32、ロゼリアの休日⑤

お風呂はすぐに見つかる。

白い煙をあげる煙突が目印のようなものである。

「女湯はそちらだよ」

男女に分かれる更衣室の、二つの扉の真ん中に席を構える番頭のおじさんはいう。

ふふっとロゼリアに快心の笑みが浮かんだ。

ここで、男装だと女湯は不審がられてしまうからだ。

ちゃんと女に見えているようである。

女姿を女装と自分でも思うのは変だと思うが、ロゼリアの男装歴は長くて、女子姿を不信に思われないかどきどきすることもある。


まだ午後を回ったところである。

その時間に入りに来るものは少ない。

その王城に一番近いこの銭湯には、癒しの森で収穫した薬草の湯と普通の湯、マッサージルームがあるようである。


脱衣所でロゼリアは胸の押さえる晒しを手早く巻き取った。

脱衣室で先に湯から上がった年配のおばあちゃんが気がついて、「あんた、古風なものをつけているのね!」

と声を掛けられた。

「まあね」とそれも笑顔でやり過ごす。


髪と体を洗い、身体の埃と汗を落とした。

薬草湯は蒸気をほわっとあげる湯に、数種類の薬草が入っている袋が浮かべられていた。

薬草から染み出したエキス分で茶色く濁る熱い湯に浸かる。

ほんわか香る薬草の臭いと体の奥まで温まる心地に、筋肉痛や、お尻の痛みが和らぐ気がする。

お風呂から上がると、マッサージルームに引き込まれるように入った。

薄暗い照明のなか、背の高いベッドが用意されていて、太い幹のような腕をしたおばさんがロゼリアの体を押しもんでくれる。


「お客さん、凄い。普段は何をしているの?女戦士のように鍛えているのね!」

全身を押しもむと次は、塩で体をこすりだす。


指と手の平の圧でマッサージするディーンとは違う、塩マッサージである。

ディーンのマッサージをして欲しかったが、エールの塩マッサージのそれは、古い自分を脱ぎ捨て、今必要でない余計なものをそぎ落とし、生れたての自分になれる気持ちがする。


塩には浄化の力があるのよ、とおばさんが塩で背中をこすりながら教えてくれる。

まだ何も始まったわけでもないのに、こんなにまったりと寛いでしまっていいのだろうかと思うロゼリアである。

さしずめ、エールにようやくたどり着き、旅を終えた区切りというか。

そのうちに眠ってしまっていた。

すっかり寛いだ数時間。

この区切りに温泉に入る癖は、ジルコンが旅の間にロゼリアに教えた極楽であった。



ロゼリアは町の共同風呂を後にする。

身も心もきれいになり、疲れもすっかり取れていた。

風呂前とは別人のように肌の透明度も増し、身体から力みも抜け、きれいになっている。

これで、明日からの服が新調されれば、新たなスタートの準備は万端であった。

この後、シリルの店に服が出来上がっているのを受け取りに行き、型染めの工房を見せてもらう予定であるが、まだ時間は早いようである。

王城付近を散策し、抜いた昼ごはんの遅めの食事でもとろうかなどとのんきに構えていたロゼリアだった。


ロゼリアはこのジルコンのスクールに参加する他の者たちも、彼らの自由時間を城外で過ごしているとは思いもしなかった。

さらに、女姿のロゼリアを直接知る者はエール国にはいるはずもなく、久しぶりに女子になった開放感に任せて、この時、完全に油断していたのである。


丁度角を曲がって大通に出ようとする。

地理に疎いロゼリアは、城との位置関係で場所を把握しようとして、顔をあげていた。

大通りは直線ではなくて軽く歪曲していて、通りからは王城の位置が把握できるのである。

不覚にも、出会い頭に勢いよくロゼリアは人とぶつかった。

それは大通りからロゼリアの細い路地に入ろうとした強い体で、顔と肩をしたたかにぶつけた衝撃で、後ろに弾かれるようにバランスを崩してしまう。


「ああっ」


同時に叫んだのは、ロゼリアと、ぶつかったその男。

彼は後ろ倒しになるロゼリア腰に素早く腕を伸ばした。

驚いて大きく見開いたロゼリアの目を、鮮やかな新緑の色を写した鋭い緑の目が追いかけた。

日に焼けた肌に、伸びがありバネのある体。

敏捷な動きはその生まれ持った身体能力の高さを隠しもしない。

冷静にロゼリアとの距離を測り、一歩を大きく踏み出し追いつく。

片腕でロゼリアの腰を抱く。

倒れる衝撃をいったん逆らわずに流し受け止め、そして己に引き寄せた。

すかさずロゼリアの藁をもすがろうと伸ばされたその手首を掴む。

そして、その胸に引き寄せられた。

一瞬のできごとで心臓は大きく打ち、ロゼリアの驚愕を彼に伝える。


ロゼリアの紫色を帯びた青灰色の瞳が揺れる。

冷静な緑の眼がロゼリアを見下ろし絡みつく。


異国人だった。

エール国人ではない。

草原の草木の香りを含んだ風が彼の肩越しからロゼリアの頬を抜けたような錯覚。


彼は誰だ。

ロゼリアは小さなパニックが起こる。

彼を知っている。

ここではないどこかで会ったことがある。

ここでなく、旅の途中でもなければ、アデールしかなかった。


「お嬢さん、大丈夫ですか?」

聞き覚えのある声。

彼が、毛皮を纏い馬に乗る姿が不意に思い出された。

そして、お嬢さんという呼び掛けに、ロゼリアはワンピース姿の女姿であることを思い出す。

「うわあ、どうしてパジャンの使者の従者がここにいる!!」


ロゼリアがパニックに任せて吐き出した言葉に緑の目の若者は固まった。

ロゼリアのその美しい眼だけではなく、顔を離して全体を眺めた。

そして、ロゼリアが誰だかわかると、ロゼリア同様に驚きながらも、相好を崩した。

心から嬉しそうな、見る者を蕩けさせるような笑みである。


「再びこんなにも早く、こんなところでお会いできるとは思いませんでした。アデールのお嬢さん。わたしを覚えてくださっていて嬉しいです」

「ぶつかって悪かったわ。助けてくれてありがとう。で、もうわたしは自分の足で立てますから」


そう言うと、パジャンの若者はどこか名残惜しそうにロゼリアの腰にまわした手と、つかんだ手首を解放する。

咄嗟に強く掴まれた手は少し痛んだ。

無意識に手首の状態を確認しようと握ると、目ざとく見とがめられる。


「ごめん、きつく握り過ぎた」

ロゼリアの手は改めて若者の手にとらえられた。

薄い唇が手首に寄せられる。

「う、、わあっ」

ロゼリアは頓狂な声をあげて、唇と大きな手から自分の手を引き抜いた。

彼は一瞬驚いたが、真っ赤な顔のロゼリアを見て笑う。


「これは、そんなにびっくりされるとは思わなかった。

特に深い意味がないんだ。痛みを和らげるような、草原のおまじないのようなものなんだ」

「そうなの。で、どうして草原の使者の従者がここにいるの?」


彼は、ロゼリアが16歳の誕生日に姫に戻っていた祭りの日に、城門でもめていたところを助けた草原の国のパジャンからの使者の従者だった。


「どうして、アデール国の王城勤めの娘さんがここにいるの?」

ふたりは改めて互いを探り合ったのである。




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