25、ディーンの剣③

アヤの剣は細身の剣であった。

軽く速い。

女性にはとても扱いやすい。

剣先が要注意である。思ったよりも素早く大きく避けないと、肌を切り裂く。

ロゼリアも鞘から抜く。

ロゼリアは人を切ったことがない。

自分を守るためだけの武器である。

アデールの森で襲われた時、一方的にやられたのはアデールの王騎士たちだった。

彼らの剣は守る剣だから、攻められ続けるといつかはやられることになる。

相手の攻撃を防ぐには、戦意を喪失させるぐらいの反撃をしなければならないのだ。

だが、あの時、戦場慣れしていない王騎士たちの切り替えが遅かった。

それが、アデールの騎士たちが重傷者はいなかったが、怪我を負った理由である。


「あんた、ふざけているの?」

アヤはイライラとしてきた。

全てロゼリアに受け流されているからだ。

「そういう訳ではないけど、、」

「女だからっといって遠慮しないで!」


アヤは反動をつけて切り込む。

ロゼリアは狙いすます。

アヤの細身の剣のバランスを見ていたのだ。

ディーンの元で、ディーンに伝授され磨いた特技。

これ以上予測不能にふりまわされると、ついうっかりアヤの剣がロゼリアを切り裂くかもしれないからだ。

アヤは言うだろう。

それも避けられるはずのものを、アデールの王子がつまずいて、ついうっかり。

わたしは悪くない。

悪いのは怪我をした方である。

だから危ないから真剣はやめましょうと言ったのに。


事情を知る観戦を決め込んでいる黒騎士たちは、彼女の肩を持つだろう。

修練の場での怪我は許されるはずである。


だが、ロゼリアは黙ってやられるつもりはない。

ディーン譲りの一撃に、アヤは剣を取り落とした。

何が起こったかわからず、肘を押さえてロゼリアの剣を見る。

一瞬の間の後、ヒューっと成り行きを見守る騎士たちが口笛を吹いた。


しびれた肱を押えアヤは悔しさに唇を噛む。

「何それ、へんな技を使わないで!今度は武器なしでいくわよ!」


ロゼリアも剣を手放した。

腰を落とし、アヤの攻撃に備える。

いつもは男と組み合っているので、アヤの体は軽いが素早い。

彼女の体術は剣と同様に伸びるので油断がならなかった。

ロゼリアの体術は攻撃主体に鍛えたものだ。

なぜなら、ロゼリアは男を相手に戦う場合を想定している。

圧倒的な体格差があるものにやられないための、足業が中心である。

組み合うと負ける、が前提である。

恐らくアヤも同様であるはずだった。

だが、アヤはロゼリアの男にしては細身の体に油断したのか、組み合ってきた。

女に組み合って負けた情けないやつ、と思わせたい思惑が見え見えである。

ロゼリアはその手を蹴りあげた。

アヤのバランスが崩れたところ、まわし蹴りをいれる。

必死に逃れたが、アヤは横倒しに倒れた。

すかさず馬乗りになり、その関節を決める。

関節技はディーンには効果がないが、アヤは抜けられない。

脂汗を垂らしつつ、逃れようとしたが、とうとうアヤはがくりと頬を床に付けた。


「そんな、、うそ、、、」

悔し涙を浮かべ、ロゼリアを見上げた。

ロゼリアはその手を掴み起こした。


「姫さん、強いぞ!」

「わたしは負けたわ!」

憎々し気にアヤはギャラリーに叫ぶ。

「違うって、姫さんはアンジュさまのことだよ」


騎士たちの中で、アンジュはアヤの姫の座を奪い取ったようだった。

これは男の振りをしている状況上、まずいのではないか?とよぎる。


「次は俺。剣で良いか?」

次を名乗りでた騎士がいる。

彼は歯を潰した剣を持っている。

一言も話したことのない相手である。

彼らは彼ら同士で話すときは声のトーンを落として話していたために、ロゼリアは彼の地声をはじめて聞く。

若い声だった。

ジルコンの騎士たちは若い。

ロゼリアよりも年上であるが、そう年は変わらないのだ。

普段の黒騎士姿では想像もつかないが、遊びもすればふざけもする。


「姫さんはそれでいいよ。あなたの不思議なアレを受けてみたい」


自信から裏付けられた余裕を感じる。

初めて彼らは腫物としてではなく、ロゼリア自身をみようとしていた。


ロゼリアの師匠ディーンは、あらゆる状況でロゼリアが自分の身を守れるように鍛えている。伊達に4年も学んでいない。

ロゼリアは剣を握り直した。

今度はわくわくしてくるのだった。

そして、彼との勝負が始まったのである。


「あいつの剣、なんかすごいんじゃあないか?」

「すごく鍛えられているな」

「それもあるけど、あの剣そのものから赤い色が見えないか?」

「まさか、、?」


ロゼリアの剣はディーンがはなむけに投げて寄越したあの剣である。

ディーンが戦で人を切り、血を吸った彼の相棒であった。

ロゼリアが大きく切りつける毎に、赤い残像が跡を引く。

平和な国の王子に似合わない、禍々しいものだった。


「あなたの剣は、それは赤い傭兵の剣か?」


ロゼリアの相手をする騎士がいった。

彼は戦場で赤毛の傭兵と血しぶきをあげながら縦横無尽に弧を描き舞う、その妖剣を見たことがあった。

その傭兵は今はどこにいるのか、数年前から音沙汰がない。

怪我がもとで死んだとのうわさだったか。


「赤い傭兵?わたしの師匠の剣だ!」

ロゼリアは相手の剣の目を狙う。

ディーンが教えたことは確かであった。

相手の剣はその手の中で踊り跳ねる。

掴んではいられない。


ロゼリアの相手は次から次へと現れた。

汗で服が重い。

手合わせの合間にロゼリアの口に水筒が押し付けられ、誰かのタオルが顔を拭く。

そして一息ついたと思うと次が始まるのだ。


腕が重い。足が重い。

食いしばり過ぎて顎もだるい。


だが、極限まで体をいじめる快感があった。

何もかも忘れ、目の前のことだけに集中する快感である。

真剣をもつロゼリアを相手に、彼らは絶対的にその剣を受けない自信があった。

アヤとは違って手加減されているのはわかったが、そんなことはどうでもよかった。楽しかった。


とうとう、ロゼリアはディーンの剣を弾かれてしまう。

汗が目に入り痛くて開けられなかった。


「そこまでだ」


ジルコンの声。

いつからいたんだろうと思う。

ロゼリアは膝から崩れ落ちた。

肺が苦しい。

貧血と酸欠なのか、目の前が暗くなる。


「おまえらなあ、、」

ジルコンは倒れる寸前にロゼリアを支える。

二時間ぶっ通しで次々とジルコンの騎士たちと勝負したロゼリアは、限界を超えてしまっていたのである。






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