15話

 私の言葉にルフレ様の顔から笑みが消える。

 ただ虚を突かれたように瞬き、視線をさまよわせ――言うべき言葉に迷うように、口元を歪ませた。


「あ……えっと……マジかよ……」


 彼の声に、先ほどまでの勢いはない。

 落ち着かない様子でバスケットを抱え直し、おそるおそる私を窺い見る。


「……わ、悪かったよ。俺、そんなつもりじゃなくって……」

「いいわよ、別に」


 珍しく神妙なルフレ様を横目に、私は「フン」と複雑な息を吐く。

 実際のところ、なにも良くはないけれど――まあ、彼のこの顔を見られただけで、いくらか溜飲は下がった。


「ルフレ様のせいではないもの。私が大人しくないのも、かわいくないのも事実だし」

「そ、そんなこと……! ちょっと言い過ぎただけで、そこまでじゃ――」

「――もちろん、大人しくしているつもりもないし!」


 ごにょごにょ口ごもるルフレ様を横に、私はぐっと拳を握る。

 ルフレ様が反省してくれたなら、もうこれ以上は彼に文句を言うつもりもない。

 それより大事なのは、エリックをどう泣かせてやるかということである。


「かわいくなくて結構! 一方的に婚約破棄したこと、後悔させてやるんだから! 私が大人しくなくて、かわいくなかったこと、思い知るといいわ!」


 涙ながらに首を垂れ、『婚約破棄を取り消してください!』と縋りつくエリックを想像し、思わず「くく……」と邪悪な笑みが漏れる。

 まあ、具体的に思い知らせる方法はまだ考えていないのだけども!

 私になんの落ち度もないことは事実なのだし、アマルダが一方的に聖女を押し付けた事さえ証明できればなんとかなるはず。


 となると――。


 ――弱気なお父様を蹴っ飛ばして、真実を吐かせればいいってことね!


 真実を知りつつも、たぶんエリックの圧に負けて言い出せない父を、こっちから脅してやればいい。

 要するに、物理で解決できる話だ。

 単純明快。実に心地の良い手段である。


「……なんだ」


 力強くうなずく私の横、ルフレ様がぽつりと吐き出す。

 そのまま一瞬だけくしゃりと表情を歪め――しかし、彼はすぐに首を振った。


「なんだよ、お前! ぜ、ぜんぜん元気じゃねーか! 婚約破棄されてその態度って、お前の性格どうなってんだよ!!」


 再び私に向けた顔には、先ほどまでの殊勝な態度などかけらもない。

 顔にはいつもの生意気さが戻っていて、そのうえ言葉は顏以上に生意気だった。


「普通、もっと落ち込むだろ! 泣いたり、へこんだりするだろ!? そんなんだから、かわいくねーんだよ!」

「悪かったわね! これでも人並みに落ち込んではいたのよ!」


 ルフレ様の声に釣られ、私もついつい怒鳴り返す。


 私だって、婚約破棄になにも思わなかったわけではない。

 悔しくて、腹が立って、居ても立っても居られないくらいには落ち込んでいた。

 どうせ私はかわいくない。アマルダと私なら、そりゃあアマルダを選ぶわよ!――と、やさぐれていたけれど。


「でも――慰めてもらっちゃったもの」


 すっかり荒れて、やけくそになっていた私の話を、聞いてもらった。

 私の憧れを、笑わずにいてくれた。

 悲しくて悔しい気持ちを、否定しないでくれた。


 ――笑い飛ばしてくれたってよかったのに。


 ゆっくりと瞬きをすれば、背中越しに聞こえた声がよみがえる。

 あんな風に、真面目に言われてしまっては――私も、いつまでも落ち込んではいられない。

 ぎゅっと一度目を閉じると、私は大きく息を吸いこんだ。


「慰められたからには、こっちも元気を出さなきゃだわ! 前向きに、元気に――ひねりつぶしてやるんだから!」

「ひねりつぶすって! こわっ!」


 私の言葉に、ルフレ様がぎょっと後ずさる。

 私から少しばかり距離を取りつつも、しかし口から出るのはやはり腹の立つ罵倒である。


「どこのどいつだよ、こいつを慰めたアホは! まさか男じゃないだろうな!? 物好きすぎるぞ!」

「物好きで結構! それ以上言ったら、あなたもひねりつぶすわよ!」


 と言いつつ、内心ではすでにぎゅっとひねっている。

 この神は、いずれエリックともども泣かせてやらなければなるまい。


「いいじゃない! 物好きでもなんでも、私が嬉しかったんだもの!」


 ひねりつぶす代わりに両手を握りしめ、私はぐっと唇を噛む。

 きっと神様は物好きでもなんでもなく、誰に対してもあんな風に真剣に答えてくれるのだと思う。

 別に特別なわけじゃない。真面目で優しい神様が、彼らしく慰めてくれただけ。


 ――でも。


 それでも私にとって、彼の言葉は特別だったのだ。


「あんな風に言ってもらえたの、はじめてなんだから……!!」


 思いがけず力の入った声が、夜の神殿に響き渡る。

 どうせすぐに、またからかわれるのだろう――と覚悟したけれど、次の言葉は帰って来ない。

 代わりに耳に痛いほどの静寂と、風の音が響く。


 ――ルフレ様?


 どうしたのかと顔を上げれば、無言で瞬く彼と目が合った。

 いつもの馬鹿にした笑みはなく――端正な顔に浮かぶのは、どこか虚をつかれたような、戸惑ったような表情だ。


「…………な、慰められて嬉しかったって」


 だが、その表情も一瞬だ。

 彼はすぐに私から顔を逸らし、不機嫌そうに口を曲げる。


「なんだよその顔……! 馬鹿じゃねえの、単純女! アホ面しやがって!」

「は、はあ!?」


 やっぱりルフレ様はルフレ様である。

 もう一度、今度は現実にひねりつぶしてくれようか――。


 ……などという物騒な考えは、ルフレ様の次の言葉で、一瞬にして吹き飛んだ。


「お前、そんな顔して…………そ、そいつのこと、好きなのか?」


 えっ。




 ……えっ?

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