第15話

 道なりに歩いていたら、子供たちで賑わっている店をみつけた。店の看板を見たら斉藤商店と書いてある。ここがゴミヤさんが言っていた店だろう。俺は子どもたちに混ざって店の中に足を踏み入れた。

 中に入ったら驚いた。この様子をなんと説明をしたらいいんだろう。小学校の教室と駄菓子屋と、古い金物屋を合わせたような独特の雰囲気。なんだか懐かしい。小学校の教室と言っても授業中じゃない。休み時間とか、放課後のドタバタしている時の教室だ。男子がそこいらを走り回っていて、女子はグループで固まって、井戸端会議のようなものをしている。ガキ大将みたいな奴もいるし、友達がいないみたいで、ポツンと寂しそうに立っている子もいる。

 店の奥のカウンターに年配の女性が座っている。大声で子供たちを叱りつけているけれど、その眼差しは優しい。叱られている男の子が、その女性を「かあちゃん」と呼んだ。


「かあちゃん、なんで俺ばっか殴るんだよ!」

 男の子が怒鳴って言った。

「小さい子をいじめるんじゃないよ!」

 かあちゃんが、もういちど男の子を叩こうとした。男の子がそれに反応して素早く逃げていった。周囲の子供たちが「わぁっ」と笑って、店の中が賑やかになった。

「お兄さん、何か御用?」

 かあちゃんが俺に気がついて言った。

「ゴミ拾いの道具を買おうと思いまして」

「何が必要?」

「あの、実はごみ拾いは初めてで、何も知らないんです。ひっかき棒だけは持ってるんですけど」

「お金は持ってるの?」

「はい。少しだけですけど」

「ウチは子供達だけ相手にしてる店なんだけどね……。まあ、いいでしょ。ちょっと! タケル、こっちに来な!」

 かあちゃんが大声で言った。タケル……って、さっき、かあちゃんに叱られていた、いじめっ子だ。いじめっ子のタケルが、かあちゃんの顔色を見ながら、そろそろとカウンターに近づいて来た。

「このお兄さん、ゴミ拾いが初めてなんだって。あんた、ちょっと教えてあげな」

 かあちゃんが有無を言わさない感じで言った。

「えー! なんで俺が?」

 タケルが凄い嫌そうな顔をしている。

「店の借金が2000円以上もあるじゃないか! つべこべ言うんじゃないよ!」

「わかったよ。面倒くせえなぁ……」

 タケルが俺の顔をのぞき見しながら言った。

「どうもすみません」

 俺はかあちゃんに頭を下げた。

「この子はゴミ山にかなり詳しいからね。しっかり教えてもらいなさい」

 かあちゃんが笑顔で言った。

「じゃあ兄ちゃん、こっちに来なよ」

 タケルが言った。かあちゃんが俺の顔を見て小さく頷いた。もういちどお辞儀をして、俺はタケルの後ろについて行く。


「ゴミ拾いが初めてってマジで? 今までどうやって食ってきたんだよ」

 タケルが渋い顔をして言った。

「いや、色々事情があってね。簡単には説明が出来ないんだ。スラムに来たのも最近の話で、もう何にもわかんない感じ」

 俺は言った。

「まあいっか、俺には関係ねーし。それでどんくらい金を持ってんの?」

「だいたい2000円ぐらい」

「ふーん。じゃあ、ゴミ拾いの授業料で、俺に200円くれよ」

「……了解。200円ね」

 お金をせびられても、不思議に嫌な気がしなかった。子供相手に値切るのも野暮だ。という考えは、やっぱり甘いのかな。

「えっ! いいの?」

 タケルがビックリした顔をしている。どうやら200円は冗談で言ったものらしい。

「200円分、授業をよろしく頼むよ」

 俺は真面目な顔で言った。

「よし! 俺にまかしときな。これでも俺は、斉藤商店のエースと呼ばれる男だからな」

 タケルが胸を張った。だけどこいつ、店に2000円以上借金をしているんだよな。エースねぇ。


 タケルは15歳だそうだ。スラムの子が皆そうであるように、栄養が足りない感じで貧相な体格をしている。小学校の高学年くらいにしかみえない。ただ、目つきは鋭くて抜け目が無い感じだ。

 そのタケルが俺に、ゴミ拾いの基本を教えてくれた。まずは必要な道具。ゴミ袋とひっかき棒。これがなくては始まらない。

「長靴とか手袋は? ガラスとか踏んだら危なくない?」

 俺は心配をして訊いた。

「まぁ、そりゃそうだけどさ。心配してたらキリがないぜ? 怪我する時はするし、しない時はしないし。完全装備でもケージに潰されて、あっさり死ぬ奴もいるわけだし」

 タケルが軽い感じで言った。

「ケージって何?」

「はぁ……兄ちゃんケージも知らねえのかよ。都市部からゴミを乗せてくるやつだよ。空の上にスゥーッと飛んできて、パカっと下が開いて、ザバーっとゴミがふってくるわけ」

 ゴミの収集車みたいなものか。それが空を飛ぶのか。さすが未来。

「ケージの真下にいるとかなり危ないんだ。でも近くにいないと出遅れるからなー。ここが難しい所だね」

「危ないってどういう事?」

「時々、クズ鉄のカタマリとか落ちてくるんだ。ほんと、時々だけどさ。こいつが来たらやばいよ。押しつぶされて死ぬ奴が出る。気をつけた方がいいぜ」

「了解……」

「まあ、あとはさ、金目の物を拾ってジャンクヤードへ持ってけばいいって話だよ。買い取って貰えるから。基本的には運だね、運」

 タケルが笑って言った。そして店の中をキョロキョロと眺めて、ソワソワしだした。まるで授業に集中出来ないガキンチョ、といった感じ。こいつ、俺に説明をするのが面倒くさくなってきたんだろう。

「授業はこれで終わり? これだけじゃ200円は払えないなぁ。悪いね」

 俺は意地悪く言った。

「おいおい、焦るなよ兄ちゃん。話はまだこれからだぜ」

 タケルが慌てて俺を引き留めようとした。ほんと、ガキンチョという感じだな。同じ男子としてあまり憎めない。

「つってもなー。説明するのは面倒だから、これから一緒に行ってみる? ゴミ山に」

 タケルが、かなり渋い顔をして言った。スゲー面倒くさそう。

「ああ、それは有難い。よろしくな、タケル」

 俺は笑って言った。ぐったりとして頷いたタケルの顔が笑える。やっぱり憎めない。根は素直な奴だと思う、たぶん。

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