第10話 夢の女

 ああ、早く明日にならないかな。そうしたら、大好きなお兄様のためにアップルパイを焼いてあげられるのに。うん? その前に美味しい朝食を作って差し上げて、一緒に食卓で摂取する。


『うーん、早く明日にならいかなぁー。お兄様、朝ですよ、起きてください』


 眠る少女は、銀色のカプセルの中で死んだように横たわっている。なぜか、幸せそうに。



「う、うーん」

 俺は、伸びをして、ベッドの中で目覚める。なんか、さっきまで重要なことを思い出していたような、でも思い出せない。


「ご主人、起きたようだにゃ。はやく、食事に行きましょうにゃ、早くにゃ」


 普通ではない黒いシャム猫が、人語で呼び掛けている。そう、こいつは俺のペット手下のネコだ。


「そうだな、行くかネコ」


 俺は、手早く着替えると食堂へ向かった。


 今日の朝食も美味かった。なんか、下僕一号さんに睨まれていたけど。なんかしたっけ?それと、あんな細い身体でよく、熊一頭とか食えるな。デザートは猿の脳味噌プディングを一人だけ追加で食べていたし、二つも。


「まぁ、いっか」



「ほう?空飛ぶ仕掛けが入用だとか。何に使うつもりですか?」

 ネコさんが、赤い目を光らせて俺に問う。


 俺は、ソファの前に座るジョージさんの使い魔であるシャム猫に理由を答える。


「ああ、空を飛ぶのは男のロマンだ。ついでに月まで行きたいんだが。この世界では普通の人間が空を飛んだり、月に行ったりできるのか?」


「まず最初の質問への答えはイエスです。費用は莫大になりますが、マスタの錬金術と貴重素材を使えば、人を乗せて飛ぶ機械仕掛けの乗り物を作ることは可能です」


「おお、できるのか。か、金なら何とかするよ。この間ネコさんに、仮想通貨のインフラを作って貰えたから、すぐ、いやもうじき儲けが出るはずだからその中から費用をだすよ。よし!」


 俺は、小躍りしてガッツポーズをとった。


「ふふ。第二の質問への答えですが、無理です。人間は、この星から離れて生きていけません。だから、普通の人間を月に運ぶめの機械仕掛けは作れません」


「あ、そうか。この世界の技術じゃ、無理なのか」

「まあ、死体を運ぶだけならできますけどね。生きたままは、無理です」


「うん?死体なら運べる、なら一度死んで、月に着いてから蘇らせればできるのか?」


「ええ、死霊術でゾンビとしてなら。可能ですよ、竜さん人間止めてみますか?くくっ、竜さんのゾンビならいろいろな実験に耐えられるでしょう。これは、存外いい考えかも知れませんね。費用の半分出しますから、是非ゾンビとして月旅行に行きましょう。オプションで私もついて行ってあげますよ。早く決めましょう!」


 ネコさんが、目を逸らすように小声で呟いたあと、急にやり手セールスマンのごとき値引き攻勢を掛けてきた。

 この流れはやばい、本能的に駄目なものを感じる。

「ゾンビになって行ってもなあ、まだこの世界の技術水準じゃ無理なのか?

 ああ、あ。この世界は遅れているんだな。俺が居た世界では、何回も月に人が行って帰って来たのになぁ。技術の遅れた世界じゃ、しゃあないか」


「な、なんと。どういう、原理で?乗り物の外装素材は、動力は?」


 な、なんかスイッチの入ったネコさんに俺はスマートフォンで検索した、月探索船の

資料を見せた。


「ほう、これなら何とか出来るかも知れませんね。ただ、サンプルが欲しいんですが、まさかお持ちではないですよね?」


 俺は、首を振った。


「流石にそれは持ち合わせが無いが、時間があれば入手は出来る。俺は向こうの世界の物を買ってこっちに持って来ることが出来る。ただ、特殊な物品なので、かなり高価でまだまだ金が足りないんだけどな」


 そう、エンドロ・ペニーが施した改造により、俺のスマフォを使えば、仮想通貨の残高内であれば向こうの世界の物を買うことが出来る。


 試しに、月面探査の解説本を購入して、ネコさんに見せると大層喜んだので手間賃代わりに進呈することにした。


「ふふ、これは、なかなか。良い物ですね。仮想実験シミュレーションを事前に行うための資料として十分です。


「喜んでもらえて良かった。俺も月に行ける可能性があってうれしいよ。今日のところはこれで」



 俺は部屋に戻ると、元の世界の仮想通貨に関する取引所を複数設立させ、BSTに続く第二、第三のコインを発行を始めた。


 それとは、別に月面有人探査計画の推進を陰ながら煽り始めた。できるだけ安価な月ロケットの開発をさせるためだ。


「しかし俺は何故、月に行かねばならないのだ。こんな面倒で、おそらく億では足りない費用を掛けてまで?もしかして俺の復讐に関係するのか、そうなのか。思い出せないのがもどかしい」

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