第49話 僕の言葉から始まった

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 そう、そこから全てが始まったの。私にとって彩衣との幸せを掴む人生が……

 とは言っても幼心に漠然とそんなことしか考えられなかったわ。何をしたらいいのか。だけど私の力がそれを可能にしたの。


「ちから……」

 僕の口から無意識に言葉が出てきた。ハモるように和奏とともに息を飲んだ。


「未来を探る力よ。彩衣の人の心が分かる力のようなものね」


 彩衣がニコニコしながら立ち上がった。

「お茶が冷めちゃいましたね。新しい紅茶を淹れますね」

 ポットとカップをお盆に乗せるとキッチンへと歩いていった。電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる彩衣。新しいカップを取り出して茶葉の準備をする。


 僕と和奏は静かに彩衣を待っていた。夏美(あえ)は彩衣の動きを目で追いながら戻って来るのをじっと待っていた。


 電気ケトルから湯気が勢いよく湧き出ると新しいお茶を淹れてテーブルに運ばれる。渡されたカップのお茶を口に含むと芳醇な香りが鼻腔を抜ける。


 上がっていた肩が下がっているのが分かる。夏美(あえ)と和奏も同じようにリラックスしていた。

 

 一息ついた夏美(あえ)が話しを続けた。


「力の源は記憶。自分の蓄えた記憶を使うのよ。彩衣は忘れちゃったみたいね……だからどんどん記憶が抜けちゃっているんだと思うわ」


「記憶……」


「そうよ。どうやら人の記憶から抜けていくみたいね。わたしはそのことを知っていたから必死でメモをとった。彩衣(あいりん)は、そんな余裕がないほどに激動の人生を歩んでいたんでしょうね」

 バックから分厚いノートを取り出すとペラペラとめくって見せた。


「それにしては記憶の抜け方に随分と差があるように見えるけど」

 首をひねる和奏。

「彩衣(あいりん)の日常的に使う能力とわたしの必要な時にだけ使う能力の差かもしれないわね。それに私たちがちからを使う副作用を緩和する方法があるのよ」

 

 僕はテーブルを叩いて立ち膝になりながら大きな声を上げた。

「夏合宿で僕のおかげで副作用なしに力が使えたって言ってたよね」


「そうね。その方法は愛情を受けることよ」


 ニコニコする夏美(あえ)。人差し指を唇にちょこんとつける。続けて口を開いた。

「あなたたちは男女の関係があるでしょ。異性に限定する話ではないんだけど、その人の自分に対する記憶をわずかだけもらう訳。その記憶を使って自分が差し出すはずの記憶の消費しないで何十倍もの力が使えるから効率が良いの。私も椎弥の愛情をもらえたから助かったのよ」


「椎弥、夏美(あえ)と男女の関係を結んだの?」

 手をバタバタ振って慌てて答えた。

「男女の関係は無いよ。前にも言った通り誘惑をされてキスまではしたけど……」

 ニコニコする夏美(あえ)。

「和奏(わかなん)違うのよ。あくまで愛情、肉体関係を結ぶだけが愛情じゃないわ。心がつながればいいのよ。確かに物理的な愛情表現の方が効果は高いみたいだけど……、椎弥(しいやん)とキスして分かったわ」

 

 僕は中央に置かれたクッキーを一口かじり紅茶を飲んで芳醇な味と香りを楽しむ。ふと思い立って彩衣に質問を投げかけた。

「夏美(あえ)の話しを聞いて彩衣はどう思う」

 ニコニコしていある彩衣。

「そうね。わたしは状況はどうあれ彩依に椎弥に和奏がいてくれる。それが嬉しいの。気になるのは知らず知らずのうちに和奏や椎弥の私に対する記憶が消えてしまっていることが寂しいわ」

 人差し指を左右に振る夏美(あえ)。

「ふふふ、そんなのは微々たるものよ。人間誰しも人のことは忘れていくものよ。それが例え近しい人であってもね。一緒にいる上で凄く困るような話ではないわ」

「そう、それならいいんだけど」


 僕は思い立って夏美(あえ)に質問した。

「彩衣が一度、聴覚が……音が遠くなったことがあったけどあれば何?」

「それはね、良く分からないんだけど、愛情が注入され始めた時の副作用だと思うの。視覚や聴覚、触覚に味覚。そして聴覚。愛情を受け入れる通り道を作るのに五感が薄くなるの。どうも聴覚だけは日常生活を送る上で気になるようなの。その他の感覚は体調が悪いのかな? 目が悪くなったのかな程度みたい。でも直ぐに元に戻っちゃうから忘れちゃうのよね」

「それなら早く教えてくれれば…… その前に名乗り出てくれればここまで色々と困らなかったんじゃないの?」


 紅茶を飲んで心を落ち着ける夏美(あえ)。目を瞑って口を開いた。

「わたしの力は未来を探る力。わたしの探る未来は彩衣の望む幸せが続く世界。彩衣の幸せは私の心の中に刻まれているわ」

「夏美(あえ)、ごめんなさい。わたしは夏美(あえ)の存在も忘れてしまっていたし、一生懸命にわたしのために動いてくれたけど、願った幸せも忘れてしまっているの」

 俯いて頭を下げる彩衣。申し訳なさそうな顔をしている。

「いいの。彩衣は記憶を保持する余裕がなかった。虐待から逃げるために心を読む力を手に入れた。そして記憶を気にする間もなくその記憶自体も消えてしまったのだから」


「夏美(あえ)が探っていた未来。彩衣の幸せってなんだか教えてもらっていいかな」


 広げた大銀杏の写真を額縁に戻していく夏美(あえ)。

「椎弥(しいやん)がね、和奏(わかなん)と泣いている彩衣に言っていたのを聞いたのよ。大きくなったら3人で一緒に幸せに暮らそうって。そうしたら彩衣がね『妹の彩依も一緒が良いなぁ』って言ったのよ。そして椎弥が『僕が大きくなったら3人とも面倒みてやる! 3人とも僕のお嫁さんだ』って返したのよ。その言葉を聞いた彩衣が今まで見たこと無いような幸せそうな笑顔を見せてくれたの」


「それって母さんから僕が言ってたって聞いたことがある」

「この言葉が虐待を受けて苦しんでいる彩衣の支えになっていたの。わたしはこの彩衣の言葉が実現することだけを目指して未来を探ってきたの。色々と遠回りもしたし、もっと早く伝えればみんなが苦しまなかったのかもしれない。でもわたしはこの未来をどうしても実現したかったの」


 突っ伏して泣き崩れる夏美(あえ)。今まで自分ひとりで抱え込んで来た大変さは計り知れない。思わず僕は夏美(あえ)の肩を掴んで起き上がらせ抱きしめた。

 夏美(あえ)の目から溢れる涙が悲しみから喜びに変わり頬を伝わって流れ落ちる。


 ポタリ……ポタリ……テーブルに波紋を広げる。彩衣と和奏は後ろから夏美(あえ)に抱き着いた。


 そして僕たち4人がひとつになった。


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前作までの登場人物:

藍彩高校

 2B:花咲椎弥(はなさきしいや):主人公。

 2B:中村茜(なかむらあかね) ……美術部、謙介の彼女

  (2B担)涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……美術部顧問。学園ドラマ好き

 1A:原田若葉(はらだわかば) ……中3:和奏の妹、椎弥をお兄ちゃんと慕う

 1A:春奈彩恵(はるなあえ)  ……若葉のクラスメート



 美術部

  3B:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が分かる。ニコニコしている。

  3B:海野夏美(うみのなつみ) ……美術部部長、可愛らしい、元陸上部。

    =小鳥遊彩依(たかなしあえ)……彩衣の双子の妹


彩光高校

   原田和奏(はらだわかな) ……2年:幼馴染、料理が上手い。意地っ張り。

   海野美陽(うみのみはる) ……2年:海野夏美の妹、椎弥に惹かれている。

   篠原美鈴(しのはらみすず)……2年:和奏、美陽と共に特Sクラス

   西田心夏(にしだここな) ……3年:夏美の中学時代のライバル。謙介の姉

   西田謙介(にしだけんすけ)  2年:藍彩高校から転校した。茜の彼氏

その他

   高野亜紀(たかのあき)  ……3年:椎弥・和奏の幼馴染。彩衣の従妹

   


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