第12話 僕の意地

 下部に前作までの簡単な登場人物紹介があります。参考にして下さい。

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 野球は1チーム9人。攻撃と守備を交互に行い多く点数をとった方の勝利となる。

 椎弥がいる2軍チームの攻撃から始まった1軍(あいて)チームの投手は茂木キャプテン。彩光学園は茂木キャプテン率いる全国大会常連校で今年も甲子園の出場を既に決めており優勝候補となっていた。


「ストラーイク、バッタアウト! スリーアウトチェンジ!」

 1瞬で2軍チームの攻撃が終わる。1軍チームは容赦がない。


「まさか僕が甲子園常連校相手に投げるなんてな」

 無意識に口から出てくる。小学校で全国大会に出場した。プロになりたかった訳ではないので、中学校は普通の野球部に入って勉強し、彩光高校に入学して甲子園優勝という夢を描いていた。

 いくら朝晩の走り込みを続けていたからといっても1年半のブランクは大きい。


 出来るだけ相手の得意コースを少しずらすように投げて撃ち損じを狙う。相手チームの癖は和奏が調べ202さんがサポートしてくれた。


 ショートゴロ、セカンドフライ、強襲をサードがうまく捌いてチェンジ。2軍といっても彩光高校の部員。ほかの高校なら正選手(レギュラー)レベルである。


「椎弥ー。ナーイスピッチャー!」

 和奏の大きな声援がこだました。まったく声は聞こえないが彩衣先輩も応援してくれるのが仕草で分かる。


 2回表。打順は僕の番。1回の投球を見るとストレートを得意とした投手。変化球は1度も投げられていない。ストレートに的を絞って打席に入った。

 カーブ、カーブ。2球続けて変化球。全く同じ軌跡を辿る。素晴らしいキレである。3球目も同じカーブが投げられる。同じ軌跡を辿る球。ボールに逆らわず思いっきり流した。

 グングン伸びる球。あわやホームランと思われたがポールを外れてファール。慌てるようにストレートを投げる茂木。引っ張るように打つが緩急にタイミングが合わずピッチャーの前にコロコロ転がる球。呆然とする茂木を尻目に1塁へと走り内野安打となった。


 ボールを拾い上げた茂木の眼の色が変わった。そのまま1塁まで歩いてくる。

「花咲くん、申し訳なかった。原田さんの見栄だと思って甘く見ていた。これからは2軍チームとしてではなく敵として本気で戦わしてもらう。僕の慢心に気付かせてくれてありがとう」


 深々とお辞儀をしてマウンドに戻る茂木。真摯な姿に椎弥は心の奥に熱いモノを感じた。そんな茂木の姿に選手からの歓声が沸き上がった。

 自分の非を認め相手に礼を尽くす。相手の実力をしっかりと認めることのできる選手は脅威だ。より一層の気合を入れる。


 その後は茂木は3人でピシャリと抑え。2回、3回と試合は進み、試合は6回表裏まで終わった。

 0-0の同点。1軍チームは2巡してヒットは0、僕たち2軍チームはヒット3本と数字だけ見るとやや押しているがヒット数なんて意味がない。

 野球は3巡目が問題。2巡して投手の癖や投球の構成を掴まれて攻略されしまい大量得点されるパターンも多い。


「飯田(202)さん。ここから本気でいきます。体力がどこまで続くか分からないけど、打たれちゃったらごめんなさい」

「花咲くん。何を言っているんだね。1軍相手に6回ノーヒットなんて茂木くんだって出来やしないんだ。その時はその時、好きなようにやってくれ」


 7回裏。本来の投球構成に戻す。球をぼかして打たせてとるのはもう難しい。それなら思いっきりいくまで。内角高めに放り込み、続けて外角高めに投げて高めを意識させる。そして決め球のスクリューで外角低めギリギリを狙って3振。球を絞られないように見せ球を交えて警戒させる。


 その作戦が功を奏して7回8回と無安打を継続する。9回の表、僕の打順。飯田(202)さんに指示された通り体力温存のためバッドを振らない。


 9回裏。この回を抑えれば引き分け。しかも3人で抑えれば完全試合という偉業達成。7番、8番と三振に取り残りは9番バッター。


 そろそろ体力も限界に来ていた。曇っていたおかげで体力はなんとかもったが、晴れていたらここまでは出来なかっただろう。

 それに彩衣先輩や和奏が女神となって応援してくれるのが大きいかな。なんて馬鹿なことを考えながら投げた。


 ワンストライク、ツーストライク……。あと1球。あと1球。



 投げた球は今までの努力を無に帰すような手痛い失投。汗で滑ったボールが運悪くど真ん中に向かった。


 予想外の球に驚いたバッターが思いっきり振り抜いた。金属音が球場に響くと打球はフラフラと上がる。風に揺られるようにゆっくりと伸びてホームランを知らせるネットを揺らした。


「最後でやっちゃったな」

 力尽きた僕はマウンド上で大の字に横になった。空がきれいだ……。曇っているけど久しぶりにこんな風に空を見上げた気がするな。


 和奏と彩衣先輩がマウンドに走り寄って僕を見下ろす。

「ごめんな和奏。負けちゃったよ」

「いいの、ありがとう。私の見栄にここまで頑張ってくれて」

 和奏の目から零れ落ちた涙が僕の頬に落ちてくる。

「椎弥くん、カッコよかったですよ。私も久しぶりに熱くなりました」

 彩衣先輩はニコニコしながら褒めてくれた。


 球場にいる彩光高校野球部部員から拍手が沸き上がる。そんな中、キャプテンの茂木と一人の男性が僕の所に来た。


 和奏と彩衣先輩に手伝ってもらって立ち上がる。


「わたしは野球部1軍監督の西田だ。君にお願いがあるんだが良いかね」

「はぁ……なんでしょう」

「彩光高校に転校して野球部に入ってもらえないか」

 驚く和奏。彩衣先輩は相変わらずいつもの表情。僕は色々なことに頭を巡らせていた。藍彩高校のこと、夢だった彩光高校での甲子園出場のこと。


 そして僕が出した結果は


「お断りします。今日の試合は和奏の頼みで来ただけです。それに僕は藍彩高校が好きなんですよ」

「そうか、今日のところは引き下がろう。でも、諦めた訳じゃないからね」


 そう言い残して監督と茂木はその場を去った。


「和奏、彩衣先輩。お弁当を食べよう。これを楽しみに頑張ったんだから」

「それって彩衣先輩のお弁当だからじゃないの?」

「それは違うわ。逆よ、和奏のお弁当の方が良かったんじゃない?」

「彩衣……それって椎弥の心を……」

「読んでいないわ。私の思ったことよ」

 ガックリする和奏。

「和奏、彩衣先輩、はやく食べようよー」


 彩光高校野球部の好意で、グランドの一角、木陰の場所を借りてお昼ご飯を食べた。



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前作までの登場人物:

 1B:花咲椎弥(はなさきしいや)

    ……主人公:人間不信が特定の人に対しては発動しなくなった。

    中村茜(なかむらあかね) ……クラスメート、美術部

    西田健介(にしだけんすけ)  ……クラスメート、サッカー部、モテる

   担任:涼島啓介(りょうしまけいすけ) ……担任、美術部顧問

 美術部:2A:小鳥遊彩衣(たかなしあい) ……心が読める。気になる存在

     2C:海野夏美(うみのなつみ) ……元気、あまり異性を感じさせない

     3C:石原早希(いしはらさき) ……頭が良い。美術部が大切


 幼馴染:原田和奏(はらだわかな) ……料理が上手い。意外に意地っ張り

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