた。


「しつこいなあ。眠っているところを起こしちゃったのは悪いと思ってるけど」

「…………」

「大丈夫? 疲れた? ちょっと休む?」


 いや、休んだらずっと追いかけて来ている巨大魚のピラニアに追いつかれるだろう。

 蛇の頭のように骨まで残らない死に方はしたくない。

 だけど、体は限界だった。

 元々運動をするタイプではない。


 そんな私がタルトに合わせて激しく運動できるはずがなかった。

 なにもないところで自分の足が絡まって躓き、バランスを崩す。

 そんな私をタルトは真正面から受け止めた。

 ぎゅっと抱きしめるように。


「って、止まったら――」

「焦がさないように焦がさないように……集中集中っ肉肉肉ッ!」


 抱きしめた私の耳元で呟かれる。

 私ではなく自分に言い聞かせているらしい。


 ……なにをしようとしているの? 

 私に相談はまったくなし!?


 不穏な空気を感じ取り、私もタルトにしがみつく。

 なにかの拍子に決して離さないように。


 タルトの様子に森もなにかを感じ取ったらしい。

 ざわざわとし出した。

 葉の一枚一枚が逃げようとして、しかし枝に繋がれているためにどうにもならないから騒いでいるようにも思える。


 風も逃げようとしている。

 方向こそピラニアから逃げようとしているけど、実際はタルトから逃げようとしているのではないか?

 ……あの、マジでなにをしようとしているの?


「すぅ――ッ、ハァッッッッ!!」


 かろうじて見えた、サッカーボール程度の炎の球が、タルトの口から放たれた。

 真っ直ぐに飛んだ球はピラニアの額に着弾――

 炎の球が膨れ上がり、私たちまでを巻き込む、大爆発を引き起こした。

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