史料集め

「それでは行ってくる」

「はーい、行ってらっしゃい~」

 ある晴れの日。


 トクロに見送られ、アタルカと鳥地はジル村を発った。

 目指すは隣の町・イリリクである。


 移動手段を持たない二人は徒歩で長い道のりを歩く。

 田舎なので、隣町ですら一日歩かなければ辿り着けないのだ。


 大量の本を持ち二人分の他の荷物を持たなければならないアタルカは、登山家に劣らないほどの大きなリュックサックを背負っている。

 鳥地が赤ん坊の体で歩いて旅をすることができるかが危ぶまれたのだが。


「お前、浮けたのか」

「あんまり高くは飛べないですけどね」

 どうやら領主の家から逃げてアタルカの家に来た時も、同じように浮いた状態で移動してきたらしい。


「ていうか先生、引きこもりなのに意外と体力ありますよね」

「フィールドワークの賜物だ」

 以前騎士たちに追いかけられた時も、鳥地を抱えたまま森の中を逃げ回り木に登っていた。


 今もアタルカは、舗装もされていない長い道をずっしりと重い荷物を背負いながら、涼しい顔で歩いて行く。

 鳥地は荷物も持たず宙に浮いて移動しているが、もし前世の体でアタルカと同じように歩いていたら五分と経たずにダウンしてしまっただろう。


 いつも通り鳥地がアタルカに元の世界のことを話しながら、人の気配の無い細い道をひたすら歩いていく。

 宙に浮いた状態で進むので体の疲れは無かったが、途中で魔力が切れてしまったので鳥地はアタルカのリュックの上に乗って移動することにした。


「そういえば、協力者ってどんな人なんですか?」

 日が沈み、道から外れた森の中に簡易なテントを張って、野営の準備を整える。

 焚火の炎を見詰めながら、鳥地がアタルカに訪ねた。


 今回の旅の目的は、遠くに住む協力者と史料の交換をすることだと聞いている。


「生物学者だ。俺の手の届かない範囲で資料を集めてもらう代わりに、すでに絶滅した生物に関する資料を見つけたら提供することになっている」

 アタルカは取ってきた枝を火にくべながら答えた。


「でも、歴史の研究って禁止なんでしょ? ってことはその人も……」

「まあかなり危うい研究だ。今時魔物の研究なんかしているのだからな」

「魔物?」

 言われて、鳥地ははたと気付く。


 この世界に来てから、モンスターのような存在を一度も見ていない。

 鳥地がラノベから得た知識では、こういった異世界にはそういう存在がいてしかるべきなはずなのだが。


「国の政策でな。人々の安全を確保するために人里近くの魔物はほとんど根絶されたんだ。生物学者は『生態系の破壊だ』と憤慨していた」

「ああ、なるほど」

 鳥地は自分の居た国のことを思い出す。


「元々は自分たちが魔物との戦いで軍事力を身に着けいて来たくせにな。自己否定もいいところだ」

 鳥地は、この世界には自分が全く知らない歴史があることを悟った。


 しかし同時に、どこか見覚えがある気がしてしまうのはなぜだろうか。


「前から思ってたんですけど」

「む、どうした」

 光が届かず、アタルカの顔が半分以上影に覆われる。


「先生、この国を滅ぼそうとしてます?」

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