第14話 二目と見られぬ顔

「ほぼ身体は死んでいたのだが、執念というのかな、それとも、お前達が好んで使う『奇跡』というやつなのかもしれないが、そいつは、お前を蘇らせた。いや、見事と思ったよ。私が言うのも何だが、『神業かみわざ』ってやつだ」


 うん、と魔法使いは頷いた。


「とはいえ、所詮は人間だ。お前の心臓が動いたのは一瞬だった。だけど、何か面白そうだから、ほんの少しだけお前に命を与えてやったんだ。そんな縁でしばらく見ていたんだが、せっかく作ったのに、そいつはお前に見向きもしない」

「それはおれが、醜い姿だから」

「まぁそうなんだろうな。それで、そいつが研究のためだと言って屋敷を出て行った後だ」


 ちょっと興味が湧いてな、と彼は言った。そして、右手をこちらに見せ、小指をカクカクと動かした。


「そいつに、私の垢を、この小指の垢を与えたらどうなるのかと思ったんだ。もしかしたらそいつも、お前のような、同種族とは異なる姿に変貌するのではないかと」


 もののついでと、その他にも数人、それぞれ異なる部位に振りかけた、とさらりと何でもないような顔をして話す。そして、フリィを指差し、「お前には目に」と言った。


「ところが、だ。何も変わらない。何もだ。全くつまらん。どうやら能力的な部分は付与されたらしいが。私としてはもっと派手な変化があると思ったのに。ただちょっと賢くなっただけだ」


 おれ達を何だと思っているのかと怒りが込み上げる。俺が生かされたのも、結局は彼の暇つぶしの気まぐれだったし、ユータスやフリィ以外にも自分達の知らないところで勝手に力を与えられた人間がいるのだ。それでもまだユータスはその力をありがたがっていたようだが、フリィは違う、はずだ。


「もういい加減この世界もつまらなくなってきて、全部洗い流してしまおうかと思っていた時だ。お前達が出会った。お前の姿はどうやら人間にとっては好ましくないようだから、果たしてどんな反応になるものかと観察していたら――」


 あっさりと受け入れた、と彼は、目を大きく見開いて、笑った。


「そこで思い出したんだ、お前は、そう、『目』だったな、と。一体どんな風に見えているのかと覗いてみたら、雲だった。青い空に浮かぶ、白い雲。ついでにと、これまでお前が見て来た者達も」


 獣だの、植物だの、それから、時計に酒の瓶、と、指を折りながら並べていく。フリィの顔は真っ青で、俺にしてやれることと言えば、彼女の手を握り、背中を擦ってやることくらいだった。


「成る程、やはり、人間というのは目に見えるものがすべてらしい。真実の姿がどうであろうとも、その者にとって好ましい見た目に映ってさえいれば良いのだ、と。単純だな、人間は。それがわかって、大変楽しませてもらった。だから――」


 恐らく本当に、おれ達が想像も出来ないほどに退屈しているのであろう魔法使いは、目を細め、笑った。


「楽しませてもらった礼だ」


 そう言った次の瞬間には、彼はもうおれ達の目の前にいた。息のかかる距離だが、呼吸の音が全く聞こえない。彼はちらりと視線だけをおれに寄越して「お前にはもう既にやったがな」と言った。


「これですか」


 と受取ったユータスの球根を見せると「それじゃない」と首を振られる。


「お前の、傷んでいるところを直してやった。ほとんど止まっていた心臓を、動きの鈍かった脳を、その他諸々を。とにかくお前の身体は、見た目はともかく、中身が酷い状態だったからな」


 成る程道理で、と納得したものの、こちらに何の確認もなく、さらに同意も得ずに勝手にやったという点については少々思うところはある。ならば、フリィにも、何か勝手に与えたのではあるまいか。けれど彼女にはおれのように傷んでいるところなどないはずだし。


 そう思いながら、隣を見ると、いつからそうしていたのか、彼女が、じっとこちらを見つめていた。その目に、違和感がある。色が変わらないのだ。彼女の目は、どんな時でも休みなく色を変えていたのに。


 まさか、と背中に冷たいものが流れる。


 ぱちぱち、と数度瞬きをし、「オイ」とおれの名を呼ぶ。たった二語の短い名前。それを発するその声が震えていたか、わからない。もっと長い名前だったらわかったかもしれないのに。


「フリィ、もしかして」


 おれの声は震えていた。自分でもはっきりとわかる。嫌な予感に震えが止まらない。


 おれの頬にそっと手が伸びる。こわごわと頬に触れ、ざり、と撫でられた。ああもう、これは。


「フリィ、おれの顔が見えているんだな」


 ほろ、と涙が出た。


「見ないでくれ。フリィには、知られたくなかった。醜いおれの顔なんて」


 心臓が締め付けられるような感覚を覚えて、おれは、シャツの上から胸をかきむしり、蹲った。もうおしまいだ。もう一緒にはいられない。これが出会ったあの日のことなら良かった。どんなに恐れられても良かった。彼女のことを好きになる前だったから。だけれども。


「顔を上げてください、オイ」

「いやだ」

「お願いですから」

「いやだ」


 おれは蹲って嗚咽を上げた。


 下手にあれこれ直されてしまったせいで、涙も止まらず、胸も苦しい。こんな感情なんてきっとなかったはずだ。あったとしてもほんのわずかだった。


 フリィはニカとアルマとは違う。あの二人は最初からこの顔を知っている。それでも慣れてくれたからいまがある。


 だけれども。

 だけれども、フリィは違う。

 ずっと雲だったのだ。彼女にとって無害な雲。晴れた日の空に浮かぶ、のんきな白いやつだ。それが、二目と見られぬ化け物になった。いまに泣き叫ぶぞ。これまでの生活を思い出して、それらすべてを悔やむに違いない。おれが贈ったすべてのものに対しても。


「オイ、聞いてください。私は、あなたのことを醜いなんて思いません」

「嘘をつかなくていい。フリィは嘘をついたら駄目だ」

「嘘ではありません。つぎはぎだらけの顔でも、口の端がズレていようとも、あなたであることに変わりはないんです。私の大好きなオイなんです」

「そんなことはない。おれは化け物だ」

「それはオイが決めることではありません」

「じゃあ、誰が決めるんだ」

「私です。私や、他の人です。あなたを見た人が決めることです。私はオイを化け物だなんて思いません。これっぽっちも。だから、オイは化け物ではありません」


 その言葉に恐る恐る顔を上げる。けれど、彼女の顔を見ることは出来なかった。彼女は優しいから、そう言ってくれただけなのだ。おれは醜い化け物なのだ。この姿になってから、ユータス――旦那様から何度もそう言われた。二目と見られぬ化け物だと。


 涙に滲む視界に映るのは、ぼんやりとした魔法使いの姿だ。一体彼がどんな顔をしておれ達を見ているのか、それを読み取ることは出来ない。それどころではなかったし、見るものすべてに涙の膜が張られていて、ゆらゆらと揺れていたから。

 

 ただ、「なぜだ」という少し怒ったような声だけがはっきりと聞こえた。

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