第16話 押せば生命の泉わく

「ふう、間一髪、と言ったところですか…」

 


 まさか受付に件の男、デバッグおにいさんが待ち構えていたとは…

 だが、私が魔王パイセンだと気づいていない様子だった。

 


 この冷や汗を流すためにも、温泉旅行好きの私のためにも、浴場に向かう他なかったのだ。

 


「すんすん …これはヒノキ風呂ですか…」

 


 ワクワクして来た。

 


「ちょっと先輩〜待ってくださいよ〜」

 


 いいや、待てないね。

 


 私はヒノキの誘惑に押され、我慢ならず、瀬川くんを背後にガラリと扉を開ける。

 


「いざ!  ヒノキ風呂───」

 


 意気込む私をあざ笑うかのように、あの悪魔はいた。

 


「おう! お前も浸かりに来たのか!」

 


 その悪魔は、にやっと微笑むと視線をこちらに向ける。

 


「ひぃっ!」

 


 暴君、デバッグおにいさんが、そこにはいた。

 


 く、この男、私をこけにしているのか?

 


 いや、冷静になれ私。

 


 人の姿に偽装している私が、魔王パイセンだと気がついていただろうか?

 


 いや、それはありえない。

 


 受付の時もヒヤリとしたが、気が付かれていた雰囲気はなかった。

 


 きっと冷静を装えば───

 


「魔王パイセンー! 待ってくださ、ゲブッ!」

 


 チャーミング使い魔となった瀬川クンが私の名を叫びながら寄ってくるのだ。

 


 なんてタイミング───!

 


 咄嗟に私はかけ湯をするフリをしながら、瀬川クンに水をぶっかけて黙らせる。

 


 


 すまんな瀬川。

 


「か、かけ湯をしないとですね、かけ湯かけ湯」

 


 かけ湯効果により、瀬川クンの体毛は逆立ち、まりものようになっている。

 


「ん? なにか聞こえなかったか…そこのまりもが確か、まお…うせんば…」

 


 ま、まずい!

 


 何か手を打たなければ!

 


「い、いやですねぇ。彼はマオ・センバと呼んだのです。私の名前はセンバ・マオと言います。以後よろしくお願いします。そしてこちらは召喚獣のフライングまりものリバーサイドクンです」

 


「あはは…どうも、リバーサイドクンです」

 


 ナイスフォローだ、瀬川クン!

 


「なるほど。俺はデバッグおにいさんと呼ばれている者だ、よろしくな」

 


 にこにこと邪悪な笑みを浮かべ、こちらに手を振るデバッグおにいさん。

 


 郷に入れば郷に従え、ということか…

 


 私は今できる最大限の笑顔で、手を振った。

 


 多分引き攣ってるだろうな、自分。

 


 


 ───自分はやる事を終えると、湯船へと向かう。

 


 デバッグおにいさんに気を取られて気が付かなかったが、なかなか絶景だな。

 


 やはり山から見える光景は、素晴らしい。

 


 


 まずは手を湯につけ、温度を確かめると、一気に肩まで浸かる。

 


「ふう」

 


 湯加減は最高だ。

 


 日々の疲れが、洗い流されていく───

 


 


「なあ、センバよ」

 


 自分はハッとする。

 


 どうやらデバッグおにいさんが話しかけてきていたようだ。

 


 あまりの心地良さに、意識を持ってかれていた。

 


 そういえばセンバって自分の名前だったな…

 


「はい、なんですか?」

 


「温泉といったら恒例のアレをしなくてはならんだろう」

 


 そう言い放つと、奴はドヤ顔で腕を組む。

 


「はて、アレとはなんでしょうか」

 


 本気でわからなかったため、聞き返えす。

 


「とぼけなくてもいい。男のロマンだ。それなは…」

 


 ためる。

 


 とてもためてから、言い放つ。

 


「覗き! だ!」

 


 ものすごく真面目な顔で、言い放った。

 


「…なるほど、一理ありますね」

 


 ならばその真摯さには、真摯な態度で応える他ないだろう。

 


 


 


 


 


     *

 


 


 


 


 


 ───女湯にて

 


「ひゃん!」

 


 おっと、手が滑ってしまった。

 


 つい、思わずうっかり事故的に敏感な部位をなぞってしまう。

 


 く、申し訳ない…申し訳ない!

 


「おねえさん…泡で前が見えない…」

 


 ジゼルは拳を作り、それを太ももの上に乗せ、じっと堪えているようだ。

 


 幼女を困らせるわけにはいかない!

 


 不肖川田、泡を流させていただきます!

 


「はいはーい! 今流しますからね〜…グヘ…」

 


 私がボタンを押すと、シャワーが降り注ぐ。

 


 そして泡が洗い流され、幼女の体についた泡が落とされていく。

 


 徐々にあられもない姿を晒していくその情景は、大人な冊子の袋とじを開ける感覚? 銀剥しの感覚? とにかくそそる。

 


 いや、違った、献身により心が満たされていく。

 


 ああ、そして次々に泡が落とされていき、ついにはそんなところまで…

 


 秘境探索を続ける我が斥候部隊は、ついに目にするのだ!

 我々が旅する理由を…

 


 その時だった───

 


「サキュ美! 大丈夫!?」

 


 ピンク髪の少女が裸体のままドアを蹴破るような勢いで開ける。

 


「お、おねえちゃん…!」

 


 ジゼルはその彼女に近寄り、抱きつく。

 


 ああ、彼女も知っている。

 


 彼女もまた、私がデザインしたキャラクターの一人なのだから。

 


 このゲームでは、基本的にNPCは自動で生成される。

 


 自動で生成され、自分で考え、行動し、役割を果たす。

 


 しかし、一部主要なポジションを担うであろうキャラクターはデザイナーが直にデザインしたユニークデザインから選出される。

 


 まさかこれほど早く私がデザインした2人と出会うことになるとは、夢にも思わなかったのだ。

 


「もう…どこ行ってたのよ」

 


「ごめんなさい…でも、そこのおねえさんが助けてくれて」

 


 ジゼルはじとっと私を見つめる。

 


「そう、あんたが。ありがとね」

 


 そう言うと、ピンク髪の彼女は私に深々と頭を下げる。

 


 頭を下げることにより頭部の見える割合が増え、その艶やかなピンク髪には、一体どれほどのグッドスメルが秘められているのかと思った。

 


「い、いえ…私がしたくてやったことですから…」

 


 彼女の可愛らしく可動するところを見て、このゲームのAIは本当にすごいと再確認させられた。

 


 このゲームはプレイ可能段階より前に、生後間もない赤ちゃんの脳の解析から得られたデータをまるまる再現されている。

 


 赤ちゃんなのは、大人では容量が大きすぎるし、記憶領域まで引き継がれてしまうため、この世界の住民だと理解してくれないからだ。

 


 そして幾度となく架空の歴史が生み出され、いい感じになったタイミングで我々人間がプレイを開始するのだ。

 


 そうして洗練されたAIの動作やしぐさは、本物に引けを取らない。

 


 いや、本物であると言い切ってもいい。

 


 


 そんなことを考えていると、再度浴場に繋がるドアが開かれる。

 


「サキュ子さん、サキュ美さんは見つかりましたか?」

 


 こちらは見知ら黒髪のぬ少女だ。

 


「ええ、見つかったわ。本当によかった」

 


「サキュ子さん。せっかくですし、私たちも温泉に浸かっていきませんか?」

 


「いいわねそれ。人間の風呂文化には興味あったし。魔界の風呂は鮮血風呂とかあったけど」

 


 鮮血風呂、なにそれこわい。

 


「あらあら、何やら楽しそうな予感がしたので来てみましたら…」

 


 さらに新キャラクター、金髪エルフ少女の登場である。

 


「エル子さん、丁度いいところに! お背中お流ししますので、ご一緒にどうですか?」

 


 で、でかい!

 


 エル子、とにかくでかいのだ。

 


 何がとは言わないが…

 


 それはそれとして、アリ子と呼ばれる少女もかなりいいものを持っている。

 


 控えめながらも主張をする、二律背反とはまさにこのこと。

 


 くー、ここは天国か!

 


 


 そう思いながらも、和気あいあいと話す彼女を後目に、私は湯船に浸かる。

 


 美少女を眺めながら入る露天風呂、最高。

 


 突如、彼女達が互いの体を触ったり、引いたりしていく。

 


 これが天使の戯れか。

 


 変な汗が出まくっている顔を拭う。

 


 否、それは汗ではなく、鼻血であった。

 


 それはそうか。

 


 ああ、徐々に意識が溶けていく。

 


 人間の体も…

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