ある日の変化

醜い神様コミックス3巻発売記念番外編です。

まだ神様がぷにぷにの時代の平穏な話です。

――――――――――――――――――――――――




 きっかけは、ほんの些細なことだった。

 本当に、本当になんてことのないちょっとした一言。

 些細すぎて語るのも恥ずかしいほどに何気ないその言葉は、しかし確かに彼の心を打ち――――。


 結果として、やはり些細な変化をもたらしてしまったのである。


 〇


 そういうわけで、いつも通りの神様の部屋。

 いつものように神様に挨拶をし、いつものように食事をし、いつものように指先一本の穢れの浄化を終えた現在。

 私は浄化のために神様に向き合った状態のまま、しばし眉間に皴を寄せていた。


「…………あの?」


 指先には、先ほどまで触れていた神様の感触。

 目の前には、困惑したように体をひねる神様。


 相変らず人間ならざる丸い体、相変わらず黒々しい体の色、艶のある体表も変わらない。


「あの、エレノアさん?」


 小首をかしげるような、もっちりとした体の動き。私を映す体の光沢。つるんとしていて凹凸のない表面に映る私の姿。


 言葉にすれば、なにもかもがいつも通りだ。

 なのに私は、どうしてか違和感を拭えなかった。


 ――む…………?


 別に、神様の中身が入れ替わったとか、まるで別人みたいだとか、そういう大きな変化ではない。というか、中身はいつもの神様そのままだ。おっとり穏やかで、ぽやぽやな雰囲気そのままに、私を見上げる――ような仕草で体を揺らしている。

 ただ、なんというか、その揺れ方がいつもと違う気がするのだ。


 ――むむむむ………………?


「そんなにじっと見つめられて、どうされました? 私になにか…………?」


 困ったようにそう言って、神様は大きく揺れる。

 いつものように、もちもちぷるぷると――――ではない。ぷるんとした、やわらかな動きではない。

 強いて言うなら――。


「――――あ」


 そこまで考えて、私はようやく違和感の正体に気が付いた。

 気付くと同時に、私は反射的に神様へと手を伸ばしていた。すみません失礼します神様!――と口に出せたかどうかは、定かではない。


「エレノアさ――――え、エレノアさん!? どうされたんです!?」


 慌てる神様の声をよそに、私は彼の体をむんずと掴む。

 手のひらに伝わるのは、いつものもっちりやわらかな感触とは違う。驚き震える神様の体は、ぷるぷるではない。

 今の彼は、もっと張りがあって重量感のある、まるで身の詰まったような――――。


 むっちり、ぼよん、なのである。


「神様…………」


 手のひらに伝わるはちきれんばかりの感触に、私は愕然と神様を見つめた。


 〇


 きっかけは、本当に些細なことだった。

 語るのも恥ずかしいけれど語るとすれば、そもそもの始まりは昨日のこと。

 この部屋を訪ねてきたアドラシオンの聖女リディアーヌが、エレノアと交わした会話である。


『――――抱き枕?』

『そう。眠るときに抱きしめる、クッションのようなものでしてよ。ブランシェット家うちの縁戚の事業で、新しく売り出そうとしているらしいの』


 へえー、と頷くエレノアの前には、リディアーヌが持ち込んだ抱き枕が並んでいた。

 目のない彼には見ることはできないが、どうやら何種類かあるらしい。目移りしているエレノアの気配が感じられる。


『いくつか試作品を渡されたのだけど、処分に困っていてよ。抱きしめて眠ると落ち着くらしくて……あ、あなたが欲しいって言うなら、一つ差し上げてもよくってよ!』

『はいはい、いつものいつもの』


 慣れた調子でリディアーヌをあしらいつつ、エレノアはクッションに手を触れていく。

 リディアーヌが振り向き、『クレイル様も、よろしければ』と告げた言葉に、のこのこもちもちと這い寄ろうとしたときだ。


『…………うーん、これはちょっとやわらかすぎるわね。クッションなら、少し硬めの方が好みだわ』


 その言葉に、這い寄りかけた体がぴたりと止まる。

 エレノアが今しがた手に取ったクッションは、もっちりとしてやわらかい、彼そっくりの弾力を持っていたのである。


 〇


 そして現在、彼はエレノアに体を掴まれていた。

 両側からがっしと掴まれ、確かめるようににぎにぎと揉まれ、彼は思わず身を強張らせる。

 エレノアの手つきにおののいたわけではない。いやおののいていないとは言わないが、今はそれよりも、奇妙な緊張の方が上回っていた。


 彼自身、自分の変化には無自覚だ。変わりたい、と思ったときには変わっている。

 ごく当たり前に、滑らかに、人が呼吸をするのに無自覚なように、今の彼は張りのある姿に変わっていた。


 それでも、無自覚なりに期待をしていたのだろう。

 今の自分は、『やわらかすぎる』と言われないだけの体だろうか。彼女の気に入る硬さになっているだろうか。夜一緒に眠るのであれば、あのクッションよりも今の自分の方が――――。


「神様」


 無自覚の思考を遮り、エレノアが口を開く。

 しっかりと体を掴まれたまま、じっと見つめられている感覚がある。

 こちらがたじろぐようなまっすぐな視線に、不安と期待と緊張がないまぜになる。

 知らず、ない口でごくりと唾を呑む彼を見つめたまま、エレノアはしばし悩ましげに眉根を寄せ、息を吐き、息を吸い――。


 たっぷりの間の後で、渋い顔でこう言った。




「――――――――――――もしかして、太りました?」







 〇


 翌朝。

 謎の悲しみとともに、彼の体はいつものぷにぷにに戻っていた。

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