01-theft(4)
「まずは、これから」
そう言って、
ここだ、そう言って止まった場所で周りをキョロキョロ見渡せば、家にあまり生活感がない。本当にこの辺に人が住んでいるのだろうか、と笛地の顔を見上げるが、気にせず敷地内に入っていく。
「この街の常識、裕福に見られないようにすること。これ大事だから。少しでも他より裕福に見られたら、良い餌になっちゃうから」
「物騒ですもんね」
「そうそう。見栄より自衛が大事ってこと」
そう言いながら扉の前に立つと、思いっきり叩く。ごめんくださーいと柔らかい声で呼びかければ、チェーンをかけたまま住人が顔を覗かせる。
どちら様ですか。警戒した声に、笛地は満面の笑みで答える。
「どうも、窃盗担当です。
窃盗担当という聞き慣れない言葉に
「まあ、扉はそのままでいいので、こちらのご確認をお願いします」
財布を隙間から滑り込ませるように渡すと、住人がそれを受け取って中身を確認する。
「持ち主を特定するために少し中は覗きましたが、それ以外は手をつけていませんし、掏児も狩りの最中だったようなので、何もなくなっていない筈なのですが」
そう笛地が話している中、住人は黙々と中を確認し続けた。そして、手を止めるとそこから紙幣を一枚取り出して渡してくる。どうやら謝礼のつもりらしい。
「いえ、依頼されて取り返したとかではなく、偶然居合わせたから取り返しておいただけに過ぎないので、そういうものは……」
手のひらを向け、拒否し続けるが中々引かない。見返りを求めない行動は怪しまれるのがこの街らしい。中々引かないのを悟った笛地は、ポケットの中から紙切れを取り出す。
「じゃあ、これ。宣伝するなり利用するなりしてもらえません? 何でも屋やってるんですよ。こんな街じゃ仕事少なくて。ね、お願いします」
差し出された紙幣の上に乗せるように渡すと、住人の方が折れた。実際、彼女にも金銭的余裕はないのだ。それをよく知っているからこその対応だった。
戸端は改めて思った。とんでもないところに来てしまった、と。
その後も振り回されるように、家を回った。どこの持ち主も似たような反応で、これが常識なのだと刷り込まれていった。どの家でも、どの人でも、笛地の対応は変わらない。物腰の柔らかい物言いと、踏み込みすぎず踏み込ませない笑顔。この街を上手く生きる為の一つの
五つ全ての財布を返し終わって、解散だろうかと帰ろうとした戸端を捉まえた笛地は、もう見慣れた満面の笑みを浮かべて言い放った。
「もう一軒、ね」
腕を引くようにして、また廃れたバーに戸端を連れ込む。ここ覚えてるでしょ、と声をかければゆっくり頷いた。あれ、あんまり来たくなかった? とふざけたように聞けば、今度は首を傾げた。戸端には、自分でも分からないことが多いようだ。
「こんばんはー」
戸端のことは気にせず、楽しそうに中に入っていく。戸端はほぼ引きずられているだけだった。
店の中には、マスターである
「いらっしゃい。体調はどう?」
「は、すみません。お世話になったのに慌ただしく出てしまって……」
「いいのいいの。仕事だったんでしょ。それより、あれ酒じゃなかったんでしょ?」
「あー、あんまり眠れてなくて、たぶんそのせいかと」
困ったように笑う戸端を見て、栖田と
依砂が何か言いたくない事情があるのではないかと、二人に目配せをして止めた。
「あー、笛地とは偶然会ったの?」
「フエジ?」
「あれ、名乗ってなかったっけ?」
笑いながら笛地が首を傾げると、栖田が呆れた顔は崩さずに、三人の名前を紹介していく。その名前を、繰り返しながら頷いて頭に入れていった。その様子を依砂がじっと見ているが、戸端は特に気にした様子もなく、促されるまま依砂から二つ分空けて椅子に座る。笛地は二人の間、戸端の真隣に座ってカクテルを注文する。その注文を無視して水を置かれると、うっかりしていたと笑う。戸端の方は水でと言えば不満そうな声が返ってきた。
「戸端くんはお客さんなんだから、お酒飲んでよ」
「すみません、お酒飲めなくて……」
「あ、そうなの? じゃあ紅茶か珈琲どう?」
「それなら、紅茶で……」
控えめにそう頼むと、りょーかい、と軽い口調で返事があった。
そして、紅茶を待つ間にと笛地が次々と
「戸端くん、その作業服ってさやっぱり……」
「あ、はい。生活管理局に勤めてます」
この街にとっての生活管理局というものは、生活する上でなくてはならない組織だ。生活する上で必要な物のほとんどをこの組織が管理しているのだ。
戸端が作業服を普段使いしているのは、その方が安全だからである。この組織が機能しなくなった瞬間に、この街では生活が出来なくなる。しかし、この街の住人のほとんどが特別手当――この街で暮らすことを条件に国から支給される手当だ――を当てにして生きているので、この街から離れるという選択肢はほぼないのだ。
だから、作業服を着ている方が命に関わるような犯罪のターゲットにされにくい。まあ、
「じゃあ色々安心だよね」
「そうですね、それなりの生活はさせてもらってます」
給料も、社宅も、それなりの生活は保障されている。この街で一番安定した生活を送れる職業の一つなのだ。その分、狭き門なのである。
「でも、すごいよね。なかなかなれないよ」
「あー、前働いていたところからの移動という形をとってもらったので」
「じゃあ、外でも公務員だったんだ」
あれ、そういえば
「あれ、お客さん? 珍しいですね」
その男は、昨日もここを訪ねたイケメンだ。昨日は
「
栖田が笛地を無視して声をかけると、角道は
「最近引っ越してきた戸端くん」
「よ、よろしくお願いします」
「僕は角道、虐待担当です」
虐待……言葉をインプットさせるように口の中で呟いていると、笑顔の角道に何歳なんです? と聞かれる。
「二七です」
「は? 年上? くんじゃなくてさんじゃん」
答えた戸端にみんな驚きの声を上げたが、一番ひどかったのは笛地だった。年下としてさんざん接してきてしまったからだろう。
一方、訊ねた角道といえば笛地の反応に爆笑していた。腹を抱えてひぃひぃうるさい角道の頭を軽く叩いた栖田が溜め息を吐く。そして、ごめんねぇと戸端に紅茶のおかわりをサービスする。
「この後ぞろぞろ人が来るだろうけど、気にしないで好きなだけいてね」
「いえ、これを頂いたらすぐに帰ります」
すぐにでも腰を浮かせそうな勢いで、そう言った
そんなやり取りを眺めていた
みんなが出かける予定なのだと察して、焦りだしたのである。
「ちょっとパトロールに行くだけだから気にしなくていいよ」
「パトロール、ですか?」
「そうそう。最近子供がよく殺されてるの知ってる?」
「この街はいつだって物騒なんだよ」
笛地が呟くように零す。それには戸端も含め全員が同意できることだった。
「僕も、これで……」
勢いよく頭を下げて出ていく戸端を見送った残された二人は顔を見合わせる。
「戸端くんのこと疑ってたでしょ」
「そっちこそ」
「タイミングがタイミングだもん、疑うよ」
事件の絶えないこの街だ、正確にいつからと言えるものではなかったが、大体手口や共通点を並べてどこまでが同一犯であるかは予測がつく。『悪ガキ殺し』が始まり、噂が立ち始めて彼らの耳に届いた頃、笛地が戸端を拾ってきた。偶然と言えるのだろうか。
「嘘は吐いてなさそうだったよね。それに右利きっぽいし」
「確かに、ねえ。あの不自然に記憶が飛んでるのも嘘だと思ったんだけど……あれで嘘なら相当な役者だよね」
「
口々に意見を重ねていく。ここでいくら考えたところで、明確な答えなんて出ることはないのだが、それを気にすることなく盛り上がっていた。
そしてこの夜、推定九件目の『悪ガキ殺し』が行われた。
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