第30話 山根ったら山根

 ───B75Fにて

 


「我が名は魔王四天王が五本指、ダークナイト山根。さあ、その剣を握られよ」

 


「私はアリス。竜騎士アリスです。いざ、尋常に!」

 


 


 魔王四天王六人目、ダークナイト山根と相対するのはアリ子だ。

 


 相手は大型ボスではなく、人型、二刀流剣士ときた。

 


 


 フレンドリーファイアが無効なゲームならともかく、この世界では普通に味方への攻撃も当たる。

 


 つまり、人型相手に複数人で戦っては部が悪くなることも有り得るのだ。

 


 


 むしろこの五人の構成なら、アリ子一人にバフを一点集中させた方がいい場面もある。

 


 だから俺たちは今をアリ子に託し、ただ支援する。

 


 


「やああ!」

 


「はああ!」

 


 今、二人の剣戟が激突する!

 


 


 アリ子の縦一文字切りを、ダークナイト山根は剣をクロスさせ受け止める。

 


 


 アリ子はそのまま刃の向きを変え、剣と剣の間を滑らせ、大きく踏み込んで相手の懐に一撃を叩き込む!

 


 


「くっ!」

 


「浅いかっ!」

 


 


 だが、それは致命傷にはならない。

 


 なるほど、アリ子はシキナキから降りて打ち合っているが、剣士同士の純粋な力較べならば竜騎士スタイルよりもこちらの方が戦いやすいのか。

 


 初めから勝算があってアリ子は自らのタイマンを申し込んだというわけだ。

 


 


「やるな。だが、俺はHPが減る度に剣戟が加速する!」

 


 ダークナイト山根は加速した剣戟でアリ子へと迫る。

 


 


「剣を持つ時は常に穏やかであれ。姉さんの教訓を活かして…」

 


 アリ子は冷静に攻撃を捌いていく。

 


 捌いて、ノーリスクで反撃のできる隙を伺い続けている。

 


 


 アレだな、アリ子は格ゲーでいうと待ちキャラだな。

 


 対空や、確定反撃フレームに技を滑り込ませるタイプ。

 


 


「剣を持つ時は情熱的であれ。兄さんの教訓を活かして!」

 


 一瞬の隙を見逃さず、一気呵成に叩き込む!

 


 


「くっ! だが、まだ速くなるぜ! 加速しろ、俺の二刀流剣技!」

 


「心を落ち着かせて…」

 


 


 熱血にして冷血の剣技、それがアリ子の技だ。

 


 まだまだ攻撃を流していく。

 


 


「…っ!」

 


 一瞬、アリ子の防御が崩れる。

 


「そこだ!」

 


 


「きゃあ!」

 


 髪飾りが宙を舞い、前髪が垂れる。

 


 


 時間差でアリ子の顔には流血が見えた。

 


「こ、攻撃が重い…」

 


 


 そう、素人目にも分かる。

 


 あのダークナイト山根の剣の威力は凄まじい。

 


 アレを一撃貰ってしまっただけでこれほどの出血とはな。

 


「サキュ美、回復できるか」

 


「いわれなくても、もうやってます」

 


 それはおかしい。

 


 この世界では、ダメージを負えば血が出るが、回復すれば傷は塞がる。

 


 だが、血は止まらない。

 


 ここから導き出される答えはひとつ。

 


 


「なるほど、回復阻害の効果か」

 


 回復阻害。

 


 あのダークナイト山根に切られれば、回復することが出来ない。

 


 


「ご名答。俺を倒さない限りダメージは回復しない。俺も回復の術を持たないんだ、これでおあいこだろう。さあ、本気の果たし合いを続けようぜ!」

 


 ダークナイト山根の頬にも、軽い切り傷が見える。

 


 だが、明らかにアリ子とのダメージ量に差がある。

 


 


「くっ、このままでは…」

 


 アリ子はダークナイト山根の加速する剣戟に、恐れを抱き始めているようだ。

 


 こんな時に俺に出来ることはわずか1%の能力上昇の付呪だけとは…。

 


 


 いや、それでもだ。

 


 


 可能性が1%でもあるならば、俺の付呪はそれをつかみ取らせることができるのだ。

 


 どんなに弱くても、やらない後悔よりやる後悔だろ!

 


 俺は魔物から採れた小さな魔石を手に握る。

 


「エンチャントファイア。さあアリ子、行ってこい」

 


「これは…」

 


 アリ子の剣には僅かに温かくなったようなエフェクトがかかる。

 


 


 薄い、今にも消え入りそうなエフェクト。

 


「これはどんな困難も乗り越えてきた、不可能を可能にするデバッグおにいさんの象徴の炎…いける…。いけます!」

 


 僅か1%でも!

 


 


「初級の付呪で何か変わるか。試してやろう」

 


 ダークナイト山根は距離を詰める。

 


 今までの蓄積ダメージにより、加速したスピードで連撃を叩き込む。

 


 


「心は穏やかに…!」

 


 一瞬の隙、相手の剣を滑らせるようにして割り込む一撃。

 


 


「く、だがまだ俺は倒れていない! その攻撃、加速させてもらう!」

 


 さらに速くなる反撃。

 


 だが、ありえない事が起きたのだ。

 


「心に情熱を!」

 


「なにっ!?」

 


 アリ子の一閃は、ダークナイト山根のものよりも格段に速いのだ。

 


 むしろ、アリ子の方が加速していく!

 


「そんな馬鹿な! 剣戟加速は俺だけのEXスキルのはず!」

 


「スキルも何も、関係ありません。この炎が灯る剣は、この魂は! 不可能を可能にできるんです!」

 


 前言撤回だ。

 


 アリ子の太刀筋は、待ちだと言ったが、それは過ちだった。

 


 


 アリ子の猛攻により、ダークナイト山根はみるみる追い込まれていく。

 


 それにしてもこれほどの剣技を持っていたなら、もっと披露してもよかったろうに。

 


 それほどこの世界ではレベルがものを言うのだろうか。

 


 


「やああ!」

 


「くっ、うおおおおおお!」

 


 


 アリ子はまたも縦一文字切りを披露する。

 


 そしてそれを刀をクロスさせて受け止めるダークナイト山根。

 


 だが、もうアリ子は剣を滑らせたり、小技を仕込む気はないようだ。

 


 


 アリ子はそのまま剣を振り下ろす。

 


 すると、ダークナイト山根の二本の剣は、真っ二つに折れる。

 


 


「俺の…敗北か」

 


 縦一文字切りをもろに受け、ダークナイト山根は破れる。

 


 光に包まれ、ダークナイト山根は消えていく。

 


 だが、消え入る前に、ダークナイト山根とアリ子は真っ直ぐ互いを見つめ、深々と頭を下げる。

 


 


「…」

 


「…」

 


 互いに言葉は要らない。

 


 ただ剣士として、既に剣で語ったからだろう。

 


 


 ダークナイト山根のいたはずの場所には、銀色に光る鍵だけが残されていた。

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