第53話 最終回その2 ただいま、おかえり

「デバッグおにいさん! 無事でしたか…」

 


 目の前には魔王パイセンがいる。

 


 どうやら時間切れのようだ。

 


 


 アクセス中に強制的に切断された影響からか、意識が朦朧とする。

 


「俺は…アリ子は…」

 


「そう…やりまし………でき───」

 


 


 声が遠くなっていく。

 


 ダメだ、意識が遠のいて───

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「…はっ!」

 


 俺は飛び起きた。

 


 周りを確認する。

 


「やはりここは現実か…」

 


 


 そこは俺の家のベッドの上だった。

 


 あの後魔王パイセンが運んでくれたのだろうか。

 


 


 そうだ、こうしちゃいられない。

 


 俺は正式サービスが開始したあのゲームにログインする。

 


 まもなく、意識はゲームの世界に取り込まれた。

 


 最初にたどり着いたのは、全てが元通りになった宮殿の見える広場。

 


 つまり、魔王パイセンに飛ばされた初期位置と同じわけだ。

 


 


 それにしても随分賑わってるな。

 


 正式サービスが始まって人が増えたらしい。

 


 


 だが、そんなことを考えている余裕はない。

 


 昨日のあれは、成功したのだろうか。

 


 果たして、アリ子は無事なのか。

 


 それを確かめるためにも、今はアリ子たちを探さなければ。

 


 


 行く場所は分かる。

 


 俺は街をはずれて、けもの道を駆ける。

 


 


 丘を越えて、何もない開けた平地にたどり着く。

 


 少し硫黄臭いが、それもまた懐かしい。

 


 そう、ここはギルドハウス跡地。

 


 


「随分遅かったじゃない」

 


「デバッグおにいさん、待たせすぎ」

 


「乙女を待たせるのはよくありませんわね」

 


 サキュ姉妹とエル子はめっちゃ時間にうるさく俺に迫る。

 


 


「いや、今ログインしたばかりなんだが!?」

 


 そりゃ現地のNPCは行動早いわな。

 


 ということは、この三人は記憶の引き継ぎに成功したようだな。

 


 


 予定通り、ここに帰ってこようという約束をみな果たしたわけだ。

 


「それはさておき、アリ子はどうした」

 


「ああ、アリ子ね」

 


「アリ子さんですか」

 


「アリ子さんですねえ」

 


 


 みなニヤニヤと笑っている。

 


「いやどうなったか教えてくれ! 俺はそれが気になってもごもごもご」

 


 


 突如背後から誰かに目と口を封じられる。

 


「だーれだっ!」

 


 この感触を覚えている。

 


 初めて出会った時の胸の感触と同じだ。

 


 この声を覚えている。

 


 ずっと一緒に生活してきた優しい音色のままだ。

 


 


 


「当ててやろう…お前は…アリ子!」

 


 俺がそういうと、目元が手から開放される。

 


 後ろを振り向くと、そこにはいつもの笑顔があった。

 


「正解です!」

 


 


 アリ子は俺を抱きしめる。

 


 そしてそのまま唇を重ねてくる。

 


 


「っ!? あ、あああアリ子さん? お前何して…???」

 


 めちゃくちゃたじろいでしまう。

 


 それを見てみんな大爆笑。

 


 や、めっちゃ恥ずかしいが!?

 


 


「デバッグおにいさん、わたし、デバッグおにいさんのことが好きです!」

 


「な、ちょっと。え、マジ?」

 


 正直、ゲーム世界なら告白され慣れている。

 


 ゲーム世界ならね、非モテ童貞の俺もね、そりゃモテモテですよ。

 


 でもね、このゲームのNPCはちゃんと見て感じて考えるんですよ。

 


 そりゃもう目の前の女の子は本物。

 


 


 それに好きって言われるのはこう、めちゃくちゃ特別だ。

 


 嬉しい。

 


 アリ子、めっちゃ好きだ。

 


「マジのマジです〜!」

 


 


 またもキスを迫るアリ子。

 


 く、やばい。

 


 マジで生きててよかった。

 


 


「参ったな…。一体いつからみんなは知ってたんだ?」

 


「そりゃもう」

 


「結構…前から…?」

 


「精霊もザワついてましたし」

 


 


 マジか、気がついてないの俺だけだったのかよ!?

 


 


 だが、幸せな時間はそう長く続かない。

 


「はかい…する…」

 


 頭上から特大のイージス鎌が振ってくる。

 


 咄嗟に俺とアリ子は離れる。

 


「どわぁ! 危ないだろヴィルヘルミナ!」

 


 


 随分と小さくなったヴィルヘルミナが俺とアリ子の間に入る。

 


「あたしのほうが…おにーちゃん…すき…です…」

 


 


 な、なんですって!?

 


 聞くと、ヴィルヘルミナの育ての親でもある魔王のサキュ子ママはこっちの世界ではピンピンしているらしい。

 


 ちなみにこっちでは魔王は代々長生きなんだとか。

 


 やるじゃないか魔王パイセン、さりげない気遣いに痺れるな。

 


 


 そして魔王という役割から解き放たれたヴィルヘルミナは本来の恋愛体質な部分が出まくって、1番接点の多かった俺を追いかけ回すようになったらしい。

 


 


「な、おい! マジで死ぬって! 誰かこいつ止めてくれ!」

 


 鎌をぶん回すヴィルヘルミナ。

 


 アリ子ですら爆笑している。

 


 うわぁ、ないわ。

 


 


「ちなみにサキュバス的にはあたしたちを選んでも問題なかったりするわよ」

 


「おねえちゃんの言う通り…です」

 


「エルフは女性比率が高く一夫多妻ですので…」

 


 唐突にみんなが己のルートの可能性を開示しだす。

 


 というかそれ、今じゃなくていいよな!?

 


 だがまあ、騒がしいくらいが丁度いいのかもしれない。

 


 とにかく、ただいま。

 


 そしておかえり、アリ子。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 ついに正式サービスが始まり、活気を見せる本作。

 


 まるで本物の人間のように振る舞うNPCたちを目当てに、世界中のゲーマー達が集う中、さらなる事件が起きようとしていた。

 


「なにィ〜!? イージス無料十連ガチャ!?」

 


「こ、これは…。デバッグおにいさん、バランス崩れちゃいますよ!」

 


「運営だ。あのメガネの魔王気取りを倒しに行くぞ!」

 


「え、あ、ちょっと! 待ってください〜!」

 


 こうして、退屈しない新たな日常が幕を開けたのだった。

 


 


 このゲームの名は、「ヴィルヘルミナ・オンライン」。

 


 このゲームには、本実装されなかった幻のボツ魔王がいたらしい。

 


 タイトルの真の意味を知るものは、きっと後にも先にも、俺たちだけだろう。

 


 


 


 


 


 *注意事項*

 本製品は異世界転生先の対象となった事例が報告されています。予めご了承ください。

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異世界デバッグおにいさん〜最強裏技士、異世界に閉じ込められるも無双しちゃうしハーレム生活も満喫しちゃうので魔王が頭を抱えている件!〜 なーまんぞう @namanzo

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