47話 三賀日もグダグダライフ 【後編】
目を覚ますと部屋には夕焼けが差し、仄かな茜色に染まっていた。何度か瞬きをして眠気を飛ばし立ち上がる。それに気づいた繭がおはようと顔を覗き込んできたので、笑顔でそれを返す。
お腹も少し空いたことだしご飯は何にしようかと考えていると、玄関のドアがコンコンと叩かれた。誰なのかは大方予想が着くので、急いで出るとそこには予想どうり詩歌さんと音羽さんが立っていた。
「あけましておめでとうございます。どうしたんですか?」
と、新年の挨拶と疑問を言葉にすると、
「あけましておめでとう。今年もよろしくね。いきなりなんだけどさ?夜ご飯、うちで食べない?」
どうやらご飯のお誘いだったらしい。正直今日の夜ご飯を考えるのは少々めんどくさかったので僕からするととても嬉しいお誘いだった。
繭にも聞いてみないとな、と考えていると丁度繭が玄関にやってきた。僕の前に立つ2人の顔をみて少し驚きながらも、
「詩歌さん、音羽さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
と発する。2人は、「こちらこそよろしくね。」と返す。僕は繭に一通りの説明をし、どうするか尋ねると、繭も乗り気なようで、
「ありがとうございます、お言葉に甘えて。」
と2人に告げる。
どうやらもう準備は出来ているようで、僕と繭は直ぐに着替えて東雲宅に向かった。
食事の準備はもう終わっていたようで、家に入ると同時にとても良い香りが鼻腔をくすぐる。テーブルの上を見てみると、クリームシチューや手羽先など、料理が豪勢に並んでいた。
「凄い…。」
と、つい零すと、詩歌さんは自慢げな顔で胸を張り、
「私達が頑張って作ったんだよ!」
「詩歌やったの盛り付けだけだけどね。」
「それは言わないでっていったじゃん!」
頬を膨らませ、ちょっと怒ったように音羽さんの肩を叩く詩歌さん。その微笑ましさにニヤニヤ見ていると、それに気付いたのかこちらを見てむぅと唸る。久しぶりに会ったが可愛さが増加している気がして僕としてもなにか不思議な気持ちになってしまう。
チラチラと詩歌さんを見ていたのに気づいたのか、繭は少し拗ねた顔で僕をぽかぽかと叩いた。痛くは無いけど恥ずかしさが込み上げてきて、ごめんと謝ると、繭は笑いながら大丈夫だよと返す。
そんなやり取りも終え、僕達は手を洗い食事を始める。いただきますと手を合わせてから僕はまずクリームシチューを一口頂いた。
「美味しい…。」
と、素直にそう感想を述べると、詩歌さんが誇ったようにへへんと胸を張る。作ったのは音羽さんでしょ、とつっこもうと思ったが、嬉しそうに頬を緩めているその姿を見てその言葉は胸の底へと引っ込んだ。
その後も音羽さん手作りの食事を満喫し、約一時間程で食事を終えることとなった。食後には、詩歌さんがデザートがあるからと、これまた音羽さん手作りのプリンをまるで自分が作ったかのように持ってきてくれた。音羽さんの事を自慢している時の彼女の顔はまるで乙女のようで、本当に大好きなんだなと心から感じる。そのプリンもとても美味しく、かつて日本で食べたどのプリンよりも美味しかった。
楽しかった食事も終え、リビングのソファに座りながら4人で雑談をする事にした。音羽さんが僕たちの知らない詩歌さんの一面を話す度に、詩歌さんは恥ずかしそうに笑い、逆に詩歌さんが音羽さんの話をする時には、音羽さんが恥ずかしそうに笑っていた。これを見ていると2人は本当に仲が良いんだなと感じる。不思議と茶眩と緋莉の事を思い出し、少し寂しくなる。
「そういや、二人の出会いって何だったんですか?」
少し失礼だとは思ったが、気になってしまったことを口にする。二人は気にすることも無く、まるで懐かしむように話し始めた。
「私たちね、所謂幼馴染ってやつなんだ、お母さん同士が仲良くてね、ほんとに生まれてすぐから一緒だったの。」
懐かしそうに笑う二人、それを見ていると不意に横から肩を叩かれる。何かと繭に近づくと、繭は僕にしか聞こえないような小声で、
「まるで私たちみたいだね。」
と、その言葉を聞いた瞬間、頬が熱くなり心臓が早く動くのを感じた。本人は気にしていないようだったけど不意にこういう事を言われるのは心臓にほんとに悪い。そうだね、と何とか返し、詩歌さんの話の続きを聞く。
だいたい十分程度だろうか、詩歌さんの話しは終わりを告げた。最初は二人とも何も意識していなかったのに、一緒にいる時間が長くなるにつれて意識してしまって音羽さんが告白、そして結婚。まるで恋愛小説のようなその話に心惹かれたのはここだけの秘密だ。
そうやって話しをしている間に時刻は夜中と言っていいような時間になっていた。夜空を見上げてみると綺麗な月が黄金に光り輝いている。もう遅いので、と二人に帰る旨を伝え、感謝を述べ東雲宅を後にした。さっきの話の所為か、繭との間に不思議な距離が空いている、だけど出る時から繋いだ手はぎゅっと結ばれたままだった。まるで僕たちの未来を示すかのように。
家に着き、繋いだ手を離す。言葉は流れないけれど不思議と居心地が良い。まるで、相手のやる事が分かるかのようになったような気分だった。
そのまま言葉を交わすことなく、僕はお風呂を済ませ、今は繭が入ってる。話したくても、さっきの詩歌さんの話のせいで、その後に繭の紡いだ言葉のせいで妙な緊張感が溢れるのだ。
思考を切り替えようと思い、違うことを思い浮かべる。そういや明日で三賀日は明日で終わりか、なんて考えながら近くに置いてあった最近買った本を開く。星、特に星座について書かれたこの本は、こっちの世界でも詳しい星座を覚えたいから、趣味の延長と言っていいだろう。幸い日本のと変わりは殆どなく覚えるのは簡単だろう。
明日からまた日常が戻ってくる、そう考えると嬉しさが込み上げる。ここに来てもうすぐ一年、その中での出会いや別れ、思い出は本当に大切なものになった。だからこそ、今年は繭と二人でその思い出を増やしたいと思うのだ。まだまだやりたいことはある、繭のやりたい事も全部叶えてあげたいと、そう思う。そうして希望に胸を染めたまま今日もまた夢へと旅立つ。これから来る再開の事なんて考える事もなく。
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