歴史研究者の想い
鳥地がアタルカのもとを訪れて、一週間が過ぎた。
その間、鳥地が元の世界に戻るための、転生者の研究も少しずつ進められる。
鳥地はアタルカの家でこの世界の本をいくつも読み、たまにアタルカが鳥地の世界の話を聞く。
その話を元に、アタルカは転生者に関する伝説が載った史料を引っ張り出してきて内容の分析をする。
「でも実際、伝説なんかから歴史が分かるんですか? 作り話的なものも多い気がするんですけど……」
「作り話なら作り話で、何故こんな話を作ったのかという観点で分析すれば当時の人間の思惑が見えてくる。それに、実際にあったことを元にして話を盛るように作られた伝説も多い」
アタルカは手元の紙から目を逸らさずに答える。
「話を盛る、ですか」
「そうだ。五千人で一万の軍勢を追い返した話が、いつの間にか千人で五万の敵を完膚なきまでに叩きのめした話になっているとかな」
「あ、なんだろう。知ってる気がする、そういうのよくある気がする」
自分で歴史の研究をするつもりも無いのにアタルカの研究について色々と質問をする鳥地。
彼に教示するアタルカもまんざらでもない様子である。
なにせ今まで生徒などいなかったのだ。
自分の研究の話ができるのが楽しくてたまらない。
「ところで先生」
「なんだ」
「天文学の史料って僕一回も見てないんですけど」
「そうか」
「もしかして、トクロ家への見返りの観測データ、ほとんど提供できてないのでは?」
怪訝そうな顔をする鳥地に、アタルカはため息をつきながら答えた。
「あのな、史料のほとんどは日記や手紙、それに何百年前の本だぞ。その中に天体観測のデータがどれだけあると思う」
「多い気はしませんね」
「そうだ。それにもし昔の暦なんかが出てきたとしても、大抵は改良された今の暦の方が優れている。一応提供はするが、向こうからしたらありがたみなぞ全くないだろうな」
「それじゃ……」
「うむ。そういうダメッカスな暦も含めて、一月に一つでも史料が提供できれば良い方だな」
アタルカは何の臆面もなく断言して見せた。
「ひ、ヒモだーー!!」
「ああそうだ。トクロはああ言っていたが、俺が提供している労働力など全く釣り合いが取れていない」
アタルカは居直り、またしても机に向かう。
鳥地はベビーフェイスに険しい表情を浮かべながらアタルカの背中を見つめる。
「そんなんでいいんですか」
「よくない。だから一刻も早く結果を出さねばならんのだ」
「え?」
「それが、俺がトクロに恩を返す唯一の方法だ」
正直なところ、アタルカからこのような言葉が出てきたことが、鳥地には意外だった。
「先生、前から思ってたんですけど」
「なんだ」
「先生、トクロさんのこと大好きですよね」
アタルカの動きがぴたりと止まった。
アタルカはトクロへの当たりが強いが、それはつまり素直になれないだけで……
「悪いか」
「……最高です」
「は?」
鳥地は密かに二人を応援することにした。
トクロだってアタルカのことを悪く思ってはいないだろう。
彼はラブコメも大好物である。
「カグラちゃん、布団洗ってきたよー」
そこに、鳥地に提供した布団を持ったトクロが現れた。
「トクロさん!! 先生が……かわいいです」
「学生!!!!」
「え? 何?」
その日、鳥地の夕飯は用意されなかった。
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