第8話 小競り合い

 俺が、この世界に仮想通貨「霊子レイス」を流行らせてから一月くらい経っていた。

 ネコさんが開発したウィルスのおかげで、ジョージさんの治める領地や国内にとどまらず隣接する隣国の地方にまで霊子は普及していった。


 さすがに錬金術は万能すぎるな。まあ人造人間を一から作れるんだから遺伝子合成ウイルスによって、仮想通貨の個人口座を幻視できる能力の付与、そしてその形質を子孫に確実に遺伝させることなど、朝飯前なのだろう。


 あとは、俺が儲けるだけだ。既にジョージさんの所には金銀が大量に集まって来ている。もう、一地方領主の収入とかけ離れてしまった。

 だが、直接的に俺の報酬が多いわけではない。


 ジョージさんからも利益が凄まじいので、何割か納めてくれと言われたが丁重にお断りした。ここで、わずかの利益を得てもたかが知れている。それよりも拾ってくれた恩義を返し、後は商売人として正当な利益を受け取れる関係になる方が重要だ。


「竜様、お願いがあるのですが?」

「何ですか、急にネコさん」


 なんでも、ジョージさんの領地の森の中に、凶悪な獣が発生して、森で採取をしていた村人が獣に襲われ餌食になっているそうです。命からがら逃げてきた子供が報せに来たのだそうです。


「ネコさん、そこの剣を借りるよ。ネコ、行くぞ!」

 なんだろうな、一宿一飯の恩義を返すのは渡世人の義務?普段は、絶対やらないような不利な戦いに俺は出向いた、くだんの森の中へ。

 

「ご主人、人が良すぎ。それで割を喰う、手下ペットに気を遣ってくださいよぅ」

 逸る気持ちが、あまり時を置かずに獣たちに襲われている村人たちの所にたどり着いた。たぶん、狼なんだろう?かなり大きい、大人でも一飲みにできそうだ。それが、三匹もいる。


「助けに、来たぞ!」

 俺は、叫びながら狼に突っ込んでいった。剣を突き出す。


 今まさに、押さえつけた村人を飲み込もうとしている狼の喉元に剣が刺さった。しかし、幸運はそこまでだった。当たり所が良かったのか、狼は間もなく絶命した。だが、狼の首の骨にがっちりと食い込んだ剣は、抜くことが出来ない。


 まだ、狼は二匹残っているが俺には武器がない。

「ネコ、村人と共に逃げろ!俺も後から行く」


「ご主人!前!!」


 俺が村人たちの方に視線を流した隙に、狼の一頭が飛び掛かってきた。俺は、思わず両手を前に突き出し頭部を守った。


 獣臭い息が俺に吹きかかる、狼に押し倒される俺、別にエロくないぞ。つまらぬことを考えたのが悪かったのか、俺は頭を地面にぶつけて気を失った。


「ごしゅじーん!」


 灰色の天井が、見える。見知った天井だ。

「じゃあ、アンいるのか?俺はまた死んだのか、まだ何も始まっていないのに?」


「やれやれ、何度言っても覚えやがらないのう。エンドロ・ペニー、私の名だよ。それで、また死んでしまうとは情けない奴よのう。まあ、まだ死んじゃあいないけど」


「そうか、まだ生きているんだな。ならヤレル、早く戻してくれ」


 俺は無我夢中で、薄物を着た神々しいまでの美しい女神の胸元を掴んで、勢いよく立ち上がった。暖かくて柔らかな感触が、俺のササクレだった心を癒す。


「これ、いきなり無礼であろう。まあ、よい。だが、なぜ?スピンターンを使わない!」「素顔踊りすっぴんターン?それって化粧せずにぐるぐる回るのか、俺は元々化粧などしていないが?」


 小奴、ふざけておるようで天然か?幾度もの空間転移、いや、コールドスリープによる記憶障害かも知れぬのう。


「では、簡単にレクチャーするゆえ心して聞け。お前の能力について、詐欺スキャムについてはだいたいわかっていると思うので省略するぞ。

 

 スピンターンだが、お前の所持する仮想通貨の残高を攻撃力に変えて敵を攻撃する。戦った相手の体力を枯渇させれば、体力、知力などの総合力ステータスに応じて、残高が増額される。発動にするには、使う仮想通貨の量をイメージして『スピンターン』と叫べ。


 それと、サービスでお前のスマフォに仮想通貨限定の通信、決済機能を付加してやるのでしばらく預かるぞ。なあに、獣との戦闘が終わる頃には返してやる。ただし、生き残ればだがな!」


 おい、それだけかよ。


「ご、しゅじーん!」


 うん?ネコか、相変わらず心配性な奴だ、ふっ。


「うーん、臭い息吹きかけやがって。一000霊子レイスでどうだ、スピンターン!」

 俺の手が、山吹色に発光すると狼を吹き飛ばす。起き上がった俺は、吹き飛んだ狼を見たが、血を流しているがまだ、戦意は衰えていない。

 一000霊子レイスでは駄目か、無駄な出費は押さえたいが。


「うぉー、うぉー」


 二匹の獣が同時に飛び掛かって来た。傷を負った狼は少し、遅れたため時間差攻撃の様になっていて、捌くのは難しい。なら、まとめて。


「獣の数字か?六六六六霊子レイス、これで決めてやる。スピンターン!!」


 先ほどとは、明らかに太くなった山吹色の光が俺の右手から放たれ。二匹の獣を包みこみ、そして粒子となって消えていく。跡には、小判が金貨が一枚落ちていた。

 俺が金貨を拾うと、瞬く間に消え、俺の残高が二000霊子レイス増加した。


「くそ、五六六六霊子の出費か。まあ、地獄の沙汰も金次第って言うしなあ」


 俺は、気落ちしながらネコと帰り道をとぼとぼ帰った。



「ふーん、流石は竜様、異界人ね。スピンターンか?いかなる魔法なのか、直接視ているのに詳細がわからないなんて面白すぎる」


「ありゃ?こんなところに忘れていくなんて、この剣はかなりレア装備なのにさ。まあ、偽装魔法使って、普通の剣に見せてたけど」


 シャムネコの前で見えない手が剣を振りぬいた。前にあった大木とその後ろの岩が真っ二つに斬れた。


「ま、いっか」

 目に紅い光を宿したシャム猫は、そう呟くと輝く剣と共に霧のように消えていった。

  

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