第4話 第二王子
アルフレッサ王国の第二王子であるケイン王子は、今年十七歳の誕生日を迎えた。
強く、理知的かつ正義の存在であるがための英才教育を生まれた時から受け、多少の事には動じないケイン王子であったが、それでも苦手なものの二つや三つはあった。
毛虫、玉葱、そしてクラスメイトのサンドラ嬢である。
公爵令嬢と毛虫を同類にしては失礼なのだが、事実は事実なので仕方ない。
サンドラ嬢は、確かに周囲が言うように美しくはある。表情に気の強さが滲み出てはいるが、その整った顔だちは貴族学園の他の誰よりも美しい。
顔だけでなく、スタイルも抜群だ。胸は豊かなのに胴回りは細く、ツンと上がったお尻の形の良さはドレスの上からでも一目瞭然である。
しかし、その容姿の良さを鼻にかけた態度をケイン王子は嫌悪していた。
王子を見つけて近寄って来る時の猫なで声も気に障ったし、学園でわざわざ胸を強調する服を着て、その胸をわざと押し付けてくるのも堪らなく嫌だった。
もちろん、そんなサンドラ嬢の策略にまんまとはまり、大きな胸に眼が釘付けになる自分自身はもっと嫌いだったが……。
いずれにせよ、公爵家の令嬢で貴族学園のクラスメイト、そして今回の落馬事故の現場に居合わせていたとなれば、王国の第二王子として一度は見舞いに行かねばならない義務がある。
昨日意識が戻ったと聞いて、ようやく重い腰を上げたのだった。
「王子、気が乗らぬご様子であられますね」
王国軍将官の子息であり、ケイン王子の幼なじみ。そして、学園のクラスメイトで、王子の警護筆頭でもあるブレードが声をかけた。
王子は不満そうな顔をする。
「プライベートでその言葉遣いはやめてくれ。やはり分かるか?」
「もちろん。ケインは行きたくない所へ行く時は、座席に浅く座って背にもたれ掛かるだらしない格好だからね」
「よく見てるなぁ」
馬車の中で二人きりの時、ケイン王子とブレードはただの友人に戻る。
「サンドラ嬢のお見舞いが、そんなに憂鬱か?」
「ブレードだけに言うが、正直憂鬱だよ」
「あれほど美しい女性はめったにいないぞ」
「それは認めるさ。だけど、あれほど性格の悪い女性も他にいないだろ?」
ところが、ブレードは車窓を流れる美しい麦畑に視線を移すと、その言葉には返事をしなかった。
「相変わらず狡い奴だなぁ」
ケイン王子はため息をついた。
馬車を降りたケイン王子を、公爵家は屋敷にいるもの全員で出迎えた。
使用人が左右にずらりと並ぶ中を、マリー公爵夫人が進み出る。
「まあま、ケイン様。娘のために遠くまでお越し頂き、深く感謝申し上げます」
マリー侯爵夫人は聡明な人格者として知られる。夫である侯爵は、温厚で頭脳明晰、経営手腕に長けた人物だ。なぜこのような両親に、サンドラのような我がまま娘が育ったのか、ケイン王子は不思議に思っていた。
「お出迎えありがとうございます、公爵夫人。しかしながら、本日はサンドラさんのクラスメイトとして、ブレード君とお見舞いにお伺いした次第です。あまり大袈裟にしないで頂ければと」
長い使用人の人垣を見ながらケイン王子は言った。
マリー夫人は恐縮して頭を下げる。
「誠に申し訳ございません。実はサンドラなのですが、意識は戻ったものの、それからは……何と申しますか、時折奇行がありまして……最初だけでも失礼が無いようにと思い……」
しどろもどろの公爵夫人に、ケイン王子の眼が光る。渋々来た見舞いだったが、面白いことになっているのかもしれない。
見ると、ブレードの眼も好奇心で輝いていた。
「奇行、ですか。我々は別に気にしませんので、ご心配なく」
「ありがとうございます……では、どうぞこちらへ」
不安げな公爵夫人とは逆に、ケイン王子とブレードは喜々と公爵邸へと入って行く。
ケイン王子が公爵邸を訪問するのは、これが初めてではない。何年も前に一度、伯爵家の何かのパーティーに招かれた事があったのだが、サンドラの自慢話を延々と聞かされた記憶しかなかった。
決して愉快な思い出ではないが、今ほど押し付ける胸が膨らんでいなかったのだけが救いだったと言える。
「それにしても、奇行とはどのような?」
ケイン王子の問いに、マリー婦人の目が泳ぐ。
「なんと申しますか……別人なのです。まさに別人。お医者様は、時間が経てば元に戻るだろうと仰っていますが……」
長い廊下を歩いて行くと、女性の笑い声が響いてきた。
サンドラの声ではない。
「この声……まさかシルビアさん?」
横でブレードも頷いている。
マリー夫人が答えた。
「ええ。サンドラが落馬してから、泊まり込みで看病していただきました。シルビアさんには感謝しかございません」
「なるほど、だから彼女まで学園を休んでいたのですね」
だが、納得できない部分もあった。
性格の良くて頭も良いシルビアは学園の人気者だったが、その事をサンドラは快く思っていなかったはずだ。と言うより、露骨に毛嫌いし、嫌がらせまでしていたではないか。
サンドラは、身を削って看病したからといって、素直に感謝するような性格ではない。むしろ、人の好意を逆手に取り、言い掛かりを付けるタイプである。
それなのに、あのシルビアの楽しげな笑い声はどうだろう。まるで心を許した旧知の友と過ごしているかのようではないか。
念のために聞いてみる。
「他にも、どなたか?」
「いいえ、シルビアさんだけです」
やはり、シルビアを笑わせているのはサンドラで間違いないらしい。
公爵夫人が部屋の扉を開くと、長椅子にサンドラとシルビアが並んで座っているのが見えた。
それはまるで、幼い頃からの親友同士が仲良くしているといったのどかな風景だったが、ケイン王子とブレードの胸は、想像を超えるものが見られるかもしれないという期待に高鳴っていた。
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