第36話 格闘

 一気に距離を詰めた二人は、目まぐるしい勢いで打撃の攻防を繰り広げていた。


 褐色のジャケットを着た、いわゆる何でも屋――グリードが拳を突き出せば、マフィアの用心棒的幹部である黒服のリーダー格――ダンはそれを手で弾いて軌道をそらし、その隙を狙うようにカウンター気味に、弾いたのとは逆の手でアッパーカットを繰り出す。


 ただ、グリードもまた空いている方の手で素早くダンの拳を弾いて、あごへの直撃を回避すると、そのまま身をくるりと回転させ、裏拳を狙う。


 その一撃も、ダンは上体を後方へそらして回避したかと思えば、グリードの攻撃が外れたタイミングで、上体を戻す勢いをそのままに、相手の脇腹目がけて自らの膝を叩き込む。


 内臓に直接響かせるような重い一撃。


 だが、グリードも甘んじて受け止めるばかりではない。


 蹴りを放ったダンの脚が引き戻されるよりも早く、グリードは腕でがっしりと脚を掴むと、おかえしとばかりに自らも逆側の足をしならせ、逃げることが叶わなくなった相手のボディへ、自分がされたのと同じように蹴りを加える。


 お互いが一撃ずつもらったところで、どちらともなく一度距離を取り、再度対峙をする二人。


 先ほどと違うのは、お互いが多少息が上がっていることくらいであるが、ダメージを受けているなどという様子は、その表情や姿勢からは、到底見抜くことは難しい。


 そして、そのままにらみ合いが続くかと思われた瞬間。


 今度はグリードが先に行動を起こし、牽制を仕掛ける。


 脇に置かれていたソファの背もたれの上に右手をついたかと思えば、それを軸にグリードは跳躍して、ちょうどダンの側頭部を狙うような鋭い軌道を描いた蹴りを放っていた。


 完全に虚を突く攻撃であったが、その挙動の大きさ故に、ダンも余裕をもって身体を屈ませて回避し、がら空きになるであろう背中を狙って肘を打ち込むべく、距離を詰める。


 ところが、グリードの着地はダンが思っているほど単純なものでもなかった。


 まるでダンスでも踊るかのような軽やかな身のこなしで、蹴りを放った後、片足で着地すると、そのままバネのように再度飛び上がり、今度は素早く回転を加えながらの回し蹴りを繰り出す。


 反撃を狙い距離を詰めていたダンは、その一撃を背中から肩にかけての広範囲で受け、思わず動きを止める。


 ただ、ダメージ自体は当たった箇所が悪かったのか、さほど感じられず、すぐに反撃に転じることができた。


 さすがに肘打ちはダメージが薄い距離感であったが、ダンはそこで柔軟に対応し、グリードのボディへと、体重の乗った重い拳をねじ込んだ。


 結果、体勢が悪かったこともあり、グリードの身体は宙を飛び、室内に置かれたテーブルを巻き込んで倒れる。


 木製の比較的頑丈な造りのテーブルであったが、成人男性が突っ込んでくるのを受け止めるには、いささか力不足だったらしく、木の繊維が破損する痛々しい音が上がった。


「……中々やるみたいだが、俺の方がわずかに上だったみたいだな」


 挑発とも、事実の宣告とも取れるダンの言葉。


 しかしダン自身も蹴られた肩の部分を押さえており、余裕は感じられない。


「おいおい、そいつは早計ってもんだろ?」


 グリードは顔をしかめながら、破損したテーブルの残骸の中から立ち上がり、褐色のジャケットについた、埃をはたき落とし始める。


 時折手の触れた部分が痛むのか、その都度表情を変えるグリードであったが、粗方所作を終えると、再度半身に構え、戦闘を続行する意思を見せる。


 その反応を見て、ダンも同様に改めて構え直す。


 そして、グリードとダンの第二ラウンドが開始されるのであった。

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