第9章 復讐アーティファクト 第二話『薬』

 誰か、薬を下さい。

 永遠に若く、美しく生きられる薬を。

 愛しきあの人を蘇らせられる、秘密の薬を……。

 

 モーブはアパートの自室で一人、祝杯をあげていた。

 叔母の怨敵であるパラケルススも、彼女の大事な生徒達も、もうこの世にいない。全て、クララが始末した……そう思い込んでいた。

「一つ残念だったのは、レイチェルの遺体をオリヴィエとパラケルススに見せられなかったことね。あの醜い死に姿、ぜひとも見せてやりたかったわ」

 レイチェルはムジカを亡くした後、メイドに扮したモーブに天使薬を盛られ、苦悶のうちに息絶えていた。

 全身に亜麻色の羽根を生やし、異形の姿となって死んだ令嬢に、使用人達はうろたえ、悲鳴を上げていた。その滑稽な有り様を笑いながら、モーブは帰国したのだった。

「叔母さま、敵は討ちました。どうか安らかにお眠り下さい」

 モーブはヨランダの日記帳を手に取り、キスをした。

 美しく聡明な叔母を、モーブを密かに敬愛していた。叔母は最期までモーブに振り向くことはなかったが、モーブは叔母が少しでも長く生きられるようにと手を尽くし、看取った。

「……もし、叔母が生きている頃にこの薬があれば、彼女が死ぬことはなかったのかしら」

 モーブはパラケルススから奪った天使薬を見つめ、悩ましげに息を吐いた。

 その時、クララが窓を突き破り、モーブに襲いかかってきた。クララにしがみついていたパラケルススはクララから離れ、部屋の床に着地する。

「クララ?! それに、ハイネ=パラケルスス?! なぜ貴方達がそろって、ここに?!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私は貴方を殺さなくてはならないんです! 私は、薬に狂わされているから!」

 クララは涙ながらに謝りつつ、モーブの首筋へ牙を突き立て、食いちぎる。細く白いモーブの首から、真っ赤な鮮血が噴水のように噴き出した。

「この役立たず! 何のために貴方を蘇らせたと思ってるのよ?!」

「罰は受けます。その前に、貴方を殺させて下さい。キャサリンを救済したいのです」

 クララの目は虚ろで、言っていることが支離滅裂だった。

 死の間際、モーブは痛みをこらえつつ、手に持っていた天使薬を飲み干した。しかし薬に適応出来ず、そのまま絶命した。

「……愚かな女。己の怨敵を見誤ったまま、死ぬなんて」

 パラケルススは呆然と座り込んでいるクララの頭を、後ろから銃で撃ち抜いた。刑務所から脱出した際、持ち出していたのだ。

 オリヴィエ達理科学倶楽部を壊滅させた猛獣はいとも容易く駆除され、モーブの上に倒れた。

「私は、貴方の叔母の人間関係については全く知らない。これは遺体の状態から推察した憶測に過ぎないが……」

 パラケルススはそう前置きし、モーブの遺体に真相を話した。

「貴方の叔母の恋人を殺したのは、。彼女は貴方の叔母に好意を抱いていた。貴方の叔母を手に入れるために、その恋人を殺したんだ。遺体の状態を見るに、ずいぶん恨んでいたのだろう。しかし貴方の叔母は死してなお、恋人を想っていた。いくら言い寄っても無駄だと分かった二番目の女は諦め、自ら命を断った……恋人と同じ場所で死んだのは、死後に私に飾り立てて欲しくて選んだのかもしれないな。私もその意向を汲み、仕上げたつもりだ」

 だが、とパラケルススはモーブとクララを冷たく見下ろし、告げた。

「お前達はそうはしない。醜く、おぞましいまま……永劫を生きるがいい」


 後日、クララが収監されていた牢獄に、剥製が置かれているのを刑務所の所員が発見した。

 モーブとクララの二体の死体が互いに損傷した傷口を補うように接合されたもので、人だったとは思えぬ醜い異形の姿へと作り替えられていた。顔は死んだ時のまま、苦悶と悲哀に歪んでいる。それぞれの体にはタイトルが彫られ、モーブは腕に「妄信の復讐者」、クララは足に「異形の復讐者」とあった。

 剥製の存在は瞬く間に、世間へと知れ渡った。同時に、モーブとクララの正体と所業も知られ、世間の二人に対する同情は嫌悪に変わった。

 剥製に対し、ある者は

「殺人芸術家の再来だ」

 と恐れ、ある者は

「いや、模倣犯だ」

 と否定し、双方が論争を繰り広げる中、当のパラケルススは何食わぬ顔で檻に戻り、静かに時を過ごしていた。

 いかなる材質で出来ているのか、モーブとクララの遺体は燃やすことも、傷つけることも、溶かすこともできず、やむなく接合したまま土葬された。二人の体は微生物にも分解できず、醜い姿を保ったまま永劫の時を過ごした。

 二人を元に戻す薬は、作られなかった。

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