第49話 異世界デバッグおにいさん

「ヴィルヘルミナ、今日からお前は仲間になれ!」

 


「…えっ」

 


「ちょっ…」

 


 ヴィルヘルミナもサキュ子も揃っていい反応ありがとう。

 


 


「だってヴィルヘルミナ、めっちゃ美少女じゃん。それに強いしかっこいいし」

 


「あは…あははは…あははははは!」

 


 ヴィルヘルミナは高らかに笑い、続ける。

 


 


「余を仲間に…? 面白い冗談ですね。いいでしょう…許可します」

 


 な。

 


 正直この展開は読めてなかったぞ。

 


 あまりにもあっさりすぎる。

 


「本当か! ありがとう」

 


「ですが、条件が一つだけ…。この戦いが終わったあとで、ね。何もかもが壊れて消えて、その中でもお前が立っていられたら。そしたらなんだってしてあげる。足を舐めろと言ったら足を舐めるし、死ねと言われたら死んであげる」

 


 なんだ、簡単すぎるな。

 


 むしろ今何でもって言ったよね?

 


 


 ええんか?

 


 毛穴に至るまで身体の隅々を判定確認しちゃうが。

 


 


 


「ああ、その勝負、受けて立とう」

 


 まあ俺にとって美味しい話なので、断る理由もない。

 


「あはは…本当に余に勝てるとでも…?」

 


「御託はいい、勝負だ!」

 


 


 美少女、何でもする。

 


 胸が高鳴ってきたぞ。

 


 


「…イージス結合、接続開始」

 


 突如空に浮かぶ大量の天使は合体を始める。

 


 次々に合体していき、おそらく全ての天使が結合する。

 


 


 そして天使はひとつの小さな黒い球体となり、ヴィルヘルミナの眼前に落ちる。

 


 まさかとは思ったが、天使の全てがたった一人のイージスだったとは、思いたくもなかった。

 


 


 その黒い粒をヴィルヘルミナは手に取り、飲み込む。

 


 暴風が吹き荒れると、ヴィルヘルミナの身体に漆黒の鎧が纏う。

 


「さあ、勝負…!」

 


 


 ああ、受けて立つ。

 


 最終決戦が、始まる。

 


 


 


 先に仕掛けたのはヴィルヘルミナだった。

 


 音速を超える速度で迫り、鎌を振るう。

 


 


「ふん!」

 


 俺はイージスを見に纏い、攻撃を片手で受け止める。

 


「なに…けど!」

 


 ヴィルヘルミナは左手の人差し指で空間をなぞる。

 


 


 するとなぞられた部分は真っ二つになり、大地は裂かれ、爆熱の涙を噴き出した。

 


 


 グリッチで当たり判定を消して正解だったな。

 


「…」

 


 


 ヴィルヘルミナはバックステップで距離を取り、鎌を球体に変える。

 


 そして右手を突き出し、光を飲む漆黒のビームを放つ。

 


 


「はああ! 火パンチ!」

 


 避けるのは難しいので、俺はパンチでビームを消し去る。

 


 


 ついでに炎属性の衝撃波でヴィルヘルミナを吹き飛ばす。

 


 


「ぐ、く…はああ!」

 


 ヴィルヘルミナが何やら左手で何かを握りつぶすような動作をしている。

 


 


 あかんこれ、なんとなくだけど即死するやつや。

 


 急いでメニューを開き、オプション、メニュー、アイテムを落として…。

 


 高速で当たり判定を消す。

 


 その瞬間、身体から無数のトゲのようなイージスが生えて貫いてきた。

 


 


「いや、流石にこれはズルだろ!」

 


 


 俺は身体をトゲからずらして逃れてから文句を言ってやった。

 


 体内から攻撃できるなんて避けようがないだろ…。

 


 


「これも避ける…。やはり、世界を破壊するしか…」

 


 ヴィルヘルミナは大きく跳躍すると、空中に浮いて天高く右手を突き上げた。

 


 


「デバッグおにいさん! はぁ…はぁ…やっと合流できました…。天使がみんな消えてしまって…一体これは」

 


「絶体絶命?」

 


 アリ子とサキュ美がシキナキに乗って息も絶え絶えにやってくる。

 


「サキュ美、無事だったのね…。よかった〜」

 


 サキュ子はよろよろと立ち上がりながら目から涙を流している。

 


 何があったんだ本当に。

 


 


「天使が消え、暗月の徒は役割を終えて一夜限りの集いも解散しましたが、時期尚早だったようですわね」

 


 エル子もこの場に集う。

 


「みんな来てくれたのは嬉しいが、結構ピンチだ!」

 


 俺は空高く舞い上がったヴィルヘルミナを指さす。

 


 


「この世界を…生命を…何もかも…破壊…する」

 


 ヴィルヘルミナの手のひらの上には、巨大なエネルギーの塊となったイージスが漂っている。

 


 さらに、自らの纏う鎧すらも次々と破壊し、エネルギーへと変換していく。

 


 


 どうやらこの一撃に全てをかけるようだ。

 


「ちょ…何よアレは」

 


「絶体絶命…!」

 


 サキュ姉妹はひしと抱き合って震えている。

 


「精霊憑依。やはりアレが地表に激突したら50000000%の確率で世界が滅ぶかと」

 


 エル子もどこか手が震えているようだ。

 


 


「ですが、わたしは不思議と怖くないんですよねぇ。ね、デバッグおにいさん」

 


 アリ子は俺を見つめる。

 


 それに釣られて、全員の視線が俺に来る。

 


 いや、ごめん。

 


 流石にこれはしんどいわ、マジ。

 


 


 


 


 


 だけどまあ、期待とあっちゃ全力を尽くすだけだろ。

 


 俺はチャット機能を開く。

 


 


 オープンチャット、特定手順を踏むと文字通り全ての人に聞こえてしまうバグがあったな、確か。

 


 俺はそれを利用する。

 


 


「あーテステス。聞こえてるか、聞こえてなきゃ困る」

 


 明確には分からないが、世界中がどよめいた感じはあった。

 


 多分世界中全員に聞こえてるな、これ。

 


「まもなく世界を崩壊させる特大の危機に直面してる。時期に世界は消滅するかもしれん。だけれどまあ、もしもだよ。もしも心の片隅にまだこの世界を諦めたくない気持ちがあるんだったら…。拳を天高く突き上げてくれ」

 


 全NPC、PCの座標を習得。

 


 一人一人、座標をずらしていく。

 


「正直俺一人じゃ無理だ。だけど、俺達が一致団結すれば、何も難しいことは一つもない。頼む! 力を貸してくれ! 見せてやろうぜ、この世界が滅ぼすにはこの世界、ムズすぎるってところ!」

 


 


「だそうだ。我らも続け!」

「おおおお!」

 騎士たちは各々の得物を空に掲げる。

 


「エルフの底力、見せる時だ!」

 とある暗部たちは拳を突き上げる。

 


「ああ、そうだな、その通りだ」

 とあるヴァンパイアは空高く拳を突き上げる。

 


「ふ、ンつくしい」

 とあるユニコーンは角を空にかざす。

 


「ああ、見せてやろうじゃないか!」

 とある女盗賊たちは拳を空に突き出す。

 


「ぴよよっ!(いいですね、最終決戦ぽくて!)」

 とあるスライムは触手を空に伸ばす。

 


「これも我々の務め。そうは思わんかな、セバス」

「左様にございます、我が領主様」

 とある領主とその領民たちは拳を突き上げる。

 


「ワイはこういう燃える展開、好きやで!」

 とあるリザードマンは空高く拳を突き上げる。

 


「ふん、演説としちゃ及第点だな」

 とある二刀流の剣士は空高く剣を構える。

 


「おらも…あんまいいとこなかったけど」

 とあるオチューも触手を空に伸ばす。

 


「我、▪▪▪▪▪」

 とある───は────た。

 


「ええと、頑張ってくださいっす!」

 とある瀬川クンは指なのかなんなのか分からない何かを突き出す。

 


「くはは。全く、貴方と言う人は。いいでしょう!」

 とある魔王は持てる力の全てを空に注ぐ。

 


「絶対に失敗するんじゃないわよ」

 サキュ子は空高く拳を突き上げた。

 


「がんばれー。デバッグおにいさん」

 サキュ美は空高く拳を突き上げた。

 


「精霊憑依──は必要ありませんわね。負ける気がしませんので」

 エル子は空高く拳を突き上げた。

 


「頑張ってくださいね、デバッグおにいさん!」

 アリ子は空高く拳を突き上げた。

 


 


 力が拳に宿るのを感じる。

 


 行ける、これなら行ける。

 


 


 むしろお釣りで世界を滅ぼしてしまわないか心配なくらいだ。

 


「みんな、ありがとう。名付けて元気パンチ、行くぜ!」

 


 


 俺は空を駆ける。

 


 拳を突き上げる。

 


 


「破壊…する…。何もかも!」

 


 慟哭と共に、世界を滅亡させる鉄槌が振り下ろされる。

 


 だが、世界が滅ぶことは決してない。

 


 なぜなら───

 


 


「覚えておけ。デバッグおにいさん。不可能を可能にする男の名だ」

 


 


 破滅の鉄槌はいとも容易く打ち砕かれる。

 


「ああ──あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 


 


 ヴィルヘルミナは敗れると同時に、力が俺に流れ込んでくるのを感じる。

 


 なるほど、これが魔物の共食いか。

 


 


 魔王だから共食い判定が俺にも発生したんだな。

 


 だが、そうはさせない。

 


 管理者権限が俺に落ちてきたところで──グリッチで中断させる。

 


 


 あえて言っておこうか。

 


 デバッグコンプリート。

 


 俺はまた一つ仕事を果たした。

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