山菜を背負った人が満腹になるはなし
うぃんこさん
山中のはなし
セントラルシェル某所山中。今日も今日とてネクターとプリスは夕食に使う山菜の採取に赴いていた。
二人とも山に入るような格好ではない。どうせ汚れたら能力で衣服を複製して捨てるだけなので、普段着のままというナメた格好をしている。
特にプリスはまだ肌寒さが残る4月上旬にも関わらず半袖のシャツと太腿を殆ど晒したショートデニムという出で立ちだ。木の枝や茨に引っかかったらとても痛いだろう。彼女に人間並みの痛覚が残っていればの話だが。
「ネクターさんと出会ってからはや3日経ちますが、この山菜ってやつが未だに判別出来ないんですよね。どれが何なのか判れば私もお手伝い出来ますのに」
「確かに、お前のスピードで採ってくれたらめちゃくちゃ効率いいもんな。そうだ、だったら適当に見繕って来てくれないか?採って来たの見て俺が判断してやる」
ネクターは自分の掌に軍手一組とビニール袋を複製する。これがネクターの持つアウトサイド能力、シャドウファンタズムである。
一度見たものは自身の気力が続く限り何でも複製出来るという
だったら山菜を複製して食べれば山に入る必要は無いだろう、と思うだろう。残念ながらシャドウファンタズムで複製した物にはデメリットが存在する。
複製物で金銭と交換するか、複製物に明確な損壊が生じた場合、複製物は跡形も無く消えてしまうのだ。そのため食物の類は噛み砕いた時点で消滅してしまい、空腹を満たす事はおろか栄養を摂取する事も出来ない。
だから食物の類はこうして採取するしか無いのだ。プリスは複製された軍手とビニール袋を受け取ると、山の奥に消えていった。
「ただいま戻りました!」
但し、僅か10秒だけ。10秒前には空だったビニール袋の中にはありとあらゆる野草が満載されていた。
「相変わらず速いな……さて、食えそうなものは……」
ネクターはプリスの持っているビニール袋を消失させ、野草を地面にばら撒く。そしてそれらを左右に分配していく。
「ネクターさんから見て左が山菜に該当するんですかね?やっぱり私には山菜の見分けがついていないようで……」
「いや?お手柄と言っていい。右が食えそうなの、左が食えなさそうなのだ」
「明らかにネタで採って来たようなのも混じってるんですが!?」
ネクターから見て右に置かれた山菜の群れを見て、プリスは驚きを隠せなかった。山菜初心者の自分が採って来たうち数の少ない方が可食出来るものだとばかり思っていた。
ざっと見て、右に置かれたのは全体の8割だ。それはともかく、赤色のいかにも危険そうな草や幹の太いどう考えても食べられなさそうなものまで可食ゾーンに置かれている事に驚いている。
「意外と食えるんだよこいつら。まず、この赤いのだが学名はアブナサソウと言ってな。こいつは揚げれば食えるし毒もない。紫キャベツみたいに色素が豊富だから煮て絞ると赤い汁がドバドバ出て来る」
口数の少ないネクターがいきなり饒舌になったのにも内心驚いた。農作物や薬草に明るい母の蘊蓄を聞いているようで、しっかりと血は受け継がれているのだとも感じたが。
「えらく適当に決められるんですね、草の名前」
「元々サンセット系の人らが暮らしていた島だしな。続いてこのぶっといやつ、こいつはクエナサソウというれっきとした山菜だ。煮て刻んで醤油や酢で和えれば美味いらしいが、俺は揚げちゃう」
「あ、あの……じゃあこのいかにもヤバそうなのは……」
プリスが指し示したのはお椀の形をした白く丸い斑点がついた赤い草だ。お椀の外縁部分には牙のようなものがついており、中をよく見ると何らかの液が溜まっている。
「おっ、よく学名を言い当てたな。こいつはヤバソウ。蠅や蜂を食って栄養にする食虫植物でな、山菜の中では栄養豊富なんだよ。こいつも揚げれば食える」
「揚げてばっかじゃないですか!」
「だって金無いんだもん。それに、大体の山菜はそうやって食うからな」
ネクターはホームレスである。20年前、シャドウファンタズムの暴走により実の母を串刺しにしてしまった事がトラウマとなって実家を飛び出して以来ずっと橋の下で生活を続けていた。
何故暴走してしまったのか。それは彼の持つもう一つのアウトサイド能力に起因する。
ミスフォーチューン。自身と触れた者を不幸に落とす、
この能力のせいで母親は瀕死の重体に、家出した後に自分を保護してくれたホームレスの中年男性も数分後にホームレス狩りの襲撃を受けて死亡してしまった。
それ以来、彼は人と接する事を極度に嫌った。ホームレスという境遇はむしろ彼にとって最高の環境と言えるだろう。
とはいえ今まで裕福な家庭で育って来た彼にとって生活に不自由しかないホームレス状態は不幸でしかない。自ら命を断ちたいと思っても彼の願いが叶う事はない。不幸とは、自身の願望が叶わない事を示すからだ。
彼は20年もの間、ホームレス達に複製した住居や道具を提供する事で橋の下における市民権を獲得していた。今となってはホームレス達に『神』と呼ばれ、信仰されるまでに至る。
ただし、見返りは賽銭ではなく物である。金銭を収受してしまった時点で複製物は消え去ってしまうし、そもそもホームレス達にとって金銭はとても貴重なものだ。不幸を背負うが故に、彼の下に金銭が転がり込んで来ることはまず無い。
そのかわり3日前に転がり込んで来たのがこのプリスとかいう頭のおかしい女だ。初対面で自分に触れ、初対面で戦闘を行い、初対面で自分の事を好きだと宣い、同居初日で自分を抱いて寝る頭のネジが全て飛んだかのような狂人だ。
彼女の目的はネクターを救う事だと言う。何でも、彼女はミスフォーチューンを無効化するアウトサイド能力を持っていると嘯いている。
事実、3日間ずっとこの狂人は自分を抱いて寝ているが不幸に陥った事は無い。それは確かだが、ネクターにとってはこいつが家に転がり込んで来た事自体が不幸に他ならない。
「そう言えば、油やガスボンベってどうやって調達していたんですか?ネクターさん、お金無いんでしょう?」
「天然ガスなんぞ廃棄されたプラントに行けばほぼ無限に取れるからな。ちょっと栓を開けてガスが充満した中に空のボンベを複製すれば簡単に」
「それが出来るのはネクターさんだけですからね」
現在、ガスや石油といった化石燃料の類は殆ど使われていない。この世界は魔力で機械を動かすエーテルドライブというシステムが広く浸透しているからだ。
エーテルドライブは魔力の源とも言えるエーテルを触媒として
各家庭にはエーテルが供給され、金さえ払えばそれらエーテル家具を無限に使用可能な時代にあってなおネクターが旧世代のガスコンロを使用しているのには理由がある。
ホームレスにはエーテルを買う金が無いからだ。ガス代、電気代、水道代などが全てエーテル代に置き換わっているだけで、結局は金が無いとこれらを使用する事すら出来ない。
シャドウファンタズムでエーテル家具を複製してもエーテル自体が無いと意味がないのだ。そしてアウトサイド能力者は
「で、油の方だが……お前、食用油が何から精製されるか知ってるか?」
「そういえば気にした事無いですね。菜種油ってよく言いますし、何らかの野草から採れるのでは?」
「……1割正解だな。確かに、このフロンティアアブラナでも油は採れる」
ネクターは自分から見て左の不可食ゾーンに置いた黄色い花を指し示す。
「ああ、だから食べられない方に置いたんですね」
「山菜を揚げるための貴重な素材だからな。ここじゃ採れないし時期も違うが、こんなのでも油になるぞ」
ネクターは山菜の置いてあるゾーンを避けて、色々な植物を地面に複製して置いていく。ヤシの実、大豆、米、胡麻のような食べられそうなものから亜麻、綿、紅花といった食べられそうにないものまで揃えられている。
「こ、こんなにあるんですか!?」
「俺もアンドレに聞いた時はビックリしたよ。米は正確に言うと糠を圧搾するんだけどな」
「圧搾って言っても、どうやるんですか?素手で?」
「そこで登場するのがマカリスターさん特製圧搾機だ」
ネクターはそう言ってT字の取手がついた筒を掌の上に複製する。
「だからそれをやれるのはネクターさんだけです!それにしてもあの人、本当に便利ですね!」
「非力だったガルさんですら容易に絞れるから楽なんだこれが。マカリスターさんには感謝しかないな」
ネクターの両親の友人であるマカリスターはモノづくりのプロだ。幼少期に人と関われなかったネクターはマカリスターの自慢してくる家具や機械を見る事で一時の幸福を得ていた経緯がある。
彼が自身の能力を十全に使えているのはこのような経緯があるからだ。そのため人を嫌うネクターにとってマカリスターは唯一敬意を払っている存在となっている。
「でも、絞るだけなんですよね。ちょっと試してもいいですか?」
「おう、マカリスターさんの技術に恐れ慄け」
「いえ、そうではなく……フンッ!」
プリスがフロンティアアブラナを手に取り握り潰す。その手の間からは薄く黄色い油が滲み出てくる。
「どんだけ馬鹿力なの!?」
「鍛えてますんで!それに、圧搾するなら私の能力ととても相性が良いですね!」
プリスが油まみれの両手を合わせると、地面に置いてあった別のフロンティアアブラナが独りでに圧縮されていく。その残骸からはまたも油が滴り落ちる。
これがプリスのアウトサイド能力、コンポジットエアだ。あらゆるものを纏めるという
それは人体すら容易く圧縮し、距離すら纏め、果ては不幸という概念すら無くすという概念にすら足を突っ込んだ大当たりに分類される能力である。
「……その能力使えばわざわざ圧搾機使う必要無いな」
「ええ!ですからこれからも私を不幸清浄機として使うだけでなく、こういう事にもお使い下さい!」
突然、プリスはネクターに抱きついて来る。ネクターは引き剥がそうとするが、素手で油を絞れるような腕力を持つ女に力では勝てずなすがままになってしまう。
「だから触れんなっての!あと油がベタベタくっつく!」
「勿論、私を一人の女として見てもいいんですからね!どうぞ、私をネクターさんの好きなようにお使い下さい!」
「だったら無駄に絞った分のアブラナ確保して来てくんない?」
「……はい」
プリスは残念そうにネクターから離れ、再度山の中へと消えていく。
帰って来たのは数十秒後だ。食える山菜を学習した彼女は先程の数倍の山菜とアブラナを抱えて戻ってきた。
そのままプリスの背に乗って、ネクターは河川敷のダンボールハウスに戻ってきた。この日の夕食はプリスの圧搾した油を使って、山菜を素揚げしたものとなった。
調味料は複製したものを使う。舌の上に乗せた時点で唾液に溶かされ栄養は消えるが、一瞬でも味は感じられるので問題ない。ネクターとしては久しぶりに満腹になる事が出来て、珍しく幸福を味わう事となった。
彼の名はネクター。不幸を背負いつつも、これから幸福を知る事となる一人のホームレスだ。
翌日、山菜を採りに同じ山へと出かけたらプリスが乱獲したせいで山菜が全滅していた事で結局差し引き不幸に陥ってしまっていたが、それでも彼には幸福へと至る道筋が確約していたのだった。
山菜を背負った人が満腹になるはなし うぃんこさん @winkosan
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