24、二度恋をする

いつの間にか離れのその座敷にはロゼリアとジルコンの二人きりになっていた。

食事を終えた騎士たちは外に出ていた。

若女将はアンズの酒を見繕いにでていく。

部屋の外には騎士が控えている様子ではあるが、部屋にはいない。


不意に静寂が訪れた。

はらりと花びらが玉石におちる音も聞こえそうである。

庭は美しく、ジルコンは無言で、そして穏やかな表情をしていた。

このまま一言も話さずにいてしまいそうで、何か話さねばとロゼリアは思う。

眼も舌も楽しませてくれる洗練された料理にお腹もいっぱいだった。

さらに、この平穏な空気感に眠気を感じてくる。

ジルコンの騎士たちにとってもたまゆらの休憩となっていた。


温泉に入っても、鍛錬をしてもいい。

もちろん昼寝をしてもいい。


「さあ、俺たちは昼寝でもするか?」

ジルコンはロゼリアの要求を読み取ったかのように言う。

「昼寝、、、」

「それとも温泉に浸かってくるか?離れの風呂は小さいが露天風呂も備えている。俺たちの貸し切りだから一般の客は入らない」

「それは、僕を誘っているのか?」


ロゼリアはジルコンと一緒に昼寝も風呂も無理だと思う。

だが誘っているのかと問いかけたその自分の発言が、急に、別のあり得ない意味も持っていることに気が付いた。


ジルコンが自分に何を誘うというのだ。

急激に恥ずかしさが吹き上げた。

ジルコンは心外そうでもなく、片眉をあげた。


「誘うというか、提案というか?」

ロゼリアは居心地悪くて座りなおした。

その己の挙措は見るとはなしに見られているので、また座りなおしたくなる。


「ジルはアデールで会った時と印象が違いすぎて戸惑う」

「どう違うんだ?」

「アデールの時は、僕を見下していた。傲慢で、外面だけは上品に取り繕っていた。

なのに、今はそうではないような気がする。まるで別人のよう。それはどうして?」

上品に取り繕うでジルコンは声をあげて笑う。


「そりゃそうだろ?アデールは小国とはいえ、戦略地理上俺らの森と平野の国々と、草原の国々との境に位置する、重要な土地だ。他国の者には絶対に舐められてはならない。もちろん、家臣や国民にもではあるが。

エールの次期王としてみられていることを意識しないといけないからな。

見下したのは申し訳ない。それにあなたも王子だし、舐められたくないという気持は理解できるだろう?

今はアンは自国の足りてないところを直視し、改善したいと思っているから俺と共にここにいる。

なら、至らないところに対して俺にはもういうことはない。あなたは学ばなければならないことを学び、実行するだけだから」


ジルコンはじっとロゼリアを見る。


「それに先ほどの、ユキヤナギの水辺ではしゃぐあなたをみていたら、俺もそんな気を張らなくてもいいんじゃないかという気がしてきた。穴蔵に落ち込んだ女の子とアンの顔が、重なるからか」


黒い瞳に優しく見つめられてロゼリアは我知らず心臓が踊り始めた。

その目はアンを通してロゼリア姫を透かして見る目だった。

もっとも、彼が見ているのはロゼリア自身なのだが。

ロゼリアは明かすつもりはない。

あくまでアンジュ王子としてやり通す固い決意をいだいて国を出ている。


「それは、双子だから」

ジルコンの目元がまぶしげに細められた。

「今はまだ、あなたはアデールの妹君とそっくりに美しいな。あと一年もすれば、確実に変化する。ベルゼ王のように背が伸び、肩は張り筋骨隆々の、男の中の男のようになるのだろうな、、、」


僕はならないよ、といいたくなるのをロゼリアはぐっとこらえた。

さらに言うと、兄のアンジュが隆々になるのも想像がつかない。


「ジルはもしかして、男もいけるクチなのか?」

ジルコンの目が驚き大きく見開かれた。

苦笑が浮かぶ。


「男はないが、かといって女も経験豊富といえるほどのものでもない。俺は、やるべきことが多くて、恋愛ごっこに時間を割くこともできないから」

「ロゼリアと結婚するつもりだったから?」

「実は、そういうわけでもない。兄君には申し訳ないのだが、ロゼリア姫と結婚するのはアデールが戦略上重要だから。パジャン国にはアデールは絶対に奪われたくない」


「パジャン国。パジャンのラシャールは草原の国の王子。森でジルを襲った賊の雇い主、、、」


そして、ロゼリアを妻にと望む、まだ見ぬ男。

あなたをこの腕に抱きたい、チャンスが欲しいと手紙を寄越した男。

ジルコンの顔が苦々し気にゆがんだ。


「ああ、あの賊が死ぬ間際に言った雇い主の名前だな。あれは信用するな。判断が間違った方向へ誘導されてしまう。賊が偽りの名前をいったかもしれないし、雇い主自体も騙っている場合もある。

俺は、名前がでたからなおさら、ラシャール王子ではないと思っている。どちらかというと、彼の弟のローシャンの方が怪しい」

「ラシャール王子を知っているのか?」

「知っているも何も、彼は、俺の夏スクールに参加するよ」

「パジャン国からも参加するの!?」


ロゼリアは驚愕した。

草原の国々をまとめたパジャン国は、いわば、森と平和の国々が宗主と抱くエール国と同様の強国である。

この大陸を二分する二強は水と油だった。

そのいわば、対立している敵国の王子が、エール国王子の主催する夏スクールに参加するなど天地がひっくり返ってもありえないと思ったからだ。


「パジャンだけでなく、草原の国々の他の国の王子も姫も来る。これは、いわば次世代の、俺たちの命掛けの挑戦なんだ。

これがうまくいけば、俺たちは戦のない時代を築くことができると確信している」

「そんなことが、できるのだろうか?」


ジルコンの興奮がロゼリアになだれ込む。

ふたりの間には容易に思いが通い合う道ができていた。

一晩中抱き合い、互いの体温を巡らせて寝た夜に。

心臓がどきどきと弾み始める。

知らずロゼリアの声は上ずった。


「できないからといって、何もせずに流されたくないし、あきらめたくないんだ。だからアンも協力して欲しい」


エールの王子の黒い目の奥が、野望と希望とが混ざり、きらきらと輝いていた。

その目にロゼリアは釘付けになる。

ロゼリアが男として彼と共にアデールをでて見識を広げようと決意した、その輝く目である。


息ができなかった。ジルコンの強い想いに溺れそうだった。


ロゼリアは悟らずにはいられない。

一度目は、7つの穴蔵に落ち込んだ時に。

二度目は、野望と希望を滾らせたその目に。


ジルコンに、二度恋をしたのだった。










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