03.白い服の少年

「本当に、宇宙人にさらわれたっていうこと?」


 さすがに信じられないといった口調で、結衣香が言った。


「否定できないって話で……。ごめん、正直何もわからない」


 想像以上におかしな状況なのは確かだが、確信をもって言えることは何もなかった。


「いったい、この部屋の存在理由はなんだ?」


 都築が起きてから1時間ほどが経過しているが、状況は何も変わっていない。


 ただ待っていれば、何かが変わるのだろうか?


 いつか何者かが現れて、親切にこの状況を説明してくれるのだろうか?


 このままずっと、何も起こらないという可能性はないのだろうか?


「これが脱出ゲームなら、虫眼鏡のアイコンで、部屋の隅々を調べ回るんだろうな……」


 都築はふと、そんなことをつぶやいた。


 囚われた部屋からの脱出。そんな設定のフリーゲームを、何回か遊んだことがある。部屋にあるものを、ひとつひとつ調べて、出口を見つけ出すというものだ。


 近年はリアル脱出ゲームなども人気だが、もし『これ』がそうだと言うのなら、早く説明を開始して欲しいものだ。


「アプリの話? 私もやったことあるよ! でも、詰まったときって、どこをいくら調べても無駄なんだよね……。降参してネットで調べると、分かるわけないじゃん! ってところに仕掛けがあって――」


 都築は結衣香の話を聞きながら、これがゲームなら、何がトリガーになりうるかを考えていた。まだ気づいていない、ゲームを進めるためのフラグ。


 時間、場所、物、人……。


 都築は改めて部屋を見回し、それに気付いた。


「行こう!」


 突然歩き始めた都築の後を、結衣香とみことが慌ててついて来る。


「どうしたの?」


 一見、荒唐無稽な発想も、試してみる価値はある気がした。


「これがRPGなら、まずは村人に話しかけろってことさ!」


 都築は歩きながら、結衣香に向かってそう言った。


 人々が出口を探したり、あるいは途方にくれて座りこむ中、彼は中央付近で壁を背にして悠然と立っていた。


 まるで人々を冷静に観察しているかの様で、都築はそのたたずまいが異質だと感じたのだ。


 彼は白いパジャマのような服を着た、裸足の少年だった。年齢は、中学生くらいの様に見える。


 部屋着の者や入院患者と思われる服装の人もいたので、周りから特に注目されてはいないようだった。


 まっすぐ自分に向かってくる都築たちに気づいた彼は、微笑みながらこちらを待ち構えている。彼の所作が、都築の勘を肯定している気がした。


 都築が声をかけると、少年は穏やかに応えた。


「こんにちは」


 少年の声は落ち着いていて、外見よりも大人びた印象だ。


「この部屋について、何か知らないかな?」


 都築が単刀直入にそう聞くと、少年はあっさりとそれを認めた。


「知ってますよ」


 隣にいた結衣香が、驚いて少年に詰め寄る。


「ほんと? ここはどこ? バスに乗ってた人達は、どこにいるの?」


 都築は乗り出した結衣香と少年の間に割って入り、強引に彼との間に距離をとった。少年に危険な印象はないが、この特殊な状況で警戒は怠れない。


 結衣香は何かを訴えようとするが、都築の警戒感が伝わったのか、気持ちを抑えて一歩後ろに下がった。


 都築は結衣香の顔を見てうなずくと、改めて少年に向き合って聞いた。


「説明してもらえるかな?」


 都築の問いに、少年は不敵に微笑んで応える。


「その前に、まずはこの部屋にいる全員を集めてもらえませんか? 何度も説明するのは、面倒なので」




 この部屋について、何らかの説明があると声をかけると、すぐさま部屋にいる全員が集まった。


「この子が責任者?」


「まだ子供じゃないか」


「いつになったら、ここから出られるんだ!」


 こんな空間に放置され、誰もが焦れていた。口々に、不満が漏れてくる。


 都築たちも集団の端で、説明が始まるのを待ち構えていた。ずいぶん待たされたが、これで何かが起こるという期待感があった。


 そんな中、ずっと黙っていたみことが、結衣香の手を軽く引っ張って言った。


「あのね、思い出したの……」


「何を?」


 結衣香が優しくたずねると、みことが意外なことを口にする。


「乗ってたバスに、トラックが向かってくるのを見たの……」


 結衣香は怪訝な顔をして、どういう意味か問いただそうとするが、まさに少年の説明が始まろうとしていた。


 少年が人差し指を口に当てると、人々の私語が消え、部屋がしんと静まり返った。ようやく、説明が始まるのだ。


「ようこそ、皆さん」


 大声ではないが、しっかりとしたよく通る声で少年は語り始めた。


「まず、これから言うこと、簡単には信じられないと思いますが、最後まで話を聞いてください」


 いったい、どんな説明が始まるのだろうか。都築が結衣香を見ると、みことの後ろで彼女の肩に腕を回し、緊張した面持ちで耳を傾けている。


「また、説明できないこともあります。納得がいかないでしょうが、世の中そういうものだと割り切ってください」


 なんとも先回りした言い方で、聞く側に不満が残るのを前提としている。皆、訝しげに彼を見つめていたが、今は黙って聞くしかなかった。


「いいですか?」


 少年は改めて人々を見渡すと、全員が固唾を飲んで次の言葉を待ち構えていた。少年は満足そうにうなずくと、ついに核心を口にした。


「結論から言いましょう。ここは死と生の狭間です。みなさんは、すでに死んでいます」


 彼はほほえみを浮かべ、さらりと言った。

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