第13話 お前が責任を負え

「人間は駄目だな。寿命が短いせいなのか、結論を急ぎすぎる」


 いつまでも聞いていたくなるような心地のいい声だった。その方を見ると、男なのか女なのかわからないが、とにかく美しい人が立っていた。ふむ、と鼻息を吹いて、首を傾げながらゆっくりこちらへ近づいてくる。


 いつからそこにいたのだろう。

 最初からいた……わけはない。ここには鍵がかかっていたし、おれ達が入った時には、誰もいなかったはずだ。


「いいじゃないか、そのままで。なぁ、『頭』の子よ」


 頭の子、とは何だろう。

 そう思っていると、それに反応したのはユータスだった。


「お父様!」


 そう言って、その『お父様』の方へ駆けより、跪いてその足元に伏す。手の中にいたフリィのことなんて、まるで気にも留めず、乱暴にその場に投げ捨てて。それを慌てて受け止めると、下まぶたの傷は思っていたよりも浅かったようで、血は少々滲んでいるけれども、眼球そのものは無事だった。


「ああお父様何をおっしゃるのです。僕はこの日のために何年もかけて研究を重ねて……」

「だから慈悲をくれてやっただろう。もう無駄な時間を費やすことはなくなった。お前だって、あともう、百年か……二百年、それくらいは生きられる。もう少しこのままでいいじゃないか」


 せっかく面白くなってきたところなんだ、と『お父様』は少し退屈そうな顔をして、その場にすとんと腰を下ろした。


 そして、


「あれは、お前が作ったんだろう?」


 と、おれを指差す。


「そうです。ですが、まだお父様からお力をいただく前のことでして、出来が悪いものですから、お父様にお見せするのも大変恥ずかしく」

「そんなことはない。あれはあのままでいい」

「ですがお父様」


 何が何やらわからないが、ユータスと『お父様』とやらは揉めているようである。


「オイ、あちらの方は本当にあの人のお父様なんでしょうか」

「いや、おれにはわからないが」

「もしかしたら、ですけど、あちらの方はこの世界を作ったという『魔法使い』様なのでは」

「魔法使い様?」


 話だけなら知っている。

 この国に暮らすものならば、皆、知っている。

 この世界を作ったのがたった一人の魔法使いである、ということを。


 おれ達には考えも及ばないような力を持ち、朝と夜を毎日作り出し、季節を巡らせ、気まぐれに生と死を与えるのだと。あまりにも遠い遠い存在であるから、こちらから何かを求めてはならないし、彼のために何かが出来るなどと驕ってもいけない。


「慈悲を与えたとか、お力をいただいたと、おっしゃっていました」

「言われてみれば」


 ただ、それがわかったところで、おれ達に何の関係がある。

 逃げるならいまのうちだとも思うし、二階にいるという二人が本当にニカとアルマなのかも気になるところではあるが、下手な動きをしてこの魔法使いの機嫌を損ねるのも危険だ。


 だから、動けないでいた。

 二人の会話に割って入ることも出来ずに、ただフリィを腕の中に抱いて、その魔法使いがまた気まぐれに立ち去ることを待っていた。何もしてはならないのだ。おれ達のようなちっぽけな生き物は、彼に対して何かが出来るなどと思ってはいけない。驕ってはいけない。だから、おれ達はじっと動かずに黙って二人を見ていた。


 ただ、おれを変えたいと思っているユータスに対し、魔法使いの方では、このままでいいと考えているようである。一体どんな思惑があるのかはわからないが。


「あれは化け物です。あんなのは、人間ではない」

「人間じゃないのか? 立って歩くし、言葉も話す。私にはお前達と何ら変わりなく見えるがな」

「そんなわけがございません。骨や筋肉、内臓こそ、彼のものですが、表面はひどいものなんです。あの時は彼を生かすために必死で、選り好みなんてしていられなかった。獣でも人間でも何でも良かった。生きてるものも死んでるものも、とにかく皮を剝いで、縫い合わせたんです。もっと研究が進んで、僕の腕が上がったら、きっと元通りにしてみせるから、とりあえずは応急処置として。だからいまの彼は不完全な化け物なんです」


 何がおかしいのか、薄ら笑いを浮かべるユータスの顔は酷く歪んでいた。その顔こそがおれには化け物に見える。人の肌を持ち、どこもかしこも傷のない、きれいな顔のはずだが。それでも。

 

 彼は、化け物だ。


 そう思った。


「ですから、一刻も早く、彼を人間に――、クラウスに戻してやらないと。これは『製造責任』なんです」

「ふむ、『製造責任』か。成る程。確かにな」


 その言葉で、ユータスは賛同を得られたと思ったらしい。表情をさらに明るくさせて「では」と喜びの声をあげ、おれを見た。跪いた状態から、ずりずりと立ち膝の姿勢でこちらへと向かってくる。


「お許しが出たよ、クラウス」


 いや、違う。

 彼は何度も立ち上がろうとしてはいるのだ。

 右足を立て、身体を持ち上げようとしているのだが、力が抜けてしまうのか再び膝をつき。


「たくさん待たせたし、寂しい思いをさせたね」


 次は左足を立て、やはり身体を持ち上げようとするが、そのままぺたんと膝をつく。


「その醜い皮を剥いで、元のきれいな君に戻してあげるからね」


 視線をおれに固定させたまま、がくんがくんと大きく上下に揺れながら、膝を床に擦って移動している。


「君が元に戻ったら、子どもを飼おうか。君、家族が欲しいんだろう? 家族が出来ればいいんだよな? そしたらその女もいらないよな?」


 ずり、ずり、とこちらへ向かってくるユータスが何だかどんどん小さくなっていくように見える。


「楽しみだなぁ、クラウス。僕は君と家族に」


 音もなく、ただ静かに、ゆっくりと。

 おれの見間違いなんかではない。

 ユータスはどんどん縮んでいる。

 縮む、というのが適切なのかはわからない。

 ただ、白衣の中に吸い込まれていくように、地面に溶けていくように、彼の身体はどんどん小さくなっていって――、


「なりた」


 その言葉を最後に、床には、ただ、彼が着ていた衣服が残った。


 フリィもおれも、目の前で起きた出来事に言葉を失っていた。


 人が、目の前で溶けるようにしていなくなったのだ。

 こんなことが出来るのは、もちろん、しかいない。


 そしてその彼――とはいえ、性別などはわからないし、それがあるのかも疑わしかったが――は、ユータスの衣服を回収して、それを乱暴にバサバサと振った。何かを探しているようだ。


 やがて、どこかに引っかかっていたらしい、それが、ころり、と落ちて来ると、それをつまらなそうな顔で拾い上げ、おれに向かってふわりと放った。


「な」


 避ける、などという選択肢はなかった。何せ彼はとんでもない力を持つ魔法使いである。おれの軽はずみな行動ひとつでこの世界そのものがなくなることだって考えられるのだ。受け取るしかなかった。


 手の中に、ぽすん、と落ちて来たのは、球根のようだった。といっても、ただの球根ではない。それは、どくどくと脈を打っていたのだ。だから、球根というよりは、カサカサに乾いた心臓と言った方が正確かもしれない。


「次はお前が責任を負え」


 そして、彼は、やはり心地のいい声でそう言った。


「『頭』の子より、お前と、そこの『目』の子の方が、見ていて飽きない」

「あ――、飽きない、とはどういうことですか」


 思わず、そう尋ねてしまう。黙ってこうべを垂れることが得策かもしれないのに。


「誰に慈悲をくれてやろうかと飛び回っている時にあの屋敷が目に入ったんだ。そいつが何やら妙なものを作っているな、と。それで、しばらく観察していた。まだ何の力も与えていないのに、よくもまぁうまいこと作るものだと感心したよ」


 魔法使いは、その当時を思い出しているのだろう、視線を少し上に向けて、つらつらと話し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る