第6話 ここにいてもいい
食事が終わっても、子ども達は屋敷内にいた。
聞けば、二人を育てていた母親がだいぶ前に亡くなったらしく、それからずっと二人で生きてきたのだという。ならば、今日は泊っていくといいと言うと、彼らは首を縦に振ったのだった。
もうおれの顔には慣れたのか、二人はおれのそばから離れようともしない。男の方はニカ、女の方はアルマといって、それぞれ、十二歳と八歳の兄妹らしい。
二人ともかなり汚れたぼろぼろの服を着ていたため、フリィは自分の服をアルマが着られるように直している。ニカには旦那様の服を着せた。どうせしばらく帰って――いや、きっともう帰ってこないだろうから、問題ないはずだ。ただもちろん、かなり大きいので、袖と裾をまくらせ、腰に紐を巻いているが。アルマの方が仕上がったら、こちらも直すのだとフリィは張り切っている。
「――オイ、その包みは何ですか?」
休みなく針を動かしていたフリィが、あの包みに気づいた。彼女の服と、髪留めの包みである。
「ええと、その、これは――」
何も、ただ、「フリィに買ってきたものだ」と言って渡せば良いのだ。そんな簡単なことのはずなのに、言葉がうまく出てこない。
「開けてもよろしいですか?」
恐らく、いつものように食材の類だと思ったのだろう。それらを使うのはフリィだから、いつもこの手の包みやら袋やらを開けるのは彼女なのだ。おれはただ『買ってくるだけ』なのである。
「えっと、いまは駄目だ。後で。その、針仕事が終わった後で」
「わかりました。傷んだりしませんか? 貯蔵庫に入れなくても大丈夫でしょうか」
「ああ、これは……傷むとか、そういうことはないやつだから、心配はいらない」
どうしてか、そんなことを言った。
別に、手を止めさせても良かったはずだ。
ニカもアルマも、サイズは大きすぎるものの、服は着ているのだし、暖炉の前に座っているから凍えることもない。だから、そう、休憩がてら、包みを開けても良かったのだ。そしたらきっと感想のひとつでも言って、もしかしたら、いますぐ着てみてもいいか、なんて流れになるかもしれない。ああそうだ、きっとそうなるはずだ。そうなったら、二人の服が出来上がるのが遅くなってしまうから、それはちょっと良くないかもしれない。
もちろん、そこまで考えたわけではない。
だけど、何となく、これは、もっと落ち着いた時間の方が良いんじゃないかと思ったのだ。例えば、そう、ニカとアルマの身体を拭いてやって、寝間着を着せ、ベッドに寝かせてからでも良いのではないかと。
「旦那様」
暖炉の前で頬を真っ赤にしていたアルマが、おれを見上げた。
「おれは『旦那様』じゃない」
「それでは何とお呼びすれば良いのでしょう」
「『オイ』で良い。フリィもそう呼んでる」
「オイ様」
「だから、『オイ』で良いんだ。おれは『様』なんかつけられるようなやつじゃないんだ」
「では、『オイ』」
「そうだ。それで良い。それで――どうした」
「ありがとうございます」
アルマがそう言って頭を下げると、その隣で、やはり頬を真っ赤にしていたニカも慌ててそれに倣った。
「何だ。おれは何もしてないぞ」
「してます。暖炉、あったかいです」
「そうだな。それは火が燃えているからだ。だから、火に感謝するといい。おれじゃなくて」
「でも、この暖炉に火を入れてくれたのは、オイです。だから、火じゃなくて、オイに感謝したいんです」
「変なことを言うやつだ。別に、マッチを擦っただけじゃないか。何も特別なことじゃない」
首を傾げてそう返す。
もしかしてこの二人は『マッチ』というものを使ったことがないのかもしれない。そうだな、確かにこれくらいの子どもにはちょっと危ないかもしれないな。成る程、使ったことがないから、あれがどんなに簡単なのかわからないのだ。こんなおれみたいなやつでも扱えるくらい簡単なのに。
「変なことじゃないです」
そう言ったのはニカだった。きちんと座り直して、背筋をぴんと伸ばしている。
「僕達の周りにいる大人は、僕達をこうやって家に招いてはくれませんでした。食べ物を分けてくださることもありませんでした」
そんなことを言って、ニカは、床に手をつき、深々と頭を下げた。
「やめてくれ。そこまで感謝されることじゃない。ここは旦那様の屋敷だし、この暖炉だって、旦那様のものだ」
「だとしても、招いてくれたのはオイです。僕達のために火を入れてくれたのもオイです」
「参ったな。おれはそういうのに慣れてないんだ」
何度も交互に頭を下げる二人に、頼むからもうやめてくれと懇願する。尻の辺りがむずがゆくて仕方がないのである。
二人の身体を丁寧に拭いて寝間着に着替えさせると、アルマが目をこすり始めた。そろそろ休んだ方がいいかもしれないと判断し、空いている部屋に二人を案内する。
ベッドはひとつしかないのだが、子どもが二人並んで寝ても余裕のあるサイズなので、問題はなさそうだ。どうやら二人はいままでもひとつのベッドで身を寄せ合いながら眠っていたようで、その方が落ち着くらしい。
「ゆっくり休め。朝食の時間になったら起こすから」
そう言ってドアを閉めようとすると、ニカがむくりと起き上がり、「よろしいのですか」と聞いて来る。
「よろしいも何も。お前達がいいなら、おれはかまわん」
ありがとうございます、という声が聞こえたのを確認してから、こほん、とひとつ咳払いをする。
「それと――、もしお前達がいたいのなら、ここにずっといてもいい」
そう付け加えた。
もし。
もし本当に、いたいのなら。こんなおれとでも。
「よ……よろしいのですか」
おそるおそる返ってきた声はニカのものだった。アルマの方はもうすでにしっかりとまぶたを閉じてしまっている。
「好きにすればいい。ここにいるのも、出ていくのも、お前達の自由だ」
それだけ言って、慌ててドアを閉める。
ありがとうございます、と聞こえた気がするが、おれはその言葉に慣れていない。顔中がぴりぴりと引きつっているのがわかる。さぞかし醜い形相になっているだろう。そんなものを見せるわけにはいかない。
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