ある日の変化の後日談

 結局、あの日の変化はなんだったのだろうか?


 のちのち、神様に聞いたところによると。


「――――クッション」

「はい、クッション」


 たぶん、と付け加えて、今やすっかりぷにぷにさを失った人型の神様が頷いた。

 神殿の大事件を経て、落ち着きを取り戻しつつある夏の日。未だ間借り中の貴賓室にて、神様は思い出すように首をひねる。


「あの頃は無自覚でしたが、無自覚だからこそ体に影響が出やすかったようです。エレノアさんは硬めのクッションがお好みだと聞いて、思わず望んでしまったのでしょうね。エレノアさんにとって、望まれるような自分になりたいと」

「い、いやいやいやいや、待ってください!」


 どことなく恥じらうように語る神様を、私は慌てて制止する。

 どうしたのかと不思議そうに神様は瞬くけれど、むしろ不思議なのはこっちの方だ。


 なるほど、以前の変化は神様が望んだから。最高神である神様なら、そういうこともあるのかもしれない。

 しかし待て。それ以前の問題として、根本的な部分でおかしな部分がある。

 確かに、かつての神様はもちもち滑らかだったものの――――。


「そもそも私、神様をクッションとして望んだことないですよ」

「えっ」

「えっ」


 えっ。


 と見上げる神様の顔には、驚きと戸惑いが浮かんでいる。

 まったく予想外のことを言われたとでも言うような、信じられないとでも言いたげなその表情に、私もまた信じられない気持ちで目を瞬かせる。


 ――いえ、だって、神様をクッションにだなんて、なんでそんな誤解が……?


 などと考える私の頭を巡るのは、めくるめく神殿での日々のことだ。

 最初のうちはともかくとして、少ししてから神様はやわらかくなった。もちもちの体を突いたりもした。揉みしだきもした。

 だけど、いくらなんでもクッションみたいに尻に敷いたりは――――。


 ――…………したわね。


 記憶がある。いや不可抗力ではあるのだけれど、ロザリーが穢れに変わったあのとき、神様の上に座り込んでしまったことがある。

 しかし、これはたった一度きりのはず。他に神様をクッションさながらに下敷きにしたことなど――――。


 ――…………あるわね。


 ある。いつだったか転んで倒れそうになったとき、神様が下になって助けてくれた。

 このとき、かなり盛大に神様を下敷きにしてしまった。ぷにぷにのぷるぷるに包まれる感触を、今もまだ覚えている。

 いやでも、さすがこんなことはそうそうない。ましてや抱き枕のように、不敬にも神様を抱いて眠るなんてことは――――。


 ――……ある! あるわ!! 全部やらかしてる!!!!!!


 めくるめく不敬の記憶に、私は思わず頭を抱えてうめき声を上げた。

 どの記憶の中の神様も、たしかに見事な低反発もちもち感だった。手触りといい体の沈み具合といい、並のクッションでは歯が立たないほどの心地よさだった。

 つまり神様の誤解は、私のこのやらかし群のせいというわけなのだ。顔から血の気が引いていく。


「す、すみません! 決して私は、神様をクッション扱いしたかったわけではなく……!」

「いいんですよ、エレノアさん。私は気にしていませんから」

「さすがに気にするべきだと思いますが!?」


 いやまあ私の言えた台詞ではないのだけど、いくらなんでも寛容にもほどがある。

 普通の人間だって、他人にクッション扱いされたら腹が立つもの。ましてや神が聖女にされては、天罰の一つや二つでは済まないだろう。


 だというのに、神様はにこやかだ。

 青ざめながらうめく私を見て、少しはにかんだように目を細める。


「いいんです。それだけ、私の傍で安心してくださっていたということでしょう?」

「………………」

「エレノアさん、神殿ではずっと気を張っていらしたでしょう? 私が安らげる場所になっていたなら、それが嬉しいんです」


 む、と私は口をつぐんだ。

 口をつぐんだまま、言葉が出てこなかった。


 神様の目は優しい。以前とはまるで姿かたちが変わっているのに、今も昔も優しくて穏やかな空気は変わらない。

 なのにどうしてか、今は安らげなかった。青ざめた顔に今度は血が上ってくるのを感じる。

 胸がほっと温かくなるような、温かくなりすぎて熱くなったような、落ち着かない心地で、私は微笑む神様から目を逸らし――――。


「だから、気にしないでください。エレノアさんにクッションにされたことも、寝ぼけて体を齧られたことも、私にとっては良い思い出ですよ」

「それ、私の知らない話なんですけど!?」


 逸らしきれずに目を剥いた。

 不敬とかいうレベルじゃない。にこやかに話していい話じゃない。

 良い思い出どころか、私にとっては脅威の恥。令嬢として、どころではなく人間としてやってはいけないことを、今さらりと暴露されたのではなかろうか……!?


「どういうことですか、神様!? 寝ぼけて!? 体を齧る!? 私がそんなことをしたんですか!?」


 熱を持った頭からまたしても血の気が引き、そのくせ羞恥で先ほど以上に熱を持つ。

 もはや熱いのか冷たいのかわからないまま詰め寄れば、神様がたじろいだように身を引いた。


「ああ、いえ、一度だけですよ。それにこれくらい、他に比べれば――」

「他に比べれば!? 他にもなにかやらかしているんですか!?」

「え、ええと、たいしたことじゃないですから……」


 などと苦笑しながら、やんわりたしなめようとする神様を問い詰めた結果。


 告げられた数々の失態に、その後数日間羞恥に悶絶することになったのは、また別のお話である。



(終わり)


――――――――――――――――――――――――

醜い神様コミックス3巻発売中です!

よろしくお願いします~!

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