第14話

 精神的に持ち直したけど相変わらず生活はギリギリだ。というか、命がギリギリだ。残金は2110円。今度は盗まれないように、紐をつけた袋に金を入れて首から下げることにした。この方法は海外で貧乏旅行をしている人が、ネットで紹介していた方法だ。まさか日本でこれをやる必要があるとはな。

 とにかく金を稼ぐ方法を見つけなければならない。とはいえ俺にはなんのアテもない。となるとやっぱりゴミ拾いか。ゴミ山に行くしかない。嫌だなー。

 俺はゴミの拾い方を全く知らない。ゴミを拾って売る、と言うのは簡単だけど、それなりのノウハウは必要だろう。何事も基礎が大切である。料理と同じだね。効率的なゴミの拾い方や道具の扱い方。ジャンクヤードで交渉するときのコツとか。しっかりと勉強をしたい。だけどどうやってそれを学べば良いのか。

 とりあえず俺は「新宿ジャンクヤード」へ向う事にした。金を盗まれたトラウマがあるから行きたくないけど、あそこは避けては通れない場所だ。まずは買い取りのシステムを知っておこうと思う。


 教会から30分ほど歩くと、遠くにゴミの山が見えてきた。同時にだんだんと空気が悪くなってくる。酷い匂いだ。この中で働くなんて信じられない。だけどやるしかない。ゴミ山の脇道を歩き続けて、俺は「新宿ジャンクヤード」に到着した。

 工場の入り口は俺のトラウマの場所だ。ここで爺さんに5000円を盗まれた。この場所で見張っていれば、あの爺さんに再び会う事が出来るかもしれない。ただ、盗まれた証拠は無いから、金が帰ってくることは無いだろう。あの事はもう忘れてしまった方がいい。でもたぶん、一生忘れられないだろうな。

 俺は工場の中に入った。順番待ちの人数が今日は少なめだ。目の前でゴミ袋を背負った男の子が、この前とは違う従業員のおじさんとやりとりをしている。


「もう一回スキャンしてくれよ! これじゃあ安すぎるだろ!」

 男の子が泣きそうな声で言った。

「嫌なら他で売ればいいだろ? 業者はウチだけじゃないんだ」

 おじさんがいかめしい顔をして言った。

「今日はもう疲れてんだよ……。たのむよ、おじちゃん。お宝をみつけたら必ずここに売りにくるからさあ」

 男の子がゴミ袋の上に座り込んで言った。

「仕方ねえなあ……。じゃあ、きっかり300円。これでいいだろ?」

 おじさんがスキャンの値を見つめて言った。機械で計測しているのに交渉の余地があるとはなー。なんとも胡散臭い。

「……まあいいか」

 男の子がゆっくりと立ち上がって、おじさんから100円玉を3枚受け取った。

「ったく偉そうにしやがって。また来いよ!」

 おじさんが苦笑して言った。

「はいよー」

 男の子が笑顔で言って工場を出て行った。ゴリラみたいな顔をしているけど、このおじさんはちょっと優しそうだ。そんなに悪い人じゃないのかもしれない。

「はい、次!」

 ゴリラが俺の顔を見て言った。

「すみません、ちょっとお聞きしたいんですけど」

 俺は言った。

「何だ?」

「買い取り表にあるゴミをもってくれば、誰でも買い取ってもらえるんですか?」

「ああ、そうだよ。なんだお前、新顔か」

「あ、はい。えーと、最近田舎から出てきまして」

「そうか……。俺も北の方の出身だが、人が住める地域もだいぶ減ったよな。まあ、ここのスラムだって生きるのは大変だが。兄ちゃん、道具は持ってんのか?」

「いえ、全くの初めてで、道具も情報もなにも無いです」

「金は?」

「……少しだけあります」

「じゃあまずは道具を揃えるんだな。しかしおめー、いい体してんなぁ。結構稼げるんじゃねえか?」

 おじさんが俺の全身を観察するようにして言った。

「だといいんですけど」

「ここは空気が悪すぎるから子供の発育が良くない。だが、おめえさんはだいぶ頑丈そうだ。まあ、がんばりな」

「はい。ありがとうございます」

 やっぱりこの人、ちょっと良い人かもしれない。俺は丁寧にお辞儀をしてその場を立ち去ることにした。

「おい、ちょっと待て。これ持ってけ」

 おじさんが年季の入ったひっかき棒を俺にくれた。これは確か、ゴミを拾うときに必須になる道具だ。

「ありがとうございます! 助かります!」

 意外な親切を受けて俺は驚いて言った。

「今後ゴミを売るときはウチを贔屓にしてくれよ。悪いようにはしないからな。ああそれとな、ごみ拾いの道具をそろえるなら、ドブ川のそばにある斉藤商店に行ってみるといい。店主のおかみさんが親切だから、いろいろ教えてくれるだろうよ」

「ありがとうございます。あの、お名前を伺ってもいいですか?」

 俺は言った。

「俺の名前か? 俺はゴミヤだ」

 本名じゃないだろうなー。

「ゴミヤさん。ありがとうございます。よろしくお願いします」

「おう。期待してるぜ」

 俺は再び深くお辞儀をして工場をあとにした。最近ちょっと人間不信だったけど、スラムにも良い人はいるんだよな。まあ、あんまり信用しすぎるのも良くないんだろうけど。ハードボイルドだからな。


 そのまま、言われた通り斉藤商店を目指すのもよかった。だけど俺は、その前に他の店を見て品物の価格調査をすることにした。所持金は限られている。堅実に行きたい。

 道具を売っている店はゴミ山の近くにたくさんある。まずは大きめの、結構賑わっている店に入って商品の値段を確認する。ゴミ袋20円、軍手30円、マスク50円。長靴が500円。ゴミ拾い専用の「ひっかき棒」は300円。結構するなあ。ゴミヤさんに「ひっかき棒」をもらえたのはラッキーだった。

 長靴が欲しい。サンダルでゴミの上を歩くのは、精神的にもキツい。ガラスを踏んづけて、足に傷を作ってそこから化膿して……と考えるだけで恐ろしい。ゴミ袋は当然買う。手袋とマスクもやっぱり欲しい。この世界で怪我をしたり病気になったら、復活するのはなかなか厳しいだろう。救急セットとかも欲しいけどなー。あとで薬局も見つけたい。

 俺は一旦店を出た。その後にいくつか他の店に入ってみたけれど、だいたい値段は同じだった。俺は料理部で買い出しもよくやっていたから、こういう値段調査には慣れている。より安く、より安い食材を求めて、商店街やスーパーを巡り歩いたものだ。懐かしいな……。

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