妖精の話をしよう(6)
翌日のマリオンは元気だった。
昨日のことが嘘のように、元気だった。
「――ああ、閣下。ごきげんよう。またお会いしましたね」
昨夜と同じ、劇場前広場の廃ベンチ。昨日と違って、まだ日の高い午後。
半ばおそるおそるやってきた私に、彼女は思いがけずはきはきとした声で挨拶をした。
「昨日は約束もできませんでしたから、もうここにはいらっしゃらないものかと心配でした。お会いできてよかったです。……いえ、会いたかったかというと、できればもう二度と会いたくはなかったのですが」
そう言いながら立ち上がる彼女の表情は、苦々しくも明るい。
態度にも危うさはなく、空元気という様子もない。瞳は力強く、昨日の悲しみは余韻すらも見えなかった。
「できればというか、本当はまったくというか、私の恥というか、一生の不覚と言いますか……」
ぐぐ、と悔しげにこぶしを握り締めるマリオンに、私は唖然と立ち尽くす。
立ち尽くしたまま、思わず自分の目もこすってみる。
しかし依然、見えるのは力強い少女だけである。
追い求めていた珍獣、もとい妖精の、思い描いていた通りの姿である。
――…………私は、幻でも見たのか?
あの夜に見た儚さはなんだったのだろう。脆く壊れそうな少女の涙はなんだったのだろう。
翌日になっても気がかりで、彼女の言う通り約束もないままに、廃ベンチを覗きに来た自分が、いっそ滑稽に思えてくる。彼女の方は、もう二度と会いたくないとさえ思っていたというのに。
「まあでも、いらしてしまったものは仕方ありません。閣下にはご迷惑をおかけしましたし、一応その後の顛末をご報告しておくべきかと」
「顛末……」
私の呟きに頷くと、マリオンはベンチに再び腰かけた。
そのままトントンと自分の隣を叩くのは、座れと言うことなのだろう。
私は未だ化かされたような心地で、一人彼女の横に座る。
護衛たちはいない。周囲に待機させてはいるが、ここには今日も二人きりだ。
揺れる木漏れ日の下で、彼女は口を開く。
「結局、あのあと――――」
あのあと、夜になっても戻らない令嬢に屋敷が大騒ぎだったことはさて置いて、とにかくその後。
一通りの騒動が落ち着き、就寝のころになって、マリオンの部屋を訪ねてきたのは、ことの原因である妹だった。
まだ十三歳の、聖女修行のために神殿に通っているという妹。普段は仲の良い妹に、このときばかりはマリオンも身構えた。
喧嘩は継続中。マリオンは、まだ妹と向き合えるほど気持ちの整理がついていない。
腹は立っていた。傷ついてもいた。気まずさもあった。成人しているとはいえ、マリオンはまだ未熟な十六歳だ。姉だからと妹のすべてを受け流せるほど大人ではない。
言い争いになるだろうと思っていた。
このときのマリオンは、妹に優しくはなれそうになかった。
だが――――。
「――あの子、真っ先に謝ったんです。ごめんなさいって、お姉様の気持ちを考えていなかったって、こんな花束までくれて」
マリオンはそう言って、小さな花束を示す。
あまり上等には見えない、ピンクの薔薇の花束だ。いかにも手製感あふれるそれを、しかし彼女は大切そうに握りしめる。
「聖女修行をしているからか、お金のかかるものより、自分の手で作った方に価値があるって考えるんです、妹。それで、私が屋敷に戻ったあとで、庭に出て一人で花を選んでいたみたいで。翌朝、庭師が悲鳴を上げていました。一番いいところだけ摘むものだから」
くすくす笑って、ため息。
首を一つ振ってから、彼女は少し悔しそうに、それ以上に眩しそうに目を細めた。
「私より、あの子の方がずっと大人だったわね。――そういうわけで、問題は解決しました。閣下には、大変なご迷惑をおかけしました」
「ああ、いや」
深く頭を下げるマリオンに、咄嗟に私は自分の手を背に隠す。
正確には、手に持っていた『手土産』だ。
慰めが必要かと思っていた。
あまり高価なものではかえって受け取りにくいだろうからと、選んだのは道中の露店で見つけた花飾り。
他意はない。他意はないが、今はとても渡せない。
妹の用意したプレゼントには、どう考えても勝ち目がないのがわかりきっていた。
「それで、さすがに今回で二度目ですので、なにかお詫びが必要ではないかと思いまして。私が閣下にして差し上げられることなんて、たかがしれていますけれど」
こちらの不審な動きには気づかず、マリオンは改まったようにそんなことを言う。
背筋を伸ばし、まっすぐにこちらを見つめる目に、私は少し――――少しの間、たぶん、見惚れていたのだと思う。
最初に会ったときは、着飾ったドレス姿で元婚約者を投げ飛ばしていた。
次に会ったときは、冷たい夜空の下で弱々しく泣いていた。
妹を語る表情は優しく穏やかで、今は木漏れ日を浴び、明るく清々しい。
なんていたずらなのだろう。
まるきり、人を惑わす悪い妖精だ。
「詫びか……」
私は観念して息を吐くと、マリオンの目を見つめ返した。
周囲の緑は濃くなり、吹く風に夏のにおいが混じる。
もうじき初夏も過ぎ、社交シーズンが終わる。そうすれば彼女は自領に戻り、来年まで王都に来ない。
一年も経てば、この些末な出来事は忘れられてしまうだろう。
その前に、だから一つ約束が欲しかった。
「それなら、またここに来てくれないだろうか」
まだ、この妖精に惑わされていたい。
もっと、彼女のいろいろな顔を知りたい。
いつから、どこからなどと考えても仕方ない。花飾りなんて買った時点で、本当は気が付いていたのだ。
彼女を知りたいと思うこの気持ちは、もう単なる好奇心ではないことに。
(終わり)
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聖女様に醜い神様との結婚を押し付けられました 赤村咲 @hatarakiari
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