想いの彩(おもいのいろ)の世界

彩衣と彩依 ……子供にだけ見えるちっちゃなお友達


 子供心に幸せだった。


 ……そう、あの時までは。


 ママが死んだ。元々体が弱かったが詳しくは教えてもらえなかった。



「痛い……痛いよパパ」


 お姉ちゃんが部屋の隅で叩かれている。頭を守るように…… 必死に我慢して私に矛先が向かないように耐えている。


「お願いドランちゃん。お姉ちゃんを助けてあげて」

 隣の部屋で声を押し殺して必死にお願いする。ドランは首を横に振るばかりで応えてはくれなかった。


 パパは叩きつかれるとお酒のせいか眠ってしまう。こっそりと抜け出して私のいる部屋までくるお姉ちゃん。そしていつものセリフを言う。


「大丈夫だった彩依。パパは眠ったわ。お酒を飲んでるときはパパに近づかないでね。わたしが、わたしが彩依を守るからね」


 ニコリと笑う彩衣。わたしはお姉ちゃんが大好きだった。


「ごめんねお姉ちゃん、私は逃げてばっかりで。お姉ちゃんばっかり痛い思いをさせてゴメンね」


 泣きながらお姉ちゃんにしがみつく。


「大丈夫よ。わたしは彩依のお姉ちゃんだもん。それにギコイちゃんも励ましてくれるからね。パパの心が分かればもっと彩依が叩かれないように出来るのになー」


 パパが寝ると、近くにある大銀杏を見上げながらお姉ちゃんとお話しする時間が好きだった。そこでたまに会う、椎弥くんと和奏ちゃん。泣いている私たちを励ましてくれた。時折もらう『つぶつぶオレンジジュース』が幸せの味だった。



 わたしが熱を出して寝込んでいるとき、お姉ちゃんがギコイと話しをしているのをパパに聞かれたようでものすごく怒った。別の部屋にいながらも強い恐怖に怯えるほどに……。

 わたしもドランちゃんと話しをしている時に聞かれたらどうなっちゃうんだろう……恐怖が全身を駆け巡り、耐えがたい想いに怯えながら布団にもぐった。


「彩衣、お前は一体誰と話しているんだ! 何もいないじゃないか。そんないるかいないかも分からないようなお化けを使って俺に嫌がらせか! ふざけんじゃねぇ」


 布団に潜ってもお姉ちゃんが叩かれる音が響いてくる。恐怖に震えているといつの間にか叩く音が止まり駆ける音が聞えてきた。お姉ちゃんが玄関を出て走って出ていった音。怖くなった私はドランちゃんと一緒にお姉ちゃんを追いかけた。


 大銀杏の元でうずくまって泣いているお姉ちゃん。遊んでいた椎弥くんと和奏ちゃんがアタフタしながら慰めている。私はゆっくりと近づくと3人の声が聞こえてきた。


「彩衣ちゃん、今は大変かもしれないけど大きくなったら僕と和奏と彩衣ちゃんの3人で結婚して幸せに暮らそうよ。僕は和奏も彩衣ちゃんも大好きだからね」

 鼻の下を人差し指でこする椎弥。照れた表情をしている。

「そうよ、わたしも彩衣ちゃん大好きだもん。みんなで一緒に暮らそうよ」

 両手を上下させながら興奮気味に話す和奏。

 もじもじしながら彩衣が口を開いた。

「じゃあさぁ、わたし、彩依も一緒が良いな。彩依にも幸せになって欲しいもん」

 椅子に上って拳を突き上げて椎弥が答える。

「そうしたら、3人とも僕のお嫁さんだ! みんな僕が面倒見てやるからな」

 立ち上がって大きく両手を広げる彩衣。

「やったぁ、それじゃあ彩依にも言っておかないとね。早く大きくなって椎弥くんのお嫁さんになりたいなぁ」


 さっきまで沢山の涙を流していた彩衣が笑顔になっていた。妹としてお姉ちゃんをずっと見てきたけど、大好きなママに向けていた笑顔とおんなじ。ママが死んでから初めて見るお姉ちゃんの満面の笑顔だった。


 わたしはお姉ちゃんの笑顔を守りたいと思った。心から願った。

『彩依ちゃん』

 ドランが話しかけてきた。

「ドランちゃん……、初めて話しかけてくれたね。いつも話を聞いてくれるだけなのに」

『君の願いをかなえてあげたいな』

 ドランの言葉に思わず身を乗り出してしまう。

「ホント! 彩衣の願いが叶うんだったらわたし、なんでもやるわ」

 既に彩衣たちはいなかった。ドランに言われるがまま大銀杏の根元に立った。

『君が生きていく中で迷ったときは思い描く未来を心に聞いてごらん。きっと君の描く未来につながる道を教えてくれるよ』

 夢がかなう。曇っていた心が一気に晴れ渡った。

「やったー。お姉ちゃんと一緒に幸せになれるんだ」


『でもね、不思議な力はただじゃないんだ。記憶……君の持っている人の記憶を少しもらうよ』

 何を言っているのかよく分からなかった。それでも頭にあるのはお姉ちゃんとの幸せだけ。ふたつ返事で応えた。

「分かったわ。記憶っていうものを渡せばいいのね」

『うん。でも君に愛情を与えてくれる人がいたらその人からちょびっと、ほんのちょびっとだけで願いをかなえてあげられる。この記憶をね、困ってる人にあげるんだ』

 沢山茂っていたイチョウの葉が吹きあがると同時にドランはいなくなった。イチョウの葉が私に吸い込まれて消えた。


『君の願いが叶った時、きっとイチョウの葉が応えてくれるよ……』



 ○。○。○。○。



「彩依ちゃん、彩依ちゃん……」

 誰かに呼ばれている。優しい女の人の声……おかあさん……

 

「彩依ちゃん、彩依ちゃん……」

 再び呼ばれる。曇る意識を振り払いながら起き上がると椎弥くんのお母さんが一生懸命に私に呼び掛けていた。

「お、おばさん……」

 額を拭い、強く抱きしめてくれた。とても心地よい、温かい気持ちが心を覆う。


「良かった……、無事で良かったわ、亜紀ちゃんのママも呼んだからね」

 ゆっくりと立ち上がって目を瞑った。ドランの言葉を思い出していた……思い描く未来……心に問いかける。


 頭の中に一本の道が浮かび上がった。


「……パパ……木が落ちて死んじゃう」

 驚くような顔をするおばさん、ちょうど駆け付けた亜紀の母親もその言葉を聞いていた。

「彩依ちゃん……、あんなところにいたらおかしくなっちゃうわ。わたしがふたりを連れ出してあげる」


 叔母とパパのトラブル後、私だけが叔母さんに引き取られ、子供のいない別の叔母さんに預けられた。


 望む未来を心に問いかけその道を辿ってきた。どんな答えが返ってきても応えられるように勉強にスポーツに一生懸命取り組んだ。

 そして、示された道『藍彩高校』。ここでお姉ちゃんと再会した。


 お姉ちゃんが人の心を読む力を得たことを知ったのはこの時だった。思い描く未来のため、わたしがバレないように性格を偽って演技し、美術部に入って時を待った。


 月日が流れ、再び椎弥と出会い和奏と出会った。




===

あとがき


 あなたは幼いころ、イマジナリーフレンドに何を願いましたか。幸せな生活を送っていたらきっと何かをお願いするという発想は出てこないのかもしれません。

 でも、そのフレンドは本当に空想(イマジナリー)ですか? つくも神が助けに来てくれたのかもしれません。願いを叶え去っていく……忘れ去った何かが奇跡を与える。

 その代償を払いつつ……。こう考えると、この小説のファンタジー要素もあながちファンタジーではないのかもしれませんね。

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