第50話 好きって言えたら

「どうだヴィルヘルミナ〜。おいしいか〜」

 


「うん。おいちー。おにーちゃん」

 


 でへへ。

 


 膝の上のヴィルヘルミナ、マジ天使。

 


 マジで妹がいたらこんな感じなのかなってよく思う。

 


「ちょっと、あたしのヴィルヘルミナなのよ。返しなさい〜!」

 


「やらん! 知らん! 俺は約束したんだもん! ヴィルヘルミナ何でもするって。なー!」

 


「うん! おにーちゃん、だいすき…!」

 


 ヴィルヘルミナは俺を抱きしめる。

 


 


 あああ、幸せだ…。

 


 あの世界崩壊の危機から数日。

 


 ヴィルヘルミナは幼女になった。

 


 


 何でも俺が力を吸い上げてしまった影響だとかなんとか。

 


 ちなみに共食いは1度起こると普通はキャンセル出来ないらしいので、結構バグを孕んだ存在になってしまったようだ。

 


 


 あと一日に10分くらいなら元の姿で戦えるらしい。

 


 まあ何でもいい。

 


 大事なことは、俺にはめっちゃ従順で可愛過ぎる妹ができたってこと、ただそれだけだ。

 


 


「むー。またいちゃいちゃして。デバッグおにいさんの甲斐性なし! むっつりすけべ! バカ! アホ! でべそ! 胴長!」

 


 いやアリ子そんなに言わなくてもいいじゃん…。

 


「まったくですわ。わたくしには微塵も懐いてくれませんので…こっちでちゅよ〜、ヴィルヘルミナちゃ〜ん」

 


「がるる…」

 


 めっちゃエル子に威嚇するやん。

 


 


 だが、そんな『スーパーデバッガーズ』ギルドハウスでの団欒のひとときを蹴破るようにあの男はテレポートしてやってくる。

 


「デバッグおにいさん、少しいいでしょうか」

 


「ああ、なんだ魔王パイセン」

 


 相変わらず所狭しとメガネをくいっとやって。

 


 なんとなく腹立ってくるな。

 


 


「以前お話しましたが、この前の被害の影響からやはり世界の崩壊は緩やかに始まってしまっています。残念ですが、我々が関与したNPCの記憶を覗き世界の初期化を行うという件なのですが…」

 


 ああ、それの実行が今日だったな。

 


 実は俺は世界の即死は防げたが、天使の影響は思ったより大きく、もう世界は前のようにはいかなくなってしまたらしい。

 


 なので、一度ワールドを初期化して、スーパーデバッガーズの面々のデータを移行させようという計画があったのだ。

 


 実は引き継ぐのは一筋縄ではいかないようで、サービス開始前日、本社のサーバールームに潜入工作をするらしいが…。

 


 ついでにまたログインできるようになった時には、正式サービスが始まってるらしい。

 


 


「…ですから…」

 


 突如魔王パイセンは口ごもる。

 


 


「記憶はちゃんと引き継がれるんだろ? だったら問題ないぜ。あんまり気にするな。家や街はいくらでも作れるからな」

 


「ええ、そうですが…」

 


 またもモゴモゴと。

 


「デバッグおにいさん、準備はちゃっちゃと済ませちゃってくださいよ〜。デバッグおにいさん、準備長いんですから」

 


 アリ子が準備を急かしてくる。

 


「すまんな魔王パイセン、話はあとだ。とりあえずここを一旦出ようか」

 


「…く、そうですね」

 


 魔王パイセンはどこか煮え切らない表情をしていた。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 よし、全員広場に集まったな。

 


「みんな、また後でな」

 


 俺達と、魔王パイセンと魔王四天王の面々は一度に集う。

 


 何せ一度俺たちは現実に帰るのだ。

 


 


 一生の別れ、というわけではないが、一応別れではある。

 


 こういうのは、きっちり済ませたい。

 


「寂しくなって向こうで泣きわめくんじゃないわよ」

 


 サキュ子は腕を組みながら小生意気に俺に言う。

 


「馬鹿言え、お前はちゃんと俺の妹の面倒見てやってくれよな」

 


「なっ」

 


「おにーちゃん…寂しいよぉ…」

 


 ヴィルヘルミナは俺に抱きつく。

 


 おーよしよし、ヴィルヘルミナはいい子だな。

 


 


「あのね、ヴィルヘルミナはあんたの妹じゃなくてあたしの親友なんだから! も〜」

 


 


 そういうと、俺からヴィルヘルミナを取り上げるサキュ子。

 


 


「アリ子、ファイッ」

 


「え、ちょっ…」

 


 その時、サキュ美はアリ子の背中を押し飛ばす。

 


 


 その勢いのままに、俺の前に現れる。

 


「そんな急に…」

 


「アリ子さん、勝負時ですよ」

 


 エル子にも言われ、小さくなっていくアリ子。

 


 


「え、あ〜、えっと…その。暑い…ですね?」

 


「ああ、ちょっと暑いな」

 


 なんだどうしたアリ子。

 


「あの、その…」

 


 


 なんやこれ。

 


 ちょっと告られる雰囲気出てないか。

 


 流石に俺もそこまで鈍感主人公ではない。

 


 まじか、このタイミングが。

 


 


 俺は内心ちょっと嬉しくなる。

 


 そしてアリ子は続ける。

 


「ゲームクリア、おめでとうございます!」

 


 や、そっちかい!

 


 まあ、嬉しいっちゃ嬉しいけど!?

 


 


「ああ、ありがとうなアリ子」

 


「ていうかなんでわたしが代表なんですか…。ちょっと恥ずかしいですよ、えへへ」

 


 


 あーなるほど、それでモジモジしてたわけね。

 


「すぐ戻ってくるからな。したらまた会おう。魔王パイセン、行こう」

 


「え、ああ。ええ。本当にいいんですか?」

 


「何言ってんだ、俺はすぐ戻るって」

 


 なんかくどいな、今日の魔王パイセンは。

 


 


「貴女方がそれでいいならいいですが…。では」

 


 


 俺はメニューを開く。

 


「コンソールコマンド、帰還」

 


 


 俺たちの身体は淡く光る。

 


 すると、間髪入れずに全身が溶けるように消える。

 


 


「…」

 


 俺は辺りを見渡す。

 


 


 見慣れた机、ベッド、目覚まし時計、スマホ。

 


 間違いない、俺は帰ってきたんだ。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


「あんた、バカ…!」

 


 サキュ子さんの平手がわたしの頬を直撃します。

 


「…いいんですよ、これで」

 


 わたしは元よりデバッグおにいさんの世界にはいない人間なのですから、気に病む必要などないのです。

 


「アリ子、それは絶対に違う…と思う」

 


「そうですわ、女の子なんですから、最期くらいわがままになってもよかったと思いますわ」

 


 みな思い思いの感想を述べる。

 


「いやですね〜。そんなガミガミ言わなくても…。わたしの最期くらいお説教なしで甘やかしてくださいよ」

 


 


 そう、わたしは消える。

 


 みんなは本来ユニークNPCと呼ばれる重要なポジションであり、記憶データとの紐付けが簡単なのだと魔王パイセンは告げました。

 


 ですが、わたしは違う。

 


 わたしだけは、完全に自動生成アルゴリズムによって産み出されたただのNPC。

 


 つまり、モブなのです。

 


 


 モブのデータを引っ張りあげるなど、数ある星の中から目を瞑って星の名前を当てるくらい難しい。

 


 結果として、事実上わたしだけは復元が不可能なのだとか。

 


 ですが、それは些細なことに過ぎません。

 


「だって、だってあんた…!」

 


 そう、サキュ子さんの言う通り、わたしは。

 


「あいつのこと、好きだったんでしょ…!」

 


 


 その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れて止まらなくなりました。

 


「わ、わたしは…。わたしはぁ…!」

 


 どうして言えなかったのでしょう。

 


 たった2文字、それだけで救われたのに。

 


 


「う…うぁ…うわあぁぁん! 寂しいです…まだ、終わりたくないのに…あぅ…」

 


 


 この身を焦がすほどの絶望から、吐き出しそうになる。

 


 もう二度と、デバッグおにいさんには会えません。

 


 


 張り裂けそうな感情から、地面にへたってしまいます。

 


「おねーちゃん、だいじょーぶ、です」

 


 ヴィルヘルミナはわたしを背後から抱きしめてくれました。

 


「あいつの代わりにはなれないけど、それでもあたしとして最期くらい付き合ってあげる」

 


 サキュ子さんはわたしの手を握ってくれます。

 


 


 それに続いて、サキュ美さん、エル子さんも。

 


 


 仲間に包まれて、多少は怖くはなくなりました。

 


 目の前の世界が少しずつ、白い光に包まれて崩壊していきます。

 


 


 これだけ友達に囲まれて消えられるのなら、わたしは果報者でしょう。

 


 ただ、わがままを赦してくれるのならば。

 


 


「──もう一度会って、好きって言えたらなぁ」

 


 白い光は全てを包んで消えていきます。

 


 家も、暮らした村も、何もかも。

 


 ついには

 


 わたしの

 


 眼前に

 


    も迫り、包ま

 


   れて

       消え

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