第63話 非道な罠
坑道内部は、一定の間隔で設置されている松明が唯一の光源であることもあって、大変に薄暗く、松明の中間点においては、足元の把握も難しい状態であった。
また、奥に向かえば向かう程、外気から遠ざかり、空気の質が低下していくのを、先んじて坑道へと飛び込んだグリードは、自らの肺によって嫌という程実感する。
かといって、この息苦しさを何とかしようにも、換気用の機材が置かれているということもない。
幸い、坑道が広く作られているということもあって、比較的外気が奥まで入り込みやすい構造にはなっているが、それでも空気の流れは微弱であり、とてもではないが長居をしたい場所とは言えない。
そんな、少しでも気を緩めようものなら、いつ失神してしまってもおかしくはない劣悪な環境であるのだから、掘削の作業はもちろん、呼吸を荒くする運動や戦闘を行うのも、危険な行いであるということは明らかである。
実際、他の産業に比べ、危険が多岐にわたる仕事場であることに違いはない。
このロセ鉄鉱山において、中腹部と高所にそれぞれ採掘場が作られているのも、一か所から掘り進めては、空気がもたないという理由があってのことであった。
その中を、グリードはまっすぐに走り、進んでいく。
その際、左右の瞳は忙しなく動き、周囲の形状の把握や、松明の位置、脇道の有無から道中に突き立てられた風車の可動具合まで、ありとあらゆる情報を収集していく。
もちろん、その間にも体力は消耗していき、息は上がり、呼吸が急速に苦しくなっていく。
ただ、グリードはそれを甘受するように、不満も愚痴も漏らさず、ただ苦悶の表情に苛まれながら、目当ての物を探し続けていた。
そして、ほぼ突き当りともいえる岩壁の前まで到達した時、グリードは探し求めていた物を発見し、足を止める。
「残念だったな……もう……逃げ場は……ねぇぞ……」
背後から掛けられた声に、グリードが振り返ると、そこには逃げ道を塞ぐように押し寄せた、男たちによる人間の壁が迫っていた。
男たちは皆、グリードが戦線を離脱しこの場所へやってきたことから、自分たちが優位にあると思ったらしく、強い疲弊の色を示しながらも、比較的余裕のある表情でグリードのいる方へとにじり寄ってくる。
その行動に、グリードは込み上げてくる笑いをぐっとこらえ、壁際にあった、鉄鉱石を容積の半分ほど積んだトロッコへと駆け寄った。
そして、両脚に力を込め、トロッコを動かそうと試みる。
そこからの動きは早かった。
トロッコにはストッパーとなるようなものは取り付けられておらず、運び出しやすいようにする為だろうか、トロッコの挙動でかろうじて察知できる程度のわずかな傾斜に従って、スムーズに動き出す。
そこへ、最後の一押しとばかりに、グリードは両腕に力を込め、一気に押し出す。
車輪が回転を始め、鉄鉱石という重しを積んでいることもあり、生身の人間では到底受け止めることはできないトロッコは、坑道の外に向けて勢いを増しながら進んでいく。
「うおっ⁉」
「危ねぇっ!」
自分たちの方へと猛スピードで突っ込んでくるトロッコ。
それを、マルクの手下である男たちは、慌てて左右に避け、回避する。
いくら広めに作られた坑道とはいえ、人間の壁を作れるほどに密集すると、逃げ遅れる輩も存在する。
結果として、グリードはマルクの手下数名をはね飛ばし、再起不能とすることには成功したのであった。
しかしながら、敵対する男たちはまだ山ほど残っており、数的不利な状況にあることに変わりはなかった。
それでも、グリードは動じることなく、何か勝機を確信しているかのような目をしたまま、男たちを挑発する。
「まいったな、これを避けられるとは、思ってもなかった」
わかりきった挑発の言葉であったが、それを冷静に分析し、グリードの企みを見抜こうなどという者はこの場にはおらず、かといって挑発をされたまま引き下がるなど男たちのプライドが許すわけもなく、結局、誘い水に引き寄せられるように男たちはグリードのいる方へと向かっていった。
その際、男たちは頭に血が上っていたことや、坑道内が薄暗いこともあって、グリードが手にしていた物に気付かなかった。
迫りくる人の波。
それをグリードはギリギリまで引き寄せたところで、目の前に突き出して見せた。
「なっ……お、お前……」
グリードが手にしていたもの――それは、硬い岩盤を砕くために置かれていた爆弾の一つであった。
人が密集している坑道内において、爆発が起こればどうなるか――戦うことしか頭にない男たちであっても、それは容易に想像がつく。
一気に距離を詰めたものの、男たちは迂闊に攻撃に映ることもできず、悔恨の顔を見せながら、グリードから一定の距離を置く。
「勘違いしてもらっちゃ困るが、俺は死ぬことを恐れてなんていない。もし変な真似をしようものなら、ここで一緒に瓦礫の下敷きだ」
念押しとも取れるグリードの言葉を唱えると、グリードはゆっくりと坑道を今度は入口方面へと向けて歩き始める。
その間、敵対している男たちは命が惜しいこともあり、グリードが近づくなり距離を取って、道を譲る。
緊張感と、じれったい感覚が坑道内に満ち、時間の流れがより遅く感じられる数十秒。
グリードは男たちの集団を抜け、外から差し込む桁違いの日光に目を細めながら、ピタリと線路上で足を止める。
そして、背後に視線を向けると、手にした爆弾を、着火した状態で足元に落とした。
「誰か、助けに来てくれるといいな」
グリードの取った、非人道的な坑道に、どよめく男たち。
しかし、グリードを追おうにも、爆発が間近の爆弾に近づこうなどという輩はおらず、結局行動の奥で、騒ぐばかりとなっていた。
そんな輩を背に、グリードは淡々と外へ向けて、歩き続ける。
それからわずか十数秒後。
グリードが坑道を出たタイミングで、轟音と共に、背後から爆風がグリード追い抜き、坑道が崩れ、男たちの声が聞こえなくなる。
それが、坑道が塞がったからだということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
外に出たグリードは、一旦足を止めると、爆風でずれた帽子を再度角度をいじり直し、深くため息を吐いた後、マルクがいるであろう、山の上部へと目線を持ち上げると、一言、つぶやく。
「さて……待ってろよ。青二才が」
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