不思議な生物学者
山賊を吹き飛ばしたアタルカと鳥地が街の門をくぐったのは、すっかり日が暮れて空に星が見え始めた頃だった。
アタルカは慣れた調子で門番に話を通し、無事街に迎え入れられた。
予め聞いていたとおり、何度もこの街に来ているのだろう。
マヤガ県第二の規模を誇る街・イリリクはやはり発展しており、高い建物がいくつもそびえ立ち、あちこちに置かれた照明で、夜だというのに細かい作業でも易々とこなせてしまうほどに明るい。
二人の住むジル村と比べても賑やかで騒がしいのだが。
あちこちから聞こえる笑い声をかき消すほどに、二人は陰気な顔で明るい通りを歩いていた。
「先生。アレ、明日大騒ぎになったりしないですかね」
「この街の住民はそこまで外に出る必要は無いし、少しの間ならば大丈夫だろう」
アレ、というのは二人が山賊を撃退するときに出来た魔法の跡である。
周囲への被害を考慮して火の魔法を避け風の魔法を使うことにしたのだが。
巻き起こった竜巻は、山賊と共に周囲の草を悉く吹き飛ばし、薙ぎ倒し、小石や砂を巻き上げた。
小さな災害は、自然の中にくっきりと円形の痕跡を残したのだった。
鳥地がアタルカの肩に乗せられたまま、自分が使った魔法の影響を心配していると、アタルカの足が止まった。
「ここだ」
どうやら、彼が会いに来たという生物学者の家に着いたらしい。
「ノックもしないで入って大丈夫なんですか?」
「ノックしたところで出迎えてくれるような奴ではない。今夜はここに泊まるのだ。扉の前で待ちぼうけなどごめんだろう」
鳥地も今夜こそは屋根の下で寝たいので、アタルカの言葉に従うことにした。
「ナラバ! いるか!」
「いる~」
家の奥からどこか弱々しい声が帰ってきた。
というか、待て。
女の声だ。
生物学者は女性だったのか。
「なんだ、また研究中にぶっ倒れたのか」
「あんたもよくやるでしょー」
奥の部屋に入ってみると、黒髪を肩のところまで伸ばした女性が床に倒れていた。
うつ伏せになっていて、顔は見えていない。
「まあやるがなぁ。また資料を持って来てやったから、今夜は泊まっていくぞ」
「あいよー。いつもの部屋へ」
「今度は散らかしていないだろうな」
「どーだったっけなー」
アタルカは彼女の言葉を最後まで聞かずにスタスタと勝手知ったる足取りで家の中を歩いていく。
「あの人、あのままにしといていいんですか」
「まあ自分でなんとかするだろう。捨ておけ」
「えぇ……」
鳥地は少し心配になったが、魔力が切れたままで「あんよ」も上手く動かせない状態では、何もすることが出来ない。
それに、鳥地の頭の中はすぐに他の考えに支配されてしまった。
泊まるのか、女性の家に。
こんなドキドキイベント、前世でもなかったぞ。
というか、男二人で女性の家に泊まるなんて、色々とまずいんじゃないだろうか。
そりゃ今は体は女だけど!
ていうか先生、慣れてますけど何回も泊まってるんですか!?
なんかあったりしたんですか!?
何もないですよね!?
トクロさん!
ライバル出現ですよ!!
「何を唸っているのだ、お前は」
「いえ、なんでもないです……」
そう答えるのが精いっぱいだった。
アタルカが入った部屋は、簡素なベッドと机が置かれただけの部屋だった。
アタルカによると、物置化していてまともに使えないことがたまにあるらしい。
鳥地とアタルカはベッドを分け合って眠る。
しかし鳥地は、なんだかモヤモヤとして中々寝付くことが出来なかった。
そして翌朝。
昨夜も聞いた女性の声で目が覚めた。
「いやー、ごめんねー。もう復活したからー」
眩しい目をこすりながら体を動かすと、開かれた扉から昨日は見ることができなかった顔がひょっこりと覗いていた。
その顔の真ん中には大きな目がぎょろりと……。
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