02-abuse(1)
ガサガサ鳴るビニール音から逃げる。縺れる足を必死に動かして、逃げる。でも、逃げた先は、
「ザーンネン、行き止まりー」
笑う男に、身が震える。少年は考えた。どうしてこんな時間にこんな道を通ってしまったのか、と。
「おい、後悔すること間違ってんぞ」
髪を掴まれ、顔を持ち上げられる。そして、後ろの壁に打ちつけられた。高い、悲鳴が上がった。
「うるせぇな、静かにしろよ。見つかったらどうする」
機嫌を悪くして見せた男が、どこからか出した布切れを少年の口の中に突っ込んだ。
「お前が後悔するのは、
目を鋭く細める。少年からは呻き声が聞こえる。ガタガタ震え、涙と汗でぐちゃぐちゃになった少年を見て、男が少し笑った。
「ちゃんと後悔しろよ。正しく、な」
男がナイフを振り下ろした――
「何回目よ」
「三回目です」
真面目な顔で答えた
「送り迎えしてあげなよ。笛地の担当だし。心配じゃない」
「まあ、命に関してはここにいる誰よりも安全だけどねぇ」
いいなーこれ、と言いながら灰色の作業服の袖を引っ張る。
「いや、悪いんで」
「あ、じゃあ雇ってよ」
雇う? と聞き返してから、少し思い出してみている。財布を返しに行った先で、見返りならと押し付けていたビラ。あれは確か……口の中で呟いたあと、今度は口を開いた。
「何でも屋、でしたっけ」
「そうそう。中々まともな仕事は見つからないんだよ」
わざとらしく溜め息を吐いて、頬杖をつく。行儀悪い、と
「どうした?」
「いや、人の気配がして」
気配? と
(この距離で人の気配なんて、普通感じ取れるだろうか……?)
首を傾げる笛地の横をするりと通り過ぎて戸端にとびかかったのは、
「角道、戸端くんの首絞めないでね」
ぎゅっと絞まっていた腕が少し緩む。途端、戸端が咳込んだ。どうやら、栖田の制止は手遅れだったらしかった。
「……死ぬかと」
「ごめんなさあい。まあ、僕の得意分野なんでね」
「絞めるのは虐待したヤツだけでしょ。戸端くんを絞めないでよ」
そんな会話をしているうちに、笛地がウトウトし始める。最近毎晩のようにパトロールしていたから、という言い訳と、遊びに来ないで寝ていればよかった、という後悔に挟まれながら眠気に誘われる。どうしたって抗えない欲求に、考えていたことがかき消されていく……そして、そのまま落ちる――
「あー限界きたか」
「あんまり寝てないって聞きましたけど……」
「パトロールがねえ、効果出てなくて」
「そうなんですか」
パトロールすると決めてから、今日に至るまでの約一週間で毎日パトロールをしていたのにも関わらず、『悪ガキ殺し』は少なくとも四件起こっていた。悲鳴の一つでも、と考えた者も多かったが、結局は無法地帯なのだ。悲鳴なんて
カウンターに突っ伏してすっかり眠りこけてしまった笛地に、栖田がどこからか出してきたブランケットを掛ける。子供のようにブランケットを握って包まる姿を見て、その場が一瞬和んだ。
「戸端くんにも付き合ってもらおうかと思ったんだけど、朝早いよね?」
「はい……それに、多分僕じゃ力不足だと……」
「いやそこは、目があった方がってだけだし、
「確かに、いつ見ても眠そうではありますねぇ」
「絶対見つけ出して、見つけ次第、落とす」
「おと……?」
「気絶させるんですよ。栖田さんは殺人担当だから」
首絞めたり、鳩尾殴ったり……と指折り数え始めた角道に、戸端は思わず身震いした。
「あの、この間から思ってたんですけど、担当って?」
「あれ、そっからですか?」
驚いた声に、そうだったねぇと呑気な声を重ねた栖田が説明を始める。
かつて、自分や自分の大切な人が被害に遭った者たちが、その時と同じまたは似た罪状の犯人を絶対に許すことなく痛みを返す。
その方法は人それぞれ違うが、一つだけルールがある。人を殺さないこと。皆をまとめているのが栖田で、彼は殺人担当――過去に妻と子供を殺されていた――なのだ。だから彼はそのルールだけは譲らない。彼を見ているから周りも殺人で解決しようとはならない。
だからこそ、『悪ガキ殺し』が許せないのだろう。罪を犯したからといって、殺すことで罰を与えようとすることも、その対象が子供だということも。
「そう、だったんですか」
絞り出すようにそう言った戸端の顔色が悪い。脂汗が吹き出し、震えてもいる。右手で左腕のあたりを掴む。
そして、下を向いたまますみませんと呟いて店を飛び出して行った。
「何です、今の」
「うーん。やっぱり、戸端くんなんか知ってるかも。誰かをかばってんのかな」
取り残された二人が黙ってしまえば、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます