六月の雨の手品師


六月の雨の手品師

三崎伸太郎 06・01・2025


蛇は菖蒲の茎に絡みついている

小さな池の沼地に菖蒲の花

剣の葉の舞、槍の穂先の蕾、周囲は緑で奥深い

池は淀み、濁り、メタンガスの泡音

細い菖蒲の茎に巻き付いた蛇が六月の光から目を背け

菖蒲の茎を巻絞めて首を振る

蛇の頭上には菖蒲の花が苦しんでいる

白い花の色が変わりあやめ色、そして紫

エロスの園の怪しげなにおい

沼地の園

六月の空が雨天に変わると

蛇は、暗黒の空模様に舌をチョロチョロと出し入れした

雨、激しい雨・・・蛇は菖蒲の匂いを嗅ぎながら

暗い穴の夢を見る

黒く湿っぽく、孤独な穴の底

菖蒲の花の悔しいほどの可憐な姿

雨が水面を打つと、メタンガスのあぶくが壊れた

夢から覚めた蛇は、するすると菖蒲から離れて泳ぎだした

雨は激しく蛇をたたく

蛇行しながら泳ぐ蛇に、雷光の轟(とどろき)

池の淀みに雨音

小さく身震いする菖蒲の花は

清楚な紫の花、あやめ色に白

頬を染めている花弁は小さくため息をついた

花の抱擁には温もりがある

雨が、止むと・・・

菖蒲は、花弁を震わせて青空に飛んでいくだろう

沼地の周り霧がでた

霧のベールが沼地を覆うと、菖蒲の花は手品のように化粧直しをする

やがて霧のベールがはがされると、鮮やかな菖蒲の花たちは、鳥たちが巣立ちをするように一斉に飛び立つ

どぶ臭い沼地から青空の下に自由を得る

六月の雨の手品師

人々の喝采はしばらく続いている

暗い穴の中の蛇が鎌首を持ちあげて、辺りを見渡した

蛇は夢を見ていた

六月の雨はまだ降り続いている

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