「スリス裁判」


「つまり端的に要約すると、アディスさんはイルフェさんを押し倒して、嫌がる彼女の意思を無視しておっぱいを揉みしだいた、ということですね?」

「異議ありッッ! 悪意ある切り取りが行われていますッッ!!」

「静粛に。ぶっ殺しますよ?」

「お、俺に味方はいない……ッ!?」


 後日、ゲッツ団畑でのその日の刑務作業を終えたアディスは、幼女スリス少女フライアの前で正座をさせられ、ことの顛末の弁解に失敗していたのだった。

 いや、確かにゲッツ団が世界に誇る九歳児、スリスお嬢様が仰る通りではある。結果だけを切り取ってしまえば、やはりそういうことにはなってしまう。どんな言い訳を重ねようとも、そうなってしまったという事実には何の変わりもない。彼女の切り取りは、何も間違っていない。間違っていたのは……俺……?


「いいですかアディショナルタイムさん」

「アディスです」

「いいですかアディスさん、もとい、アディショナルタイムさん」

「なんでわざわざ言い間違い直したのスリスちゃんさん?」

「なるほどつまり人生のロスタイムということね。反省してアディス。そんな若くして隠居するなんて私認めないから」

「俺はまだまだ現役だっての!」

「現役バリバリだからって誰彼構わず女の子に手を出すのはよくありませんよアンディーズのタケウチさん」

「もはや誰なんだよそれは!!」

「えっ、知らないの? 最近話題のお笑いコンビ、アンディーズのタケウチさんを? 雑誌にもよく載ってる、あの?」

「むしろなんでおまえは知ってるんだよフライア……若い子がそんな得体の知れないやつに傾倒するなんてお兄ちゃん許さないぞ!」

「きも……」

「マジ顔で引くのやめてッッ、俺が悪かったです……ッッ!!!」


 ちなみにアンディーズのタケウチさんは最近結婚して芸能事務所から退職したそうですが、この閉ざされたシマの中にその情報が流れてくる日はいつか訪れるのでしょうか。真相は誰も知りません。


「いや、だからね。酒屋の爺さんがふらついて脚立から落っこちそうになって、あの妖精族の嬢ちゃんが落下点に飛び込んじまってて、俺は咄嗟に、どっちも助けねぇとって思ったんだよ……」

「あぁ、イルフェさんからしたら、余計なお世話だったんでしょうね。あの人は助ける側であって、助けられる側の人ではありませんですし」

「で、ちょっとお互いの動作がカチ合っちまって……それでも爺さんの確保を優先した結果、なんやかんやでもみくちゃになった感じで…………」

「それでおっぱいももみくちゃになってしまった、と……」

「やたらとおっぱいを連呼するな九歳児」

「イルフェさんの発育は素晴らしいですからね……まぁ、私も負けてはいませんけど」

「ボロ負けしてんだわ。勝てる要素が見当たらないんだわ」

「何を仰りますやら。私はまだ九歳なんですよ? つまりこれからいくらでもランクアップしていけるということなんです。まさしく、可能性のけだもの!!」

「けだものなんだ……」

「今日はAでも、明日はB! そして明後日はCカップになるんです!」

「ならないよ。そのペースだと一週間後どうなっちゃうんだよ……」

「もし私という存在が一つのおっぱいになってしまっても、私のことを忘れないで下さいね……」

「忘れたくても忘れられねーよそんなバケモノ」

「どうか世界をおっぱいで圧し潰すであろう私を、止めて下さいね……」

「新手の災害じゃん」

「パイオツ・ハザードってね」

「やかましいよこの九歳児!! なんとか言ってやってくれよフライア!」

「なんかアディスとスリスちゃんが仲良くおしゃべりしてるのがムカつく。なんで私と楽しくおしゃべりしてくれないの? 私のことなんてもうどうでもいいんだ。私なんて船の隅っこで海水にまみれてフジツボとか生えちゃったらいいんだ」

「メンヘラやめろ!」

「そんなこと言っちゃ駄目ですよヘライアさん」

「ヘライアさんて誰だよ」

「フジツボさんだって一生懸命生きてるんです」

「おまえはフジツボの何なんだ……」

「あの生き方はワシが授けた……」

「だとしたらあまりにも罪……!!」

「この世の全ての存在は生まれながらに罪があるのです。私はそれに見合う罰を与えたに過ぎないのですよ」

「思い上がりが天井知らずだなこの九歳児!?」

「まぁ、それはそれとしておおまかな事情は分かりま……いいえ、分かったよ」


 と、そこで不意にきりりと表情を改めて、真剣な面持ちでアディスに向き直るスリス。ついでになぜか、丁寧語が失われた。


「とりあえずアディアバティック結合さんは、相手の性別に無頓着が過ぎるんだよ」

「おまえは人の名前にもうちょっと頓着してくれ」

「ほらまたそういうとこ。不器用型のツッコミ役なら無遠慮にズバズバ切り込んでも許されるって思ってる」

「うぐ…………」


 ――核心。

 アディス本人さえ今この瞬間まで自覚のない、なのにそう言われてしまえば何一つ反論なく確かにその通りであったと認めざるを得ない、図星オブ図星。ド級の急所が一撃の下に打ち貫かれた。


「女の子相手に『おまえ』とか最悪だよ? そういうのに慣れてしまっているフライアさんや、海のように寛大な心を持つ私はともかく、普通はそんなの悪印象にも程があるもん。どうせイルフェさん相手にも、、初っ端からそんな感じの態度でいたんだよね? 違う?」


「ぎくぎくッ…………!!」


 まさにその通りである。

 大抵のことはその実績や肩書き補正によって謝れば許してもらえて来たアディスの謝罪は、普通に薄っぺらい。ただただ言葉に重みがない。なんかこう、形だけ謝っておけばいいや、みたいな雰囲気がある。台本に用意されたセリフをそのまま読み上げているような印象だ。隣にいたフライアも、言われてみれば確かに、という顔でアディスを見つめる。


「相手に謝ろうっていうよりも、許されよう、その場をなんとかしよう、が先に来てるのが透けて見えるんだよね、あなたの謝罪って」


「がふッッッッ…………」


 吐血した。

 シマモノの一撃をまともに喰らっても大したダメージを負ったことのないアディスが、このシマに来て初めて経験する致死スレスレの大ダメージだった。

 幾多の戦場を駆け抜け、数多の強敵を捻じ伏せてきたアディスが、生まれて初めて捻じ伏せられる。その相手は、齢九歳の、女の子だった。


 アディスだって、本当は分かっていたはずだ。

 自分は悪いことをすればちゃんと謝る人間だし、今までそれで相手に許して貰ってきた。そこに何の問題もなかったはず。けれどそれは形だけのもので、それを通して相手と分かり合えた、歩み寄れたようなことなど、本当は今まで、一度たりとも、思い返せば、……なかった。

 なぜならそれが、形だけの謝罪だったからだ。

 だから今までずっと、彼に与えられていたのは、同じく形だけの――…………。


「ねぇ。アディス」


 スリスは、膝から崩れ落ちているアディスの傍で屈み、その耳元で囁く。


「あなた今まで、……?」

「はぁっ……はぁっ……あ、ぁぁあッ……」

「誰もあなたを許してないよ。本当は、みんなみんな、あなたを憎んでいる。あなたは誰からも、許されてなんか――ないんだよ」

「う、嘘だ……嘘だ、そん……な……ッ……!!!!」

「だって、ほら。あなたは思い出せない。あなたを許してくれたはずの、みんなの顔が」

「あ、あ、あぁ、…………ッッ」


 ――浮かばない。

 誰の顔にも黒いもやがかかったように、その表情が分からない……それは当たり前だ、当たり前なのだ、だって、だって――


。罪から目を逸らして、いったい誰から、何を赦されるつもりでいたの?」

「ひぃ……いぁあぁぁあああッッ、……やめろ、もう、やめてくれぇぇえええッッ」

「教えてあげようか? 大丈夫だよきっとすぐ理解できるわ。だってあなたは忘れてるだけだから。私が思い出させてあげる。がどんな顔をして、あなたの形だけの謝罪を受け取っていたのか。ほら、視てるよ? 今もずっと、ずぅっと、あなたの後ろで――」

「ぎゃあぁぁああぁあああああああああああッッ、うあぁっぁあぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



「待って待って待って待ってッ、何これ何やってるのどういう儀式!? 新手の拷問!?!? 私そこまで追い詰めてとは言ってないんだけどスリスちゃんッッッ!?!?!?」



 ――あのタイミングで物陰から飛び出さなかったら、もしかしたらアディスの心は本当に壊れていたかも知れないと、後に語るイルフェ(首謀者)だった。






冒険家アディス一家わたしたちにとってアディスあのひとは確かにリーダー的なポジションなのだけど、立ち寄った地域で人とコミュニケーションを取るのはもっぱらミレーユとか、意外とギグラだったりするんだよね」


 ――先日の顛末をトークエピソードに加えたフライアは、最近付き合いのある友人たち(ユハビィ、セラ、やどり)を交えた女子会にて、そんな意外な事実を明かすのだった。


「にゃ? でもあいつ、結構村の中でもがんがん前に出てくる感じだったですにゃ?」

「前に出過ぎてちょっと浮くのよ。大抵の人はあの勢いに負けて強引に、仲良くなったにされちゃうだけ」

「あー確かに、ちょっとわかるかも……」


 実は若干アディスに苦手意識を感じていたセラは、その真相を聞いて納得する。

 コミュ力が高いといえば高いのかも知れないが、彼の場合はパワープレイが過ぎるのだ。人付き合いとしての話し易さでいえば確かに、筋肉の妖精を自称する黒光りする変態、ギグラの方が気楽な感じはする。例えば最悪この場にどちらか片方を招集するのであれば、多分ギグラの方が呼ばれるかも知れない。満場一致で。

 ……いや、ユハビィだけはどちらに投票するか読めないか。彼女は本物のコミュ力お化けだから、仮にこの世界のラスボスが存在するとして、機会があれば恐らく平気で、この場に招待することもあるだろう……。


「ワタシは面白くて好きですけどねー、アディスさん。この前も湖に放り投げられたりしましたし」

「何やってんのあのバカ――いや、むしろユハ子が何をしたの……?」

「え? なんでしょう。なんか……流れで?」

「怖すぎるよこのコミュ力お化け!!」


 いくらコミュ力パワー型のアディスとて、妹分と同年代の子を湖に投げ込むようなことは普通しない。だから、たった数回会った程度の仲でそんな普通じゃない状況を引き出せるのは、何かがおかしい。何なら既にアディスとの距離が、フライアよりも近い可能性がある。恐怖するフライアだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シマモノ!:Tale of Mystic Island koko @eta_puwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る